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32・彼女の夢(リーゼ視点)

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〈リーゼ視点〉

 ある日、魔族がリーゼの元を訪れた。

 当初、彼女の心は恐怖で満たされていた。
 しかし彼女が魔族の話をよくよく聞いてみると、どうやら自分は魔族の子どもらしいことが分かった。


『お前の母親は魔族だった。魔族でありながら人間と交わり、お前を産んだのだ』


 魔族は偽装に長けた種族でもある。
 母親は狡猾に人間界に溶け込み、人間と恋をした。

 どうやら、魔族と人間の間で生まれた自分には、魔法の才能があるらしい。
 しかもその才能は、ある方面に突出していた。

 訪れてきた魔族はそれに目を付け、リーゼにこう言った。

『お前の中にある魔力は、まだ眠っている状態だ。それを覚醒させよう。我ら魔族は長年、人間に遅れを取ってきた。しかし……お前がいれば、人間と魔族の関係が逆転するかもしれない。拒否権はない。我らのために働くのだ』

 これによりリーゼは膨大な魔力量を得て、『聖女候補』として選ばれることになった。

 そして──しばらくして、この力の素晴らしさに気付く。

(これがあれば、好き勝手出来るじゃん! わたしの夢を叶えることが出来るかもしれない!)

 聖女候補として選ばれただけで、リーゼは満足していなかった。
 仮にこのまま聖女となれたとしても、贅沢な暮らしは保証されているものの、一生国のために仕えなければならない。
 それは華やかな自分に、合っていないような気がしたのだ。

 早速、リーゼは行動を開始した。

 彼女は男が好きだった。
 男を侍らしてハーレムを作る──それが彼女の長年の夢だったのだ。

 魔族にも裏で協力してもらい、彼らに媚薬を摂取させた。面白いように、学園の男どもが自分に惹かれていった。

 女子生徒たちから、恋人を寝取る。
 恋人のことを愛していた男たちが、自分に跪く光景を眺めて、この上ない快楽を感じた。

 リーゼは学園生活を謳歌した。

 まずは男どもを支配する。
 そして自分だけの国を作るのだ。カッコいい男どもが皆、わたしを溺愛するような……そんな理想の国を。


 しかしそうは上手くいかなかった。


 リーゼはこの国の第一王子アロイスに、以前から目を付けていた。
 アロイスの顔が自分の好みだったことにも一因するが、彼を取り込めば、野望にまた一歩近付くと思ったのだ。

(幸い、アロイス様には婚約者がいなかった。まあいたとしても、奪うだけだけどね。でも……)

 問題はアロイスが、とある女に婚約を申し出たということだった。

 そう──その女とは、ディアナ・シュミット侯爵令嬢である。

(わたしがアロイス様に、なかなか接触出来ないことを良いように……あの女っ!!!)

 媚薬は相手のことを想えば想うほど、効き目が少なくなる。
 自分の愛する人を大切にし、他の女にうつつを抜かさなくなるのだ。
 実際、今まで媚薬を使用しても靡かない男はいた。

 話に聞くところ、どうやらアロイスはディアナのことを溺愛しているらしい。

(どうしてあんな女が好きなのかは分からないけど……他の男から聞いたけど、アロイス様がディアナとデートをした時、彼女を大切にエスコートしていたらしいわ。このままではいけない)

 アロイスがディアナのことをもっともっと好きになり、媚薬の効果が薄れてしまう。

 そうなる前に、アロイスに媚薬を飲ませる?

 いや、調べた感じアロイスは警戒心が強い。
 そうじゃなくて、第一王子たるものが、そう簡単に媚薬を飲んでくれるとは思えなかったのだ。

 だが、リーゼには秘策があった。
 それは『魅了魔法』である。

 効果は媚薬と同じである。
 しかし媚薬は相手に摂取させる必要があるのに、魅了魔法はそれを必要としない。しかも効き目自体も媚薬と比べて段違いだった。
 魅了魔法を習得すれば、たとえアロイスがディアナのことを好きになっていようが、関係ない。リーゼはそう考えた。

 とはいえ、問題もあった。
 自分はまだ、魅了魔法が使えないという点である。

 魔族に聞くと、どうやら自分には魅了魔法の才能があるらしい。魔族と人の子だからだろう、と言われた。

 ならば魅了魔法を習得するまで──そして習得に失敗してもいいように、時間稼ぎが必要だった。
 そのため、リーゼはディアナを亡き者にしようと考えた。

(ディアナがいなければ、またしばらくアロイスは他の女に恋をしないだろうしね)

 手段はあった。

 自分の後ろには魔族がいる。
 彼らを使えば、ディアナ殺害は容易いだろう。

 しかし自分と魔族が繋がっていることは、万が一にでもバレてはいけない。

 そこで自分を敬愛している、親衛隊を使うことにした。
 それとなく、リーゼの悪評を親衛隊に流す。もちろん、『リーゼがディアナを悪いように思っている』といった点を巧妙に隠して……だ。

