目が覚めました 〜奪われた婚約者はきっぱりと捨てました〜

鬱沢色素

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エピローグ(アロイス視点)

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〈アロイス視点〉

 俺は昔から、なにをやっても上手くいかない男だった。

 第一王子として生まれた俺は、次期国王としての期待を寄せられていた。
 幼い頃から、教養から武芸まで多岐にわたる教育を叩き込まれた。

 しかしダメ。
 どれだけ頑張っても、人が期待するほどの結果を出すことが出来なかったのだ。


『第一王子は出来が悪い』
『いっそのこと、次男の第二王子に王位を継がせれば?』
『コルネリア王女という可能性もあるぞ』
『だが、コルネリア王女は側妃の子どもだし……』


 周りは好き勝手に、俺のことを悪く言っていた。


 ──勝手に期待するのはやめてくれ!


 仮に聞かれたとしても、幼い俺では意味が分からないだろうと思っていたんだろう。

 だが、雑音は俺の耳に入り、心を少しずつ蝕んでいった。

 頑張っていなくて結果が出せないなら、まだ伸びしろがある。
 しかし俺の場合は努力して、これなのだ。
 救いようがない。

 もう全てを放り投げたくなった。
 臣下の失望の声も、陛下の怒鳴り声も聞きたくなかった。

 そして八歳の頃。
 王城でパーティーが開かれることになった。

 表向きの理由は国中の貴族子息を集め、顔合わせをすることだ。

 だが、そこにはもう一つの理由がある。
 それは俺の婚約者候補を探すため──である。

 いくら出来が悪くても、俺が次の王位を継ぐ可能性が一番高いのは揺るがない事実だ。
 そんな俺を幼くして、後継を産むために婚約者の存在が待望された。

 俺の一挙一動に皆、注目している。
 少しでも好ましくない行動を取ってしまえば、『第一王子はこんなものなのか』と侮られるだろう。

 押さえつけられ押さえつけられ……俺は逃げ出した。

 こんなところにいられるか。
 どうせ、またミスをして周りから蔑まれたり怒られるんだろう?
 次期国王になんてなりたくない。俺がなるより、妹のコルネリアの方がしっかりしている。他の弟や妹だって、俺なんかより上手くやれる。

 俺は一人、王城の中庭にいた。

 誰にも声をかけられたくないから。
 誰にも見られたくないから。

 そうして中庭の片隅でうずくまっていると、一人の女の子が声をかけてきた。


『どうしたの?』
 

 それが運命が変わる出来事であったことを、俺はまだ知らなかった。


 ◆ ◆


 人から言わせると、『あのパーティー以降、アロイス様は人が変わったよう』ということらしい。

 期待する結果も徐々に出てきて、皆が俺のことを認めるようになったのだ。
 現金なやつらだ。

 皆は『ようやく才能が開花したんだ』と喜んでくれたが、実際のところは違った。

 そう──俺は今まで以上に努力したまでのことだ。

 今まで一時間かけていたものを二時間。
 二時間でダメなら三時間、四時間と。
 結果が出るまで頑張った。

 今思うと、少し効率が悪かったと思う。
 しかし当時の俺は、そういうやり方しか出来なかった。

 それもこれも、パーティーであの少女──ディアナと出会ったからだ。

 皆を照らす太陽のような存在。
 彼女のような人間になりたい。
 そして……願わくば、彼女に人生の伴侶となってほしい。

 だが、そのためには今の俺では彼女にふさわしくない。
 せめて彼女の隣に立っても、恥ずかしくない男になろう。
 どれだけ辛いことがあっても、彼女のことを考えれば頑張れる気がした。

 そのおかげで学園に入学しても優秀な成績を収め、生徒会長としても数々の功績を残した。
 卒業した時は、一人で密かに祝杯を上げたものだ。

 これなら、ディアナを迎えにいける。

 そう思い、婚約を申し出ようとしたが……彼女には既に婚約者がいた。

 俺がディアナにふさわしい人間になるまで、彼女との接触を避け、無闇に探らないことにしていたが……それが仇となってしまったのだ。

 だが、当然の話だ。
 十三年も、本当に結婚出来るかどうか分からない男のために、待ち続ける女なんかいない。
 しばらく落ち込んでいたが、気持ちを切り替え、俺は心から彼女の幸せを願った。


