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17・物騒な世の中
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夢のような一日から翌日。
学園の教室に入ると、私に一斉に注目が集まった。
「ディアナ様だ……」
「知ってる? アロイス殿下と二人で街を歩いていたのよ。その光景はさながらデートのようだったみたい」
「デート? だが、ディアナには婚約者がいたのでは? どういうことだ?」
「噂では婚約破棄をなさった……と」
……やっぱりか。
あんなに目立つところでアロイス様とデートをしたのだ。学園の貴族たちが知っていても、なんらおかしくない。
居心地の悪さを感じたけど、不思議と悪い気分にはならなかった。
「ディアナ、休日はどうだった?」
すかさずコルネリアがやってくる。
親友の彼女には、アロイス様とのデートについて話していた。まあ教えなくても知ってるものかもしれないが……。
「ええ、とても楽しかったわ。アロイス様からなにも聞いていないの?」
「昨晩の帰りは遅かったみたいだしね。私はもう寝てたわ」
「早寝ね」
「睡眠は美容の鍵よ? ここじゃあ喋りにくいと思うし、お昼休みになったら詳しく聞かせてよ」
コルネリアはそう言うものの、はやる気持ちをおさえられないようであった。
他人の恋バナには興味津々なんだから……。
ちなみに彼女にも婚約者がいる。隣国の王子様だ。
しかし国を跨ぐということもあって、ほとんど会ったことはないらしい。だから昔から、恋愛の話は私が喋る一方だ。
その後、午前中の授業も無事に終え、私たちは屋上庭園に場所を移して昨日のことを話すことにした。
「アロイス様、すごいわね。私のためにデートプランを百個以上考えたって言ってたわよ? まあ……ただの例えであって、本当に百個考えたかは分からないけどね」
「例えじゃないと思うわ。だってお兄様、ディアナとのデートをとても楽しみにしていたもの」
「そうかしら?」
「そうよ。お兄様、ディアナに失礼な真似をしていない?」
目をクリクリさせて、コルネリアが問う。
「一切していないわ。それどころか、余裕たっぷりな歳上のアロイス様に私はペースを持っていかれがちで……」
「余裕たっぷり? お兄様が?」
きょとんとした表情を浮かべるコルネリア。
「うん。私、なにか変なことを言った?」
「別に変ってほどじゃないけど……お兄様がそんな姿は、ちょっと想像しにくくって」
「……?」
アロイス様といったら学園にいる頃から文武両道で、卒業してからも理想の王子殿下としても名高い。
祭典で顔を出した時も、その姿はいつも自信に満ちていた。私のデートごときで、平常心を失ったりしないと思う。
「でも、そっかー。お兄様が余裕たっぷりねえ。ふふふ、可愛いわね」
コルネリアは楽しそうに笑った。
彼女は母が違うとはいえ、アロイス様とは兄妹。
私は知らない彼の側面を知っているかもしれない。
しかしコルネリアの言う『可愛いアロイス様』とはどうしてもイメージが重ならなくて、私は首を傾げるしかなかった。
◆ ◆
午後の授業も終え、私とコルネリアは図書室で勉強することにした。試験が近いのだ。
そして閉門の鐘の音が聞こえた時には、外はすっかり夜。
「ディアナ、家まで送っていくわ」
「いいの?」
「ええ、こんな夜道をディアナ一人で帰らせるわけにいかないわ。最近は物騒だし」
「一人で帰るのはなにも初めてのことじゃないけど……」
「私の義姉になるかもしれない人だもの。これくらいさせて。お兄様に怒られるわ」
とコルネリアはウィンクをする。
親友とはいえ王女殿下に送迎をさせるのは恐れ多いが……ここは彼女のお言葉に甘えさせてもらおう。
私たちは馬車に乗り込み、帰り道を急ぐ。
馬車の中でも話に花を咲かせる。彼女となら、いつまでも喋っていられそうだ。
「でしょ? 彼女ったら──」
しかしここで異変。
馬車が急停車し、勢いに負けて私たちは席から放り出されてしまった。
「コルネリア殿下! ディアナ様! すぐにお逃げ──」
馬車の御者から声が聞こえた。
次の瞬間、馬車を覆う布──幌を貫き、炎の矢が床に突き刺さった。
「ディアナ!? 大丈夫?」
「う、うん」
コルネリアがすかさず私を気遣ってくれたので、そう返事をする。
このまま馬車の中にいても、床に燃え移った炎で焼かれるだけだ。私とコルネリアは馬車の外に逃げる。
するとそこには紳士服にシルクハットを被った初老の男が、こちらに妖しい視線を向けていた。
「ディアナ嬢……そなたの命、貰い受ける」
声が二重に重なったかのような不気味な音。
私たちが逃げるよりも早く、彼は即座に手をかざす。炎の矢が錬成され、私たちに発射された。
思わず目を瞑ってしまう──が、その後に続くであろう衝撃はなかった。
「え……」
目を開けると、私たちの前には一人の男が立ち塞がっていた。
私たちを……守ってくれた?
