ベタボレプリンス

うさき

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 一般公開が終わると、一気に人が引ける。
 各教室もそろそろと片付けに入り、昼間の賑やかさから大分落ち着いてきていた。

「このあと後夜祭だろ。もうグラウンドで準備始まってるな」

 かなり大仕事な教室の片付けを手伝いつつ、ヒビヤンの言葉につられてグラウンドへ視線を落とす。
 中心に立てられたキャンプファイヤーのやぐらに、コスプレ姿のまま記念撮影をしている女子達が集まってきていた。
 と、よく見たら真島や貞男の演劇組もいて、衣装のまま記念撮影の対応に追われまくっている。

 見るからに長い行列は、この分だとキャンプファイヤー始まってもまだ追われてそうだ。
 そういや貞男は後夜祭のBGM担当だったし、あいつが戻ってくるまで変わってやるかなと、俺は持っていた荷物をヒビヤンにドサッと渡した。

「えーと、なにかな高瀬くんこれは」
「実行委員の仕事思い出した。後頼むわ」
「――はあ?」

 決して面倒な片付け仕事をするのが嫌だから、というわけじゃない。
 そう、これはあくまで貞男への気遣いだ。


 後ろで何か言っている声を無視して、放送室へ向かう。
 文化祭実行委員の仕事はあんなに忙しくて準備も大変だったのに、終わるのは本当にあっという間だった。
 あとは後夜祭を難なく終えて、今年の文化祭も終わりとなる。

 放送室に着くと、頃合いを見計らってBGMを掛ける。
 グラウンドの様子はここからじゃ見えないから、適当に時間になったら切ればいいだろう。
 あとは貞男が来るまで寝てるか。

 そう思い目を閉じたが、まだ数分しか経ってないところでドタドタと忙しない音と共に放送室の扉が開いた。

「わっ…悪い。ってお前が変わってくれたのかよ」

 ゼーハーと肩で息をする貞男はまだ衣装のままで、きっとBGMを聞いて慌てて飛んできたんだろう。
 律儀な奴だな。
 誰か代わってくれているなら甘えて記念撮影でも楽しんでりゃいいものを。

「いいよ。どうせ暇だし」
「…はぁ?」

 貞男が苛立たしげに眉を潜める。
 なんでそんな顔で睨まれなきゃいけねーんだ。

「…梅乃は参加しないのかよ?」
「しねーよ。だるいし」
「へー、奏志が告白されているの目にするのは嫌ってか?」
「今更何言ってんだ。お前じゃあるまいし」

 言ったら、うっと貞男は息を詰まらせる。
 図星かよ。
 あ、だから後夜祭のBGM担当はコイツにとってもちょうど良かったのか。

「ああ、そういや演劇見たけど、お前すごかったな。素直に驚いた」
「…えっ」
「お前演技うまいのな。難しい感想は言えねーけど、すげーなって思った」

 さすが真島の前で年がら年中猫かぶっているだけはある。
 あの舞台、真島ももちろん凄かったが、俺は貞男も負けていなかったと思う。

 別に深い意味は無くただ口に出した言葉だったが、貞男は大きく目を見開いていた。
 なんだか褒められると思っていなかった、という顔だ。
 まあ俺なんかに褒められたところで嬉しくないだろうが。

「あ、ありがとう。言われたことないから…び、ビックリした」

 何言ってんだコイツ。
 言われたことがないとか、そんなわけねーだろ。
 だが貞男は本気で照れたように顔をほんのり赤くさせる。

 ひょっとして隣に真島がいると、コイツの存在が霞むんだろうか。
 思えばコイツも結構な美人だが、あまり噂にはなっていない。
 いつだって噂の渦中にあるのは真島だ。
 なんて思いを巡らせていたら、貞男は俺の隣りにあるパイプ椅子に腰掛けた。

「…そ、それよりお前、結局あの女はどうしたんだよ」
「あー、断りきれなくて今日一緒に文化祭回った」
「はぁ!?てめえふざけんなよ」

 ガタリと勢い良く貞男が席を立つ。
 座ったり立ったりと忙しない奴だな。
 貞男は拳を握ると、どこか悔しげに顔を歪める。

「…くそ、お前のこと守るって言ったのに全然守れなかった」
「そんなRPGの主人公みたいな台詞言われたの俺初めてだわ」
「だとしたらお前死んでるけどな」

 意外に話についてきた。
 コイツゲームとかやらなそうだと思っていたが話せるな。
 貞男はじとっと俺を見ていたが、不意に何か思い至ったようにその顔から色味が失せる。

「え…ちょっと待てよ。お前まさか…奏志にあの女といる所見られたわけじゃねーよな」

 怒りを含んだ瞳が俺を見据える。
 返答によってはぶん殴る、みたいな感じで、握りしめた貞男の拳が小さく震えていた。
 俺はそれを視界に捉えながら「そうだよ」とあっさり答える。

「でも感謝しろよな。真島もようやく俺のおかげで目が覚めたんじゃねーの」

 悪役の如く鼻で笑って言ってやる。
 劇中のお姫様はいつだって一人ってもんで、それは真島にずっと一途な貞男にこそ今は相応しい。

 だからもういっそ、殴りたいなら殴ってくれ。
 コイツは最初から真島に対していい加減だった俺の事を、いつだってぶん殴りたい気持ちでいっぱいだったはずだ。
 これだけ真島のことを思っている奴になら、いっそぶん殴られても今は当たり前だとしか思わない。

「…はぁ?なんだお前。なんか怒る気失せた」

 だが脱力するようにガタッと貞男は再び椅子に腰を降ろす。
 何事かとこっちまで拍子抜けしていたら、犬でも追い払うようにシッシッと手を振られた。

「もう行けよ。そんな辛気臭いお前の顔なんか見たくねえ」

 そういえばヒビヤンも俺に対しておかしな発言をしていたが、ひょっとして俺はそんな鬱陶しい顔をしているんだろうか。
 だが自分が今どんな顔をしているのかなんて、分からない。

 ただ、もうずっと胸が痛かった。

 俺は立ち上がると、放送室の扉に手を掛ける。
 じゃーな、といつもと変わらぬ態度で立ち去ろうとしたら、ガンッと俺の座っていたパイプ椅子が吹っ飛んだ。
 どうやら貞男が蹴ったらしい。
 驚きのまま振り向くと、貞男は再び不機嫌そうな顔で俺を見上げる。

「梅乃。一度だけだからな。お前に借りは作りたくねーし」
「…は?なんかお前に貸したっけ」

 俺の言葉に貞男がチッと舌打ちして、放送室の機材をトンと指で叩く。

 え、まさかBGM代わりに掛けてやったことか?
 コイツほんと律儀な奴だな。

 貞男は俺から視線をそらすと、前を向いて不貞腐れたように口を開いた。

「…後夜祭のBGMを聞いて、奏志は俺より先にすっ飛んでお前のこと探しに行ってたよ」
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