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23・思わぬ来訪者

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 私がアロイス様と婚約したことは、瞬く間に人々の間に伝播した。

 学園に入ると、みんなが私を見る。
 露骨に私に取り入ろうとする者も現れた。
 しかしそれは仕方がない。未来の王妃になるかもしれない人間に、気に入られようとするのは当然の行為だからだ。
 私はそれを笑顔で対応していった。

 学園の変化はそれだけではない。

 ラヴェンロー伯爵子息であるマチアスが処刑されたことにより、少なからず動揺が走った。
 それと同時にリーゼ親衛隊の方々の活動も、徐々に目立たなくなっていった。
 変な真似をすれば、マチアスの二の舞になってしまうかもしれない──そう考えたんだろう。賢明な判断だ。

 リーゼ自身もあれ以来、しおらしくなっている。
 いつも男性を侍らせ、廊下を歩いている姿から思うと信じられない変化だ。

 あと、フリッツも学園には来ているものの、相変わらずかつての明るさはない。
 みんなも腫れ物を扱うように、フリッツと接している。

 その原因の一端は、私の元婚約者だからだろう。

 フリッツと仲良くして、私の怒りをかってしまうのを避けているのだろう。
 そんなこと、ないのにね。

 というわけで……周囲の変化はあったものの、私は変わらず学園に通い続けていた。


「ディアナ、もう少しね。お兄様との婚約お披露目パーティー」


 お昼休み。
 コルネリアが話題を振ってきた。

「ええ。おかげさまで、最近はその準備で忙しいわ。まあ嫌じゃないけど……」

 私がアロイス様と婚約してから、王妃になる教育が本格的に始まった。
 学生としての勉強……そして王妃になるための教育で、正直目が回りそうだ。
 だが、お父様とお母様は「理想の貴族令嬢になるため」と幼い頃から私に教育を受けさせてくれた。
 そのおかげで王妃になるための教育も、なんとか付いていけている。

 つい数日前には「物覚えがいい」と家庭教師に褒められたところだ。
 両親に感謝ね。

「それにしてもディアナが義姉になるのかー。なんだか変な気分ね」
「私もそれは同意」
「これからは敬語を使った方がいいかしら?」
「勘弁してちょうだい」

 と私は肩をすくめる。

 アロイス様と婚約したものの、コルネリアとの関係が大きく変わることはない。

「婚約お披露目パーティーは、お兄様も張り切っていたわ。長年の恋が実ったんですもの。はしゃぐのは無理ないと思うけど」
「アロイス様のそういう姿は、なんだか想像出来ないわね」

 なんとなくだが……アロイス様はいついかなる時も、涼しい顔をしてこなす気がする。
 勉強だらけの日々で頭がパンクしてしまいそうな私とは、大きな違いだ。

「お兄様って、意外と不器用なのよ? まあそれも後々分かってくると思うわ。だってあなたはお兄様の婚約者だもの」
「そうかしら……」

 今更だが、やっぱりまだアロイス様と婚約した実感がない。
 仮に王子という肩書きがなくても、あんなに素敵な男性は他にいないからね。
 前よりはマシになったが、やっぱり「私以外にもいたんじゃ?」とたまに思ってしまう。

「あっ……そうだ」

 コルネリアはなにかを思い出したのか、こう続ける。

「そういえば、あなたに会わせたい人がいるのよ」
「私に?」
「うん。お相手もディアナにとても会いたがっていたわ。忙しいと思うけど、週末に少しだけ時間をくれない? 私も当日は一緒にいるから」
「もちろん、いいけど……どうしてこのタイミングなの?」
「お相手は隣国の方でね。とある用事で、しばらくこちらに滞在することになったの。だから丁度良い機会だと思って」
「ふうん、そうだったのね」

 どちらにせよ、断る理由がない。

 しかし……コルネリアが私に会わせたい人物って誰なんだろうか? しかも相手も私に会いたいと言っているという。
 質問したいが、こういう時のコルネリアは正直に答えてくれない。質問するだけ無駄だ。

 私もコルネリアとの付き合いが長くなってきたので、彼女の性格は分かっている。
 当日のお楽しみというやつね。

「ふふっ、お相手もきっと喜ぶと思うわ」

 その時、コルネリアがなにかを企んでいるような笑みを一瞬だけ浮かべた。


 ◆ ◆


 そして日が過ぎるのは早いもので、私は王城に来ていた。
 もちろん、先日コルネリアが言っていた人物と会うためである。

 応接間のソファーに座り、お相手が来るのをコルネリアと一緒に待つ。

「ねえねえ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃない? 私に会いたい人って誰なの?」
「え? 私の婚約者よ」

 コルネリアが呆気なく言う。

 彼女の婚約者……。
 一瞬思考が停止してしまったが、私はすぐにそれが誰かを思い出す。

「って……隣国の王子殿下じゃない!! どうしてそんなに大事なことを、今まで黙っていたのよ!?」

 思わずソファーから立ち上がってしまい、大きな声を出してしまった。
 家庭教師がここにいれば「未来の王妃様だというのに、はしたない真似を!」と注意されていたところだ。

「だって聞かれなかったんだもの」
「いや……答えてくれないと思ったから」
「まあ答えなかったけどね。あなたを驚かせたかったから」

 飄々と言ってのけるコルネリア。

 彼女の考えていることだから、きっと相手は大物だと予想していた。
 しかし私も王太子妃だ。誰が来ても、格としては下にならないはず。
 そう構えていた。

 とはいえ、隣国の王子殿下だというのは、さすがに大物すぎだ。
 
「はあ……『隣国の方』と聞いて、ピンとくるべきだったわね」

 抗議の視線をコルネリアに向けると、彼女はどこ吹く風といった感じで視線を逸らした。
 こういう悪戯好きなところを見ると、アロイス様と兄妹なんだなと感じる。

 先日、ラヴェンロー伯爵家に突入したアロイス様の姿を思い返して、頬に熱が帯びる。

「そんなことより、そろそろ来ると思うわよ。いつまでも立ってないで、座った方がいいんじゃない?」
「ちょ、ちょっと待って。心の準備が……」

 と言いかけるが、現実は無情。応接間の扉が開いて、一人の男性が顔を出した。

「君がアロイスの婚約者かあ。話には聞いていたけど、美人だね」

 来た。
 彼こそが隣国の王子殿下──サロモン様だ。
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