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しおりを挟むジーッとセミが鳴く。
俺のバイトが終わる時間と、真島が夏期講習を終える時間は大体同じだった。
バイト終わりに真島と待ち合わせして、くそ暑い中買い物に行く。
それから俺んちのマンションに帰って来て、俺は寝そべりながら猫とぐだぐだ戯れて、真島が飯を作る。
「…やばい。幸せかも。俺」
「あっそ。飯まだ?」
「うん。もうちょっとだよ」
なんかじーんと感動している真島に、軽く蹴りをいれて正気に戻してやる。
真島の手元を見ると、俺がリクエストしたカレーがいい匂いをさせていた。
「その…高瀬くん母子家庭だったんだね。いつも一人でご飯食べてたの?」
「いーや?友達と食ってたり女いた時は呼んでたり…」
こっちは別になんとも思ってないのに、さっと真島の顔色が変わる。
全くこいつは。
母子家庭だというと少し聞こえが悪いかもしれないが、特別そこに薄暗い感情があるわけでもない。
母親はまあいわゆるスナックという風俗業で働いて金稼いでるが、だからといってここに男呼んだりだとか俺に対して愛情がないだとか、そういうこともない。
親には親の事情があり人生があって離婚してるんだろうし、思春期真っ只中のメンヘラちゃんみたいなことは思ってない。
「辛気臭い顔してんじゃねーよ。それより俺にんじんいらねーから」
「えっ、嫌いだったの。言ってくれたら入れなかったのに…」
「だってお前は食えるだろ?真島が食えばいいと思って」
にゃー、と同意するように猫も鳴いた。
真島はぷるぷると興奮したように若干震えてから、真っ赤な顔で「大好き」って言った。
そんなに真島がにんじん好きだとは思わなかった。
飯食い終わって自室で真島に課題を手伝ってもらっていたら、仁美ちゃんからメッセが届いた。
特にどこ行こうとかいう話でもなく、今からご飯食べるんだ、とかっていう日常会話。
正直これ、誘われ待ちだよな。
そう思いながら、チラリと真島を見る。
結局やらせている俺の宿題に、真島は何の文句も言わずむしろ幸せそうだ。
「ん、どうしたの?」
こいつの事を見ると、大体すぐに目が合う。
真島はにへらと締りのない顔だった。
随分楽しそうだな。
「いや?お前が俺を着々とダメ人間にしようとしてる計画が見え見えだなーと」
「えっ!なんで分かっ――あっ、じゃなくてっ」
冗談で言ったのにマジかよ。
道理でヒビヤンとのあの話から、真島の世話焼きが酷くなったような気がしていた。
こいつ人の心が手に入らないと思って、違う方向に計画シフトしやがったな。
「あ、あの…」
ふと真島は俺が手にしていたスマホに視線をやる。
さっきまでのにへら顔があっという間に消えて、見るからに不安そうな顔になっている。
「お、女の子?」
「おー。ほら、この間遊園地一緒に行った子」
「…あ」
ますますその顔から血の気が失せていく。
そういや仁美ちゃんと手繋いでる所ばっちり真島に見られたんだっけ。
いや、それどころか邪魔されたんだった。
「な、仲良いの?」
聞いたらいけない、みたいな顔してるくせに、それでも気になるんだろう。
真島の気持ちは分からなくもないが、そんなめんどくせー女みたいな事言われても。
俺の交友関係をいちいちコイツに報告する義務はない。
「余計な詮索してくんな」
ピシャリと言ったら、真島はハッとしたようにごめん、と言って押し黙った。
なんだか変な空気になったので、俺はスマホを放り投げると立ち上がる。
「あ…高瀬くん、ご、ごめ――」
何か真島が言いかけてたが、俺は構わず自室をでた。
バタンと扉を締めるとリビングへ向かう。
「…えーと、確か」
それからキッチンに行きゴソゴソと冷凍庫を漁って、目的のものを見つけると再び自室に戻る。
扉を開けたら、真島が地球最後の日みたいな顔をしていた。
えっ、なんで。
「た…高瀬くんっ」
「なんだよ。ほら」
真島にキッチンから持ってきたアイスを押し付けてやる。
これ食って機嫌直せ、と言いながら、もう一つのアイスに口つけたら、なぜか真島の目からぼろっと涙が溢れた。
だからなんでだよ。
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