目が覚めました 〜奪われた婚約者はきっぱりと捨てました〜

鬱沢色素

文字の大きさ
上 下
16 / 37

16・夜景が見えるレストランにて

しおりを挟む
 私たちが通されたのは夜景が見える窓際の席である。

 満天の星。
 それはさながら宝石が散りばめられているみたい。

 しかも個室。VIP待遇だ。王子……というか、アロイス様すごい。

「お酒は飲むか?」

 対面に腰をかけたアロイス様が、私にそう質問する。

「では、少しだけ……」
「分かった」

 パチンとアロイス様が指を鳴らす。
 この国では十六歳になるとお酒を飲んでも問題ない。とはいえ、私は子ども舌なのか、今まであまり飲まなかったけどね。

 ウェイターの人から蜜柑ベースのカクテルを受け取る。対してアロイス様は高そうなワインだ。

「素敵な夜に乾杯」

 そう言って、アロイス様がワイングラスを上げる。私も慌てて応えた。

 運ばれてくる料理はどれも美味しかった。
 これでも侯爵令嬢だから、高級料理はたくさん食べたきたけど……一番美味しい気がする。
 それはコックの腕もあるけど、向いにアロイス様が座っているからだと思った。

「今日はありがとう」

 アロイス様がそう礼を言う。

「いえ……私の方こそ、ありがとうございます。こんなに楽しいデートは初めてかもしれません」
「前の婚約者の時にも?」

 試すような口調で、アロイス様が問いかける。

「……分かりません。フリッツと婚約していた時は、初めての恋でしたので。彼に付いていくだけで精一杯で、楽しむ余裕などありませんでした」
「うむ……そうか。仕方がない。しかし嫉妬してしまうな。フリッツ子息は俺の知らない君の姿も知っている。願わくば、ディアナは俺が独占したい」

 その声はいつも余裕たっぷりなアロイス様には珍しく、嫉妬心が含まれているように感じた。

「聞いたぞ。フリッツ子息との婚約破棄が、正式に成立したらしいな」
「はい」
「フリッツ子息は、なにか言ってこなかったか?」
「彼は私との婚約を破棄することを嫌がっているようでした。一悶着ありましたが……結果的にはフリッツ有責で婚約破棄といたりましたし、些細なことです」
「それはよかった。もし、フリッツ子息がまだなにか言ってくるようなら、俺を頼るといい。君が満足する結果を約束しよう」
「ありがとうございます」

 頼り甲斐のあるアロイス様。
 フリッツには彼ほどの包容力を、感じたことがなかったかもしれない。

「それで……婚約破棄が正式に決定するまで、アロイス様との婚約を待ってほしいと伝えていましたが……」
「うむ」

 私の瞳をじっと見て、答えを待つアロイス様。

「もう少し、返事をお待ちいただいてもよろしいでしょうか? 非常に失礼な真似をしていると自覚しています。ですが、まだ気持ちの整理が……」
「問題ない」

 言葉を選んでいる私を、アロイス様は手で制する。

「なにも、婚約の返事を聞かせてもらおうと思って、デートに誘ったわけでもない。ただ俺は君と一緒にいたかったんだ。急ぐことではない。じっくりと考えて、答えを出してくれ」
「す、すみません……」

 アロイス様はそう言ってくれているけど、やっぱり申し訳ない。
 返事を待たせて、男をキープするだけの女にはなりたくなかったのだ。

 彼に不満はない。アロイス様が私を大切にしてくれるのは、今日のデートで伝わった。

 しかし──いや、だからこそと言っていいだろうか──本当に私でいいんだろうか? という気持ちが先走る。

 今日のデートも私はドキドキしっぱなしなのに、アロイス様は平常心のままだ。
 きっとこういう機会に慣れているんだろう。

 完璧超人のアロイス様の隣に、果たして私はふさわしいんだろうか?
 それにこのドキドキは果たして、愛や恋なのだろうか?