「コルネリア殿下とその親友に手を出す所業。死んで償え」
「ちっ! 邪魔が入ったか!」
初老の男は連続して魔法を放とうとする。しかし──私たちを守ってくれた男が目の前から消失。
次の瞬間には初老の男が胸元から血飛沫を上げる。手を伸ばし、そのまま地面に倒れた。
「くっ……その剣捌き、王城の騎士か?」
「それを貴様に答える義理はない」
「ふ、ふんっ……まあいい。これで終わったと思うな。その娘にはこれからも災いが降りかかるだろう……」
そう言い残した初老の男に変化が訪れる。
体がぽろぽろと崩れ、砂のようになってしまったのだ。
私たちを守ってくれた彼はそれを見届け、くるりと百八十度方向を変え、こちらに駆け寄る。
「コルネリア殿下! ディアナ嬢! 大丈夫ですか?」
「ええ」
一方、コルネリアは服をパンパンと払い、彼に答えを返した。
……えーっと。
状況の変化が激しすぎて、全く訳が分からないんだけど?
学園の教室に入ると、私に一斉に注目が集まった。
「ディアナ様だ……」
「知ってる? アロイス殿下と二人で街を歩いていたのよ。その光景はさながらデートのようだったみたい」
「デート? だが、ディアナには婚約者がいたのでは? どういうことだ?」
「噂では婚約破棄をなさった……と」
……やっぱりか。
あんなに目立つところでアロイス様とデートをしたのだ。学園の貴族たちが知っていても、なんらおかしくない。
居心地の悪さを感じたけど、不思議と悪い気分にはならなかった。
「ディアナ、休日はどうだった?」
すかさずコルネリアがやってくる。
親友の彼女には、アロイス様とのデートについて話していた。まあ教えなくても知ってるものかもしれないが……。
「ええ、とても楽しかったわ。アロイス様からなにも聞いていないの?」
「昨晩の帰りは遅かったみたいだしね。私はもう寝てたわ」
「早寝ね」
「睡眠は美容の鍵よ? ここじゃあ喋りにくいと思うし、お昼休みになったら詳しく聞かせてよ」
コルネリアはそう言うものの、はやる気持ちをおさえられないようであった。
他人の恋バナには興味津々なんだから……。
ちなみに彼女にも婚約者がいる。隣国の王子様だ。
しかし国を跨ぐということもあって、ほとんど会ったことはないらしい。だから昔から、恋愛の話は私が喋る一方だ。
その後、午前中の授業も無事に終え、私たちは屋上庭園に場所を移して昨日のことを話すことにした。
「アロイス様、すごいわね。私のためにデートプランを百個以上考えたって言ってたわよ? まあ……ただの例えであって、本当に百個考えたかは分からないけどね」
「例えじゃないと思うわ。だってお兄様、ディアナとのデートをとても楽しみにしていたもの」
「そうかしら?」
「そうよ。お兄様、ディアナに失礼な真似をしていない?」
目をクリクリさせて、コルネリアが問う。
「一切していないわ。それどころか、余裕たっぷりな歳上のアロイス様に私はペースを持っていかれがちで……」
「余裕たっぷり? お兄様が?」
きょとんとした表情を浮かべるコルネリア。
「うん。私、なにか変なことを言った?」
「別に変ってほどじゃないけど……お兄様がそんな姿は、ちょっと想像しにくくって」
「……?」
アロイス様といったら学園にいる頃から文武両道で、卒業してからも理想の王子殿下としても名高い。