 ◆ ◆


『お兄様の好きな人、婚約を破棄するつもりらしいですわ』

 ある日、コルネリアからそう言ってきた。

 コルネリアにはちゃんと話したことがなかったと思うが……勘の鋭い彼女は、俺の想い人がディアナであることを看破していたようだ。

 本来なら、正式に婚約破棄が成立してから声をかけるべきなのかもしれない。
 しかし対応が鈍くなり、今度も他の男にディアナが取られるのは我慢ならなかった。
 ゆえにフライング気味に、俺からディアナに婚約の申し出をした。

 しばらくして、ディアナとフリッツの婚約破棄が、無事に成立したと聞いた。
 タイミングを見計らい、俺は彼女をデートに誘った。
 デートプランをコルネリアに助言をもらいながら、ああでもないこうでもないと頭を悩ましていたのが、今となっては懐かしい。

 少しでもカッコ悪いところを、ディアナに見せたくなかった。

 彼女には「余裕がある」と思われていたみたいだが、俺は内心焦っていた。
 あれほど頭を回転させたのは、過去にもなかったかもしれない。

 そして夜景が見える高級レストラン。
 彼女との会話は楽しかった。それゆえに、彼女に嫌われたくないという恐怖が常に俺の心を支配していた。

 そしてその恐怖が臨界点を超えた時。
 手の震えが止まらなくなって、フォークを床に落としてしまった。

『いかん、いかん。俺としたことが』

 しまった!
 カッコ悪いところを見せてしまった!

 ……と今日一番の焦りを感じたが、それを表に出すわけにもいかない。

 軽薄な笑みを浮かべて、焦りを誤魔化してみたが、彼女には伝わっていないだろうか?

『アロイス様もそういうところがあるんですね』
『はっはっは、カッコ悪いところを見せてしまったな』
『いえいえ、アロイス様にも可愛いところがあると思いまして』

 よかった。
 俺の焦りは、どうやらディアナに伝わらなかったようだ。
 ふう……成長して、少しは余裕を持てるようになると思ったが、俺もまだまだのようだ。

 言うなれば、『いつも自信満々の第一王子』というのは仮面だった。

 常になにかに怯えている、臆病な第一王子アロイスという真の姿を隠すための仮面。

 ディアナに好かれるためなら、俺は生涯この仮面をつけ続けるだろう。


 ◆ ◆


 それからは色々あった。

 ラヴェンロー伯爵家のマチアスのせいで、ディアナが魔族に狙われた。
 婚約お披露目パーティーでも、魔族が襲撃をかけてきた。
 全ての黒幕は聖女候補のリーゼだった。彼女は俺に魅了魔法をかけようとした。
 その全てを乗り越え、ディアナと婚約し、こうして結婚式の日を迎えることが出来た。

 最近では臆病な自分はなりを潜め、本当の意味で自信が持てるようになっていた。

 しかしなんと、よりにもよって結婚式当日に──例の発作がきた。恐れが臨界点を超え、手の震えが止まらなくなったのだ。
 人と上手く会話をすることすら出来ず、俺は十三年──いや、それから約一年が経過しているんだったな──十四年ぶりに中庭へ逃げた。

