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28・魔族たちの戦う理由

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 その後、お披露目パーティーは中止となった。

 不幸中の幸いで、この事件による死者はいなかった。
 フリッツを除いて、全員軽い擦り傷で済んだらしい。

 サロモン様にいたっては、わざわざ我が国までお越しいただいたのに、このような結果になるとは憂慮すべき問題だ。
 隣国との関係が悪化しても、こちらは文句が言えない。

 だが。


『いいよいいよ。こういうこともあるって。僕は怪我していないしね。君たちの国の護衛騎士が優秀なおかげなんだろう。なんなら、魔族が襲撃してきたっていうのに、この程度で済んで感謝しているほどさ』


 と笑顔で言ってくれた。

 優しいサロモン様に甘えそうになるけど、今日の出来事はずっと覚えておかなければならない。
 なにかでお返しが出来たらいいんだけど……サロモン様はあの後、すぐに自分の国に帰っていったので、なにも出来ずじまいだ。


 魔族が襲撃してきた理由については、いまいち分かっていない。


 私の予想通り、会場を漂っていた黒い煙についても魔族の仕業だった。
 魔法にあまり詳しくないので伝え聞いた話だが、どうやらあれは結界魔法の一種だったらしい。

 襲撃をかけた理由を知らなければならない。
 だが、大半の魔族は護衛騎士により葬り去られ、生捕りにした魔族も自ら命を絶ってしまった。

 おそらく、私が狙いなのだろう……とみんなは言っていたが、死人に口無しとはよく言ったもので、それが真実なのかは分からない。

 そして気になることはもう一つある。

 パーティーの最中、アロイス様は会場を離れた。
 そのことを彼に聞いてみたら、こんな答えが返ってきた。

『媚薬を口にしてしまった令嬢がいたんだ』
『媚薬……』

 もちろん、その存在については知っている。
 だけど詳しい仕組みについては、誰も解明出来ていない。

 ただ媚薬はどうやら呪いの一種らしく、それを飲んだ人物を任意の相手に惚れさせる効果があるのだとか。

 私は幸い、今までお目にかかったことはないけど、こういった大規模なパーティーでは紛れ込んでいたりする。
 男女関わらず貴族が集まり、当日には料理が多く出されるのだ。
 媚薬を混入させるには、格好の機会であろう。

 媚薬は希少であり、必然的に高価になる。ゆえに裕福な貴族くらいしか手に入れることが出来ない。
 もしくは……なにか、媚薬商人へのを持っているとか。

 ゆえに私たち貴族は、媚薬に注意するように幼い頃から育てられる。
 とはいえ、媚薬など滅多なことでは目にしない。幼い頃に学んだことを次第に忘れて、無警戒に料理を口にしてしまう貴族も目立つ。
 媚薬の被害に遭った令嬢は、そこを付け狙われてしまったんだろう。

『婚約お披露目パーティーで、媚薬の被害者が出るのは見逃せないことだ。だから俺が直々に彼女のところに行ったんだが……』
『大丈夫でしたか?』
『ああ。彼女が口にした媚薬は少量だった。ぼーっとした顔になっていたが、大事には至っていない。
 少量とはいえ、これは重大な事件だ。ゆえにパーティーを一旦中止にして、出された料理を全て回収しようとしたが……戻る前に、魔族が襲撃してきて、俺は会場に入ることが出来なかった』

 悔しそうにアロイス様が顔を歪める。

『君は媚薬は、誰が作っているか知ってるか?』
『いえ……知りません』
『一説によると、魔族の間で作られていると聞く』

 アロイス様からそれを聞き、私は驚きで一瞬言葉を失ってしまった。

『で、では、媚薬も魔族の仕業。アロイス様を会場から離れさせるために、パーティーの料理に媚薬を混入させたと? ですが、本当にそのようなことが可能なのでしょうか』
『無論、パーティーの料理全てに媚薬を混入させることは不可能だ。しかし……ほんの一部分だけなら、なんらかの方法で可能かもしれない』

