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33・アロイスの嘘
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「え……?」
まさか彼の口から、そんな言葉が出てくるとは思わず、リーゼは思わず足を止めてしまう。
「な、なにを言うんですか。わたしはあなたの婚約者、ディアナですよ。わたしの顔を忘れたんですか?」
「婚前だというのに、軽々しく夜に男の部屋を訪れるほど、ディアナは愚かじゃない。もしそういった必要があっても、他の人と一緒に来るだろう。それに……いつものディアナの喋り方少し違うな? 気を付けているつもりだろうが、バレバレだ」
アロイスが澱みない口調でそう言う。
リーゼは引き攣った笑みを浮かべ、思考を回転させていたが、彼を欺けないと判断して、
「ふふふ……よく分かりましたね。さすがはこの国の王子、アロイス様です」
と変身魔法を解いたのだ。
ディアナの外見とはうってかわって、リーゼの姿となる。
「あーあ、せっかく我慢してたのになあ。やっぱりわたしには、こっちの姿の方が楽です。ディアナのふりをするなんて、気持ち悪かった」
「どうして、ここに来た?」
アロイスはリーゼの言葉を無視して、そう問いかける。
「どうして? 決まっているじゃないか。王子様を迎えにきたんですよ」
「迎えに?」
不可解そうな表情を浮かべるアロイス。
リーゼは妖艶に微笑み、こう続けた。
「アロイス様。あんな婚約者より、わたしの方が良いと思いませんか?」
「思わん。俺はディアナを愛している」
「それはきっと嘘。あなたは恋人への愛に疑問を抱いている」
まるで絡まった糸を解くかのように。
リーゼは彼に語りかけ、一歩ずつ近付いていく。
本来ならリーゼが近付いてくるのを、アロイスは拒むだろう。
しかしリーゼがアロイスを見つめると、彼はそれから目を逸せないでいるようだった。
(魅了魔法が効いているようね)
リーゼはそう確信する。
「聞きましたよ。あなたは昔、ディアナに助けてもらったらしいですね? それで彼女に惚れた」
「よく調べたな。まあ別に隠していたわけでもないが……お前の言っていることに、間違いはない」
「じゃあ、こうも思わないんですか? ディアナへの恋心は勘違いだった。幼い頃に抱いた思いを大切にしようとするばかり、本質を見誤っている」
「意味が分からん。結論をさっさと言え」
「あなたはディアナを好きじゃない。ディアナを好きになろうとした。努力して人を好きになるなんて、本当の恋心じゃない」
そう言って、リーゼはアロイスの目の前に立つ。
彼女は考えた。今のアロイスは、いわば『恋に憧れている』状態なのだ……と。
幼い頃に一度出会った少女に恋をする。
なるほど、ロマンティックだ。
それに身を委ねてみたくなるほどに。
ゆえにアロイスはディアナを好きになろうとした。
そちらの方がロマンティックだから。
純真な恋心だから。
──そう、自分に言い聞かせて。
「ディアナを捨てて、わたしに傅きなさい」
とリーゼはアロイスの頬に手をかける。
「わたしなら、あなたをもっと満足させられる。あなたに新しい世界を見させてあげられる」
「…………」
アロイスは沈黙したまま。
リーゼはアロイスの瞳の奥を見つめ続ける。
こうして目を合わせることが、魅了魔法の発動条件だからだ。
現にアロイスはリーゼから逃れようとしなかった。
(もう少し……! もう少しでアロイス様はわたしのものになるわ!)