 親衛隊の男たちは、リーゼの話を信じた。
 そして勝手にリーゼを排除しようとする動きを見せ出したのだ。

 だが、上手くいかない。

 ラヴェンロー伯爵家のマチアスが魔族を雇った。
 無論、リーゼが裏で動いた結果である。マチアスからディアナ殺害の依頼があったら、優先的に受けるようにと事前に言っておいたのだ。

 しかしマチアスの企みは失敗した。

 まだ魅了魔法は習得出来ていない。

 焦ったリーゼは一計を案じることにした。

 それが婚約お披露目パーティーで起こった、王城襲撃事件である。
 ディアナ一人を殺すための事件である。しかし最終的にはその目的も達成出来なかった。

(今回は派手に動きすぎた。さすがに、わたしと魔族の繋がりがバレてしまったかもしれない)

 後から考えると、あの時の自分は焦りすぎていたかもしれない。
 このままではアロイスをあの女に取られてしまう! ──と。

 そう、いつしかリーゼはアロイスに本気で恋していた。
 恋は盲目という言葉にもある通り、リーゼは判断を誤った。そのせいで窮地に追いやられる。

(なんで……? なにがあの女一人、簡単に殺すことが出来ないのよ)

 まだ魅了魔法は習得出来ていない。

 焦りが極限まで膨らみ、リーゼは胸が苦しくなった。
 呼吸すらまともに出来ず、胸を押さえて倒れ込む。

「ああああああああ!」

 獣のような咆哮。リーゼの意識が遮断される。

 目を開けた時には──今まで感じたことのない魔力が、自分の内側で温かくなっていることに気付いた。

 戸惑いながら、魔力を放出してみる。
 やはり今までと違う。
 もしかしたら……と思い、魅了魔法を使ってみる。

 すると。

「出来た出来た! 魅了魔法がようやく使えるようになったわ! これでアロイス様をわたしに惚れさせることが出来る!」

 リーゼは歓喜した。

 奇しくもディアナを殺せず追い詰められることによって、彼女の魅了魔法が覚醒したのだ。

(窮地に立たされることが、魅了魔法習得の鍵だったのかもしれないわね)

 リーゼは早速、行動を起こした。

 繰り返すが、魔族は偽装に長けた種族である。
 味方の魔族の手を借り、リーゼは『ディアナの外見』となって王城に忍び込んだ。

 途中、王城の騎士らしき人間に呼び止められた。

『ディアナ様、このような時間にどうされたのですか?』

 いくらディアナの姿を借りているとはいえ、厳戒態勢を敷く王城内では、彼女一人で自由に歩き回ることは不可能のようだ。

『アロイス様に用事があるんです』
「アロイス様に? あなた一人で? オレールさんはどうしているんですか。王城内ですし、姿を隠す必要はありませんよね。オレールさんがいれば……』
『うるさいわね。さっさと通しなさい』

 そう言って、リーゼは彼の瞳を真っ直ぐ見つめる。

 すると騎士の彼は俯き、顔を上げた時には目の焦点が合っていなかった。

『……すみませんでした。アロイス様とあなたの関係に、嫉妬してしまったようです』
『それでいいのよ。通してくれるわよね?』
『ディアナ様の願いなら』

 彼は廊下の隅に移動し、リーゼのために道を開ける。

(ふふふ、魅了魔法は絶好調みたいね)

 魅了魔法を使えば、このようなことをするのも容易い。

 とはいえ、先ほどの護衛騎士が自分を本気で好きになってもらっては困る。リーゼとアロイスの関係を邪魔されては、本末転倒だからだ。
 ゆえに魅了魔法の出力を少し弄り、ディアナの姿をしたリーゼの言うことを聞くようにした。

(わたしの魅了魔法は完璧よ)

 そしてとうとうアロイスがいる執務室の前で辿り着き、リーゼは扉をノックした。


『ディアナです。アロイス様にお話があります。入ってもいいですか?』


 たとえアロイスに魅了魔法を使用するための手段だとしても、ディアナの名をかたることは、気分が悪かった。

 しかしもう少し。
 もう少しで彼を手に入れられる。

 アロイスの美麗な顔を直視すると、その魔性の魅力から目を逸らせなかった。
 その顔を自分のものになると考えると、体中に歓喜の快感が広がった。

「近付きますね。もっと近くで、あなたの顔が見たい──」

 さあ──長きに渡った戦いも終止符が打たれる。

 アロイスが自分に惚れてくれたら、ディアナはもう用済み。
 ディアナがなかなか死んでくれないことによって、自分は魅了魔法に目覚めたといっても過言ではないのだ。

 恩赦を与えよう。
 殺すのはやめて、ディアナを『稀代の悪女』として貶めよう。

(ふふふ、わたしは優しいよね。だってディアナを殺さず、生き地獄で許してあげるんだから!)

 輝かしい未来。
 ディアナは勝利を確信して、アロイスに歩み寄ろうとする──。

 しかしここで予想外のことが起こった。

「君はディアナじゃない。だな……?」
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