祭典で顔を出した時も、その姿はいつも自信に満ちていた。私のデートごときで、平常心を失ったりしないと思う。
「でも、そっかー。お兄様が余裕たっぷりねえ。ふふふ、可愛いわね」
コルネリアは楽しそうに笑った。
彼女は母が違うとはいえ、アロイス様とは兄妹。
私は知らない彼の側面を知っているかもしれない。
しかしコルネリアの言う『可愛いアロイス様』とはどうしてもイメージが重ならなくて、私は首を傾げるしかなかった。
◆ ◆
午後の授業も終え、私とコルネリアは図書室で勉強することにした。試験が近いのだ。
そして閉門の鐘の音が聞こえた時には、外はすっかり夜。
「ディアナ、家まで送っていくわ」
「いいの?」
「ええ、こんな夜道をディアナ一人で帰らせるわけにいかないわ。最近は物騒だし」
「一人で帰るのはなにも初めてのことじゃないけど……」
「私の義姉になるかもしれない人だもの。これくらいさせて。お兄様に怒られるわ」
とコルネリアはウィンクをする。
親友とはいえ王女殿下に送迎をさせるのは恐れ多いが……ここは彼女のお言葉に甘えさせてもらおう。
私たちは馬車に乗り込み、帰り道を急ぐ。
馬車の中でも話に花を咲かせる。彼女となら、いつまでも喋っていられそうだ。
「でしょ? 彼女ったら──」
しかしここで異変。
馬車が急停車し、勢いに負けて私たちは席から放り出されてしまった。
「コルネリア殿下! ディアナ様! すぐにお逃げ──」
馬車の御者から声が聞こえた。
次の瞬間、馬車を覆う布──幌を貫き、炎の矢が床に突き刺さった。
「ディアナ!? 大丈夫?」
「う、うん」
コルネリアがすかさず私を気遣ってくれたので、そう返事をする。
このまま馬車の中にいても、床に燃え移った炎で焼かれるだけだ。私とコルネリアは馬車の外に逃げる。
するとそこには紳士服にシルクハットを被った初老の男が、こちらに妖しい視線を向けていた。
「ディアナ嬢……そなたの命、貰い受ける」
声が二重に重なったかのような不気味な音。
私たちが逃げるよりも早く、彼は即座に手をかざす。炎の矢が錬成され、私たちに発射された。
思わず目を瞑ってしまう──が、その後に続くであろう衝撃はなかった。
「え……」
目を開けると、私たちの前には一人の男が立ち塞がっていた。
私たちを……守ってくれた?
「コルネリア殿下とその親友に手を出す所業。死んで償え」
「ちっ! 邪魔が入ったか!」
初老の男は連続して魔法を放とうとする。しかし──私たちを守ってくれた男が目の前から消失。
次の瞬間には初老の男が胸元から血飛沫を上げる。手を伸ばし、そのまま地面に倒れた。
「くっ……その剣捌き、王城の騎士か?」
「それを貴様に答える義理はない」
「ふ、ふんっ……まあいい。これで終わったと思うな。その娘にはこれからも災いが降りかかるだろう……」
そう言い残した初老の男に変化が訪れる。
体がぽろぽろと崩れ、砂のようになってしまったのだ。
私たちを守ってくれた彼はそれを見届け、くるりと百八十度方向を変え、こちらに駆け寄る。
「コルネリア殿下! ディアナ嬢! 大丈夫ですか?」
「ええ」
一方、コルネリアは服をパンパンと払い、彼に答えを返した。
……えーっと。
状況の変化が激しすぎて、全く訳が分からないんだけど?
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