ニヤリと邪悪に笑うリーゼ。
「さあ、言いなさい。あなたが愛しているのは誰?」
最後の仕上げ。
次の一言を口にしてしまえば、アロイスはリーゼの魅惑に囚われる。
どんな手段を使ってでも、リーゼをこの手にしようと我武者羅になるだろう。
アロイスの口がゆっくりと開き──。
「俺が愛しているのはディアナだ。俺の彼女への愛を舐めるな」
──だが、彼女の予想していた結末とは違った。
「え……?」
リーゼが戸惑いの声を上げた次の瞬間。
「アロイス様!」
執務室の扉が開け放たれ、部屋に三人の人間が入ってくる。
先頭にはディアナの姿があった。
まさか彼の口から、そんな言葉が出てくるとは思わず、リーゼは思わず足を止めてしまう。
「な、なにを言うんですか。わたしはあなたの婚約者、ディアナですよ。わたしの顔を忘れたんですか?」
「婚前だというのに、軽々しく夜に男の部屋を訪れるほど、ディアナは愚かじゃない。もしそういった必要があっても、他の人と一緒に来るだろう。それに……いつものディアナの喋り方少し違うな? 気を付けているつもりだろうが、バレバレだ」
アロイスが澱みない口調でそう言う。
リーゼは引き攣った笑みを浮かべ、思考を回転させていたが、彼を欺けないと判断して、
「ふふふ……よく分かりましたね。さすがはこの国の王子、アロイス様です」
と変身魔法を解いたのだ。
ディアナの外見とはうってかわって、リーゼの姿となる。
「あーあ、せっかく我慢してたのになあ。やっぱりわたしには、こっちの姿の方が楽です。ディアナのふりをするなんて、気持ち悪かった」
「どうして、ここに来た?」
アロイスはリーゼの言葉を無視して、そう問いかける。
「どうして? 決まっているじゃないか。王子様を迎えにきたんですよ」
「迎えに?」
不可解そうな表情を浮かべるアロイス。
リーゼは妖艶に微笑み、こう続けた。
「アロイス様。あんな婚約者より、わたしの方が良いと思いませんか?」
「思わん。俺はディアナを愛している」
「それはきっと嘘。あなたは恋人への愛に疑問を抱いている」
まるで絡まった糸を解くかのように。
リーゼは彼に語りかけ、一歩ずつ近付いていく。
本来ならリーゼが近付いてくるのを、アロイスは拒むだろう。
しかしリーゼがアロイスを見つめると、彼はそれから目を逸せないでいるようだった。
(魅了魔法が効いているようね)
リーゼはそう確信する。
「聞きましたよ。あなたは昔、ディアナに助けてもらったらしいですね? それで彼女に惚れた」
「よく調べたな。まあ別に隠していたわけでもないが……お前の言っていることに、間違いはない」
「じゃあ、こうも思わないんですか? ディアナへの恋心は勘違いだった。幼い頃に抱いた思いを大切にしようとするばかり、本質を見誤っている」
「意味が分からん。結論をさっさと言え」
「あなたはディアナを好きじゃない。ディアナを好きになろうとした。努力して人を好きになるなんて、本当の恋心じゃない」
そう言って、リーゼはアロイスの目の前に立つ。
彼女は考えた。今のアロイスは、いわば『恋に憧れている』状態なのだ……と。
幼い頃に一度出会った少女に恋をする。
なるほど、ロマンティックだ。
それに身を委ねてみたくなるほどに。
ゆえにアロイスはディアナを好きになろうとした。
そちらの方がロマンティックだから。
純真な恋心だから。
──そう、自分に言い聞かせて。
「ディアナを捨てて、わたしに傅きなさい」
とリーゼはアロイスの頬に手をかける。
「わたしなら、あなたをもっと満足させられる。あなたに新しい世界を見させてあげられる」
「…………」
アロイスは沈黙したまま。
リーゼはアロイスの瞳の奥を見つめ続ける。
こうして目を合わせることが、魅了魔法の発動条件だからだ。
現にアロイスはリーゼから逃れようとしなかった。
(もう少し……! もう少しでアロイス様はわたしのものになるわ!)
ニヤリと邪悪に笑うリーゼ。
「さあ、言いなさい。あなたが愛しているのは誰?」
最後の仕上げ。
次の一言を口にしてしまえば、アロイスはリーゼの魅惑に囚われる。
どんな手段を使ってでも、リーゼをこの手にしようと我武者羅になるだろう。
アロイスの口がゆっくりと開き──。
「俺が愛しているのはディアナだ。俺の彼女への愛を舐めるな」
──だが、彼女の予想していた結末とは違った。
「え……?」
リーゼが戸惑いの声を上げた次の瞬間。
「アロイス様!」
執務室の扉が開け放たれ、部屋に三人の人間が入ってくる。
先頭にはディアナの姿があった。
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