 手の震えは止まらない。

 なんということだ。
 やはり俺は、昔からずっと臆病なままだったのだ。

 今の俺は泣きそうになっているだろう。
 こんな顔はディアナには見せられない。

 どうしよう──人生一番の焦りを感じていると、
 

『どうされたのですか?』


 ディアナが来た。
 今、彼女とは顔を合わせたくなかったが……こうなっては無視するわけにもいかない。

 勇気を振り絞って、俺は彼女に心情を吐露した。

『今まで、それを誤魔化し誤魔化しやってきた。何故なら、そうしなければ民が不安になるからと思ったからだ。そしてなにより──君に嫌われると思った』

 この事実は胸の内に秘め、墓場まで持っていくつもりだった。

 だけど、こうでもしないと震えが止まらないと思ったから。
 それに本来の自分を伝えても、ディアナは受け入れてくれると思ったから。

 それに対し、ディアナは俺の震えた右手を握って、こう答える。

『私はそんなあなたが大好きです。人よりも頑張り屋さんで、常に前を向くあなたが。私が気付いていないと思っていましたか?』

 ハッとなった。

 彼女には、全てお見通しだったのだ。

『もし、一人では怖いと思った時は、私を頼ってください。そのために私がいるんですよ。こうしていたら、勇気が出てこないですか?』
『だが……』

 この時の俺、未だに自分に自信を持っていなかった。

 そんな俺を叱責するように、彼女はこう声を張り上げた。


『あなたはもっと、自分に自信を持つべきよ! もっと胸を張って、みんなの前に立ちなさい!』


 ──っ。

 十四年前。
『アロー君』だった俺に勇気を与えてくれた、幼き頃のディアナの姿と重なる。

 今まで臆病な自分を隠すため、みんなの理想の王子としての仮面を被ってきた。
 それが間違いだとは思わない。
 人は誰しも、大なり小なり仮面を被っているからだ。
 そうすることが自分を守ることにもなるし、他人に優しくすることも出来る。

 だが、仮面を被るのに疲れる時もあるだろう。

 ならば、仮面を取ってもいい時はないんだろうか?
 俺は既に答えを持っていた。

 その時とは……。

『じゃあ、もう大丈夫ですよね? 早く会場に戻りましょう。みんなが心配していると思いますよ』

 言いたいことを全て言い切ったからなのか、爽やかな表情で会場に戻ろうとしていた。

『待ってくれ、ディアナ』

 そんなディアナを、俺は呼び止める。

 ディアナの肩に手を置き振り向かせ、彼女の唇と自分の唇を重ね合わせる。

 この瞬間だけは──。
 仮面を取ってもいいのだと思う。









-------------------------------
『あとがき』
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

ひとまずこれで、ディアナとアロイスの恋物語はハッピーエンドで完結となります。
始めた当初はこれだけ多くの人に読んでもらえると思わず、驚きと嬉しさでいっぱいです。
読者様も二人の恋愛を、末長く応援していただければ幸いです。

重ね重ね、ありがとうございました!
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感想 57

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みんなの感想(57件)

ret
2024.11.16 ret

婚約の申し出に対する返事で、何で「支える」なんでしょうね。共に戦わないのでしょうか?自分も強くなれるとか言っておきながら後ろに引くって、ズルいですよね。昭和ならまだしも、この刷り込まれた思想にため息が出てしまいます。残念です。

解除
aみゆa
2023.10.11 aみゆa

王族の子供は5人なのかな?
第2王子や、コルネリア以外の王女(第1王女、第2王女)も登場するかと思ったけど出なかった💦(話の筋には登場させる必要ないし仕方ないか)

リーゼの捕縛から処刑までが余談のように流れたから拍子抜けだった……。

アロイス殿下の可愛いとこをもっと見たかった~ヾ(*>∀<)ノ゙

解除
田中角栄
2023.08.14 田中角栄

リーゼの『ざまぁ』があっさりしすぎていて、折角これだけ盛り上げたのにスッキリしない感じです。
よく『ざまぁ』ものの話だとやり過ぎるとうるさく言われると思われることが多いと思いますが、散々貶められたキャラを自身に投影してみてください。
あなたは本当にそれで満足ですか?
よく「亡くなった人は『復讐』してほしいとはおもわない」という人がいますが、私の知っている限りでは違います。
オウムによって殺された『坂本弁護士一家殺害事件』で、この坂本弁護士は『死刑廃止運動』を行ってきましたが、この方が無惨に殺された時に、『死刑廃止運動』の仲間の弁護士の方は言いました。
「麻原の判決はなにがいいですか?」、弁護士「麻原は絶対『死刑』にして欲しいです!!」と、まるでいままで『死刑廃止運動』をしてきた人とは思えない発言でした。
この通り、人は他人事ではきれい事を言えますが、自身に降りかかった時に自分の言ったことがどれだけ他の人を傷つける愚かな発言なのかを気づかないのです。
このような人たちのせいで『正当に罰を下される人』はその量刑よりも軽くなり、被害者遺族の方々は悔しさに涙するという、余りにも独りよがりの馬鹿が誕生してしまうのです。
私は坂本弁護士はそれまでの『罪』を身をもって受けたのだと思っております。
結果的に何が言いたいのかというと、『ざまぁ』物を書く時は煽るだけ煽ったなら、その結果も粛々と書かなければ『画竜点睛』を欠くことになると言うことです。

解除

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