 デートの最中もそんなことを考えていたけど、どうしても答えが出なかった。

「そう、暗い顔をするな。君は笑顔が似合っている。楽しい話をしよう。俺が卒業してから学園は──」

 そうアロイス様が言葉を続けようとした時。
 彼は持っているフォークを床に落としてしまった。

「いかん、いかん。俺としたことが」

 しかしアロイス様は慌てない。店員がすぐに代わりのフォークを持ってきてくれて、それを受け取った。

「アロイス様もそういうところがあるんですね」
「はっはっは、カッコ悪いところを見せてしまったな」
「いえいえ、アロイス様にも可愛いところがあると思いまして」

 ただフォークを落としただけだが……アロイス様はそういう些細なミスすらしないと思った。
 だが、彼も私と同じ人間なのだ。そう思うと、少し気が軽くなったような気がした。

「す、すみません。可愛いなどと言ってしまい……」
「謝らなくてもいい。それに少しは緊張が解れたか? やはり君はそういう顔をしている方が魅力的だ」

 アロイス様にそう見つめられると、またもや心臓の鼓動が跳ね上がってしまう。
 やっぱり、アロイス様の方が一枚上手みたい。

 そうして私たちは楽しい夜を過ごした。


 ◆ ◆


「街中でのデートのことだけではなく、邸宅まで送迎まで……本当にありがとうございます」
「好きな女を一人で帰らせるわけにはいかないだろう? それに……最近は物騒だからな」

 馬車の中。
 アロイス様に家まで送ってもらいながら、私たちは言葉を交わしていた。

「聞いているか? 最近、街では魔族の被害が多い……と」
「……はい」


 魔族。
 人間とは相容れぬ存在。
 魔族は膨大な魔力量を持ち、人に害をなす存在だ。彼らは狡猾で、中には人間社会に溶け込み普通に生活している者もいるという。

 昔から魔族によって被害を受けた人たちは多いが、最近はさらに酷くなっている気がする。
 つい先日にも夜道を歩く令嬢が魔族に襲われたニュースが、私の耳にも届いた。

 騎士団の方々も魔族の被害を撲滅しようとしているが、なかなか手が追いついていないのが現状。
 人と魔族の争いは、長年にわたって私たちを悩ませている課題だ。


「俺と別れた後、魔族に襲われた……と聞いたら、俺は悔やんでも悔やみきれないよ。君のことは俺が必ず守る。それは婚約しても同じだ」
「重ね重ね、ありがとうございます」

 彼の自信に満ちた顔を見ていたら、自然と安心感が生まれる。

 十三年でよくもこう変わるものだ。
 十三年前、王城の中庭で自信なさげにしゃがみこんでいた『アロー君』と、今の彼の姿がどうしても重ならなかった。

 やがて馬車は私の家のまで到着。

「これでお別れだな」
「今日は楽しかったです。また、このような機会があれば嬉しく思います」
「それはこちらも同じだ。君が望むなら、何度でも今日のような日を過ごそう」

 そう言って、アロイス様は私に背を向けた。

 彼の乗った馬車が見えなくなるまで、私は見守り続けていた。
 名残惜しい気持ちもあったが、私は踵を返し──。


 ぞわっ。


 一瞬視線を感じて、鳥肌が立つ。
 反射的に振り返るが、誰もいない。常闇が広がっているだけであった。

「……気のせいかしら?」

 首を傾げて、今度こそ私は歩き出した。
しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

お飾り王妃の愛と献身

石河 翠
恋愛
エスターは、お飾りの王妃だ。初夜どころか結婚式もない、王国存続の生贄のような結婚は、父親である宰相によって調えられた。国王は身分の低い平民に溺れ、公務を放棄している。 けれどエスターは白い結婚を隠しもせずに、王の代わりに執務を続けている。彼女にとって大切なものは国であり、夫の愛情など必要としていなかったのだ。 ところがある日、暗愚だが無害だった国王の独断により、隣国への侵攻が始まる。それをきっかけに国内では革命が起き……。 国のために恋を捨て、人生を捧げてきたヒロインと、王妃を密かに愛し、彼女を手に入れるために国を変えることを決意した一途なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID:24963620)をお借りしております。

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

思い込み、勘違いも、程々に。

恋愛
※一部タイトルを変えました。 伯爵令嬢フィオーレは、自分がいつか異母妹を虐げた末に片想い相手の公爵令息や父と義母に断罪され、家を追い出される『予知夢』を視る。 現実にならないように、最後の学生生活は彼と異母妹がどれだけお似合いか、理想の恋人同士だと周囲に見られるように行動すると決意。 自身は卒業後、隣国の教会で神官になり、2度と母国に戻らない準備を進めていた。 ――これで皆が幸福になると思い込み、良かれと思って計画し、行動した結果がまさかの事態を引き起こす……

処理中です...