ベタボレプリンス

うさき

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 とっさに身構えたが、不意に七海が「あっ」と素っ頓狂な声をあげる。
 さっきとはうって変わり、その瞳がみるみるうちに大好きなお菓子でも見つけた子供のような色に変わった。

「真島先輩!」

 ――ギクリ、とした。

 俺の心境を他所にブンブンと手を振る七海だが、もう片方の手はしっかり俺を掴んだままだ。
 恐る恐る七海の視線の先へ顔を向ければ、渡り廊下の先に真島と貞男が立っていた。

「…なんで」

 ここにいるんだ、と続けようとしたが、その格好はジャージ姿で恐らく授業で体育館へ向かうところだったんだろう。
 そういえばここは前にミカ先輩と一緒にいた時も、真島と遭遇した場所だ。

 なんなんだこの場所は。鬼門なのか。
 だが考えてる間に、真島の瞳が大きく揺らぐ。

「そ、奏志っ、行こう!ほら、授業前に先生に言われた準備しないとだし…」

 貞男が慌てたように真島に話し掛けるが、真島の視線は俺から外れなかった。
 なんでこんな浮気がバレたみたいな後ろめたい気持ちにならないといけないんだ。
 別に何も悪いことはしていないし、むしろ真島の相談を俺は七海にしていただけだ。
 たまに真島以外の奴と、しかも男と飯を食ったからって何が悪い。

「おい、離せ」

 俺は突き放すように七海の手を振り払うと、真島の元に向かう。
 真島はボス戦で仲間が全滅した勇者みたいな絶望的な顔をしていて、きっとこの機嫌をすぐに治せる賢者は俺だけだ。

 簡単なことだ。
 ただ一言、いつも通り気にするなといってやればそれでいい。
 きっとそれで真島は「大丈夫だよ」と返してくれる。

 だが近くで見た真島の顔は、酷く苦しげに見えた。
 これ以上ないってほど全力で喜びを現すその表情を知っているからこそ、その落差にキツく胸が掴まれる。

 ――ああ、俺はまた真島にこんな顔をさせてしまった。

「……っ」

 そう思ったら、言葉が出てこなかった。

 俺はもう真島の機嫌を取っては行けない気がした。
 これ以上コイツの機嫌を取っても、いつか別れるつもりならその分傷が深くなるだけだ。
 真島の苦しそうな顔なんか、もう見たくなかった。

 言いかけた言葉を飲み込んで、視線を逸らすとそのままするりと真島の横を通り過ぎる。

「――ま、待って。高瀬くん」

 だが真島はすぐに犬みたいに追いかけてきた。
 追いかけてくんな。

 心臓が痛い。

 これ以上真島の顔を見たくない。
 
 何も、考えたくない。

「…あー、そうだ」

 俺は鞄から弁当箱を取り出すと、はいと真島に突き返す。
 真島の顔は見れなかった。
 見たら、きっと何も言えなくなる。

「わりーけど明日からしばらく弁当いいや」
「――えっ」
「…ちょっと考えたいからさ、しばらく一人にしてくれ」

 俺は視線を俯かせたままそう告げて、教室へと戻った。
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