ベタボレプリンス

うさき

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 あれから飯を食っていつも通り真島を下まで送っていって、自分の家へと戻る。
 マンションの5階の廊下を歩きながら、そこからふと下を見下ろした。
 もうとっくに帰ったかと思ったら、まだ真島はそこにいて俺を見上げていた。
 もしかしていつも俺が家に入るまで、そこで見送っていたんだろうか。
 
 さっさと帰れ、と追い払うような手付きで手を振ったら、ギクッとしたように挙動不審な動きをして回れ右していった。
 その背中をじっと見つめる。

 ついにベロチューまで済ましてしまったわけだが、熱くなる気持ちと同時に俺の心はなんだか晴れなかった。
 真島が最後に見せた、酷く苦しそうな表情を思い出すと胸が妙に重苦しい。

 ただ触れるだけの関係から、手を繋いで、抱きしめて、そしてキスをして。
 俺と真島は、まるで昭和の清き正しき男女かよというような進展の遅さだった。
 女の子相手なら一日で済ませるような事を、真島とはこれだけ時間をかけても、それでもまだ心が追いついていかない。
 
 自分の心境の変化に居たたまれなくなっているのはあるが、だけど変わったのは俺だけじゃない。真島もだ。
 アイツだって最初は俺が他の誰を好きでも、側にいられればいいと言った。
 けど今は酷い独占欲に悩まされている。
 真島を許してやればやるほど、アイツが俺に対して苦しそうになっていくのが分かる。

 関係が進展するほど、いつか絶対に来る別れの時に怯えている。
 そんな真島の気持ちが痛いほど伝わってきてしまった。

 少しひんやりとした風を肌に感じながら、俺は真島が見えなくなるまでずっとその背中を追い続けていた。



 翌日、朝から全校集会があった。
 最近少しずつ朝が寒くなってきて、俺は大きめのスクールセーターに袖を通して体育館までの道のりをダラダラ歩く。
 定期的にある全校集会の内容なんて、もう分かりに分かりきっている。
 どうせ差し迫る中間テストと、この時期だから花粉症やらインフルエンザへの呼びかけだろう。
 なんて花粉症の事を思い出したら、鼻がむずっとしてきてクシュンと目の前のヒビヤンにくしゃみをぶっかける。
 
「あー、やべ。花粉症かな俺」
「いやその前に俺に言うことあるだろ」
「ああ、ティッシュ持ってる?」
「持ってねーよ。いいから謝れ」

 すまんすまん、と心にもない言葉を返しながら歩いていたら、背後から聞き覚えのある快活な声が聞こえた。

「せーんぱい!おはようございますっ!」
「うわっ」

 七海だ。

 とっさにヒビヤンを盾にするように後ろに回る。
 コイツは近寄るとやばい。
 次は口にキスするとか宣言してたし。

「あっ、なんで隠れるんですかっ」 
「へー、お前珍しく高瀬に嫌われてるな」

 ヒビヤンが感心したように直球で言ってのける。
 七海は分かりやすくムッとしたようにヒビヤンを睨んだ。
 
「…いつも高瀬先輩と一緒にいますよね」
「まあクラスメイトだし?」

 差し障りのないことを言っているが、その表情はどこか煽るように口端を歪めている。
 楽しんでんじゃねーよ。
 だが七海もあっけなくその挑発に乗ったようで、じとっとヒビヤンと対峙している。

 そんなことより今は全校集会へ向かう途中で、周りの奴らが若干好気の目で俺らのことを見ているんだが。
 さっさと行こうぜとヒビヤンを引っ張ったら、七海が「あー」と子供みたいに声をあげた。

「お前もさっさと自分のクラス戻れよ」
「嫌ですよ。せっかく先輩に会えたのに」

 あしらっても着いてくる七海は、ヒビヤンをおしのけて俺の隣に並ぶ。
 それからこっそり耳打ちしてきた。

「先輩、俺の事昨日少しは考えてくれました?」
「いや、全く」

 本気で考えてなかった。
 真島が来るまでは少しモヤついていたが、アイツと色々あってもうすっかり忘れていた。
 だが七海は全く気にしてない様子で、ニコッと俺に爽やかな笑顔を向ける。

「俺あれからずっと先輩のこと考えてたんですけど。もしかして先輩が今付き合ってる人って男の人なんじゃないですか?」
「――えっ」

 ギクリ、とする。
 驚きに足を止めたら、その反応で七海は「やっぱり」という顔をした。

「俺のこと興味ないのに、わざわざあの質問はないかなーと」

 否定しようと思ったが、まあコイツはゲイだしヘタに言いふらすこともないだろう。
 少し固まってしまったが、それよりも俺はコイツに色々聞いてみたくなった。
 
「…なあ、お前昼休み暇?」
「えっ、どうしたんですかいきなり」
「ちょっとお前の意見を聞きたい」

 こんな話、その道のやつにしか分からないことだ。
 だが藁にもすがる思いとはこういうことなのかもしれない。
 ここ最近真島とのことにぐるぐるしすぎていて、もうこの関係をどうするべきなのか自分でも分からなくなっていた。

 踏み外しているのにやめられない。
 だがずっと続けていける自信もない。
 あんなに苦しそうな顔をさせているのに、どう応えてやればいいのか分からない。

 ツキンと痛む胸に顔を俯かせて、キュッと唇を噛みしめる。
 こんな気持ちを俺は知らなかった。
 もう誰でもいいから助けてくれ。

 七海は不意に目を逸して顔を赤くさせた。

「…あー、やばいな」
「――え?」
「いえ、乗りますよ。相談。そっちの話なら俺に任せて下さい」

 相変わらずまっさらな、屈託のない笑顔だ。

 少し足を止めてしまったが、思い出したように七海と体育館へ向かう。
 ヒビヤンなんかもうとっくに飽きたようで、さっさと先に行ってしまっていた。
 アイツ。煽るだけ煽って自由だな。

 体育館に入りざわつきながら整列している全校生徒の群れに視線を向けると、すぐに真島の姿を見つけた。
 
 目立つ奴というのはどこに居ても目立つ。
 周りの女子の視線ですぐに見つかった。
 だがなぜか真島もすぐに俺を見つけたようで、走ってこようとしたからサッと手のひらを差し出してそれを制する。
 こんな全校生徒の中で注目されてたまるか。

 真島はどこか残念そうにウズウズしながら足を止めたが、俺に向かって『おはよう』と口を動かした。
 ただそれだけのことが妙に気恥ずかしくて視線を逸らしたら、逸らした先で七海が真島に手を振っていた。
 なぜか自分の事のように得意げに、ニコっと俺に向かって笑顔を作る。

「ね、ほら。俺がいたから真島先輩に見てもらえたでしょ?」

 その顔は真島に対する純粋な憧れで溢れていて、なんかちょっとコイツが可愛いく思えてしまった。
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