 とアロイス様が推論を口にする。

 たとえば、料理に使われる食材に媚薬を入れてしまえば、他人が判別するのはさらに難しくなる。
 もちろん、城の人たちも食材は厳選しているだろう。だが、全てに目を配らせることは困難で、媚薬を口にしてしまった令嬢はたまたまそれに当たってしまったのだ。

『どうして、アロイス様を会場から離す必要が?』
『分からない。俺以外にも、媚薬の事件で何人かの護衛も会場から離れたからな。それが狙いだったのかもしれない。だが……俺はこう思うんだ。魔族はディアナから俺を離したかったのでは……と』
『私とアロイス様を?』
『俺はパーティーの間、ずっと君から離れなかったからな。いくら煙で視界を遮っていても、ディアナを守ることくらいは容易かった』

 案外、アロイス様が言ったことが正しいのかもしれない。

 今回の件で、フリッツも疑われることになった。
 彼が話しかけてこなければ、オレールさんが私から離れることはないからだ。

 しかし……その線はない気がする。

 そもそも仮にフリッツが魔族と繋がっているなら、命を賭して私をう必要がない。
 行動が矛盾しているのだ。
 ゆえにフリッツが魔族と共謀しているというより、オレールさんが私から少し距離を取った一瞬の隙を魔族は見逃さなかっただけのことだろう。

 それに……絶対違うと断言出来る。
 あの時、私に寂しい笑顔を浮かべたフリッツは、とてもじゃないが悪意を持っていると思えなかったからだ。


 ◆ ◆


 数日後。
 私は病院のとある一室を訪ねていた。


「ディアナか。まさか君が見舞いに来てくれるなんて思ってなかったよ」


 フリッツが白いベッドの上で、上半身だけを起こし、私たちに手を挙げた。

 オレールさんの見立て通り、フリッツは酷い傷だったものの一命を取り留めた。
 とはいえ数日間は寝たきりの状態で、彼の意識が戻ったと私の耳に入ったのはつい昨晩のことだ。
 いてもたってもいられなくなり、私はアロイス様と共にフリッツの病室に足を運んだ。

 数日ぶりに目にした彼は、患者衣を着ていてくたびれた印象だった。
 しかし予想とは反して顔色は良いし、ちゃんと喋れているのは脅威の回復力と言って過言ではないだろう。

 私はフリッツとしばらく言葉を交わしてから、彼に疑問をぶつけた。

「フリッツ。あなた、どうして私を助けたの?」

 私なんか、助ける義理なんてないのに。
 なんなら、婚約破棄を叩きつけた私のことを恨んでいると思っていた。

 私が質問すると、意外にもフリッツはすっきりした表情でこう口にした。

「さあ……分からないんだ。強いて言うなら、勝手に体が動いた」
「勝手に……?」
「もしかしたら、僕はまだ君のことが好きなのかもしれないね。愛する者が殺されそうになったら、それを守るのは当然の行いだろう?」

 なにを身勝手なことを。

 ……と今までの私なら言っていたかもしれない。

 隣で口を閉じて、フリッツの言葉に耳を傾けているアロイス様も、複雑そうな表情だ。
 しかし彼が私の命を助けたことは事実。だからなにも口を挟もうとしなかった。

「あなた……リーゼのことが好きだったんじゃないの? あっ、そういえば最近はほとんど喋っていないって言ってたわね」
「リーゼ……か。今回のことでますます彼女に不信感を抱いたよ」
「え?」

 どうしてリーゼに不信感を?
 もしや、今回の魔族襲撃もリーゼ親衛隊の一人が暴走したからだと思っているんだろうか?

 だが、先の事件とは規模が違う。
 それにあの事件以降、親衛隊の人たちは目に見えておとなしくなった。
 その状態でお披露目パーティー中に、私を殺そうと魔族を雇うものとは思えない。

「……君にあの時、言いかけていたことがあったね。それを今、話すよ」

 そう言って、フリッツはゆっくりとした口調で語り出した。

「リーゼには気を付けろ。彼女はなにか、おかしい」
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