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14・軽率な元婚約者
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首を傾げて答えるリーゼの一方、私は唖然としていた。
──フリッツ……そんなことまで、この子に教えてたの!?
フリッツとの婚約破棄は一部の人は既に知っていることだと思う。
だけどアロイス様の婚約話は、国にとってデリケートな部分になる。
アロイス様と結婚する人は、自ずと未来の王妃様になる可能性が高いからだ。
だから不用意にぺらぺらと喋っていいものではない。
フリッツの口には羽でも付いているんだろうか?
彼の口の軽さに、私は何度目かも分からない溜め息を吐いてしまった。
「そうよ」
「やっぱり! 素敵です。今まで誰とも婚約してこようとしなかった王子様。ディアナ様とならお似合いですね」
うっとりとした表情を浮かべる。
これは気のせいかもしれないけど……彼女の目の奥が一瞬光った気がした。
「ありがとね。でもリーゼ、そのことをあまり人に言っちゃいけないわよ」
「え? なんでですか? ディアナ様、アロイス様とご結婚なさることが嫌なんですか?」
「そうじゃないわ。まだアロイス様の婚約話を受けるかどうか決まっていない段階で、人々に広く知れ渡ることは危険だって言ってるのよ。私たち貴族の結婚は、国にとっても影響が大きいから」
聞くところによると、貴族同士の結婚は国の許可が必要な場所もあるという。
それに比べて、私たちの国はおおらかだ。
色々なしがらみはあるものの、結婚は基本的に貴族同士の意思に任せている。
だからといって貴族としての自覚を忘れていいということにはならない。
私たちは国を背負うもの。おいそれと自由に恋愛出来ないのだ。
「わ、分かりましたっ! すみません! わたし、また間違っちゃった……ほんとダメダメですよね」
「大丈夫よ。分からなかったら、覚えていけばいいんだから」
にっこりと笑みを浮かべる。
それにしても……フリッツだ。
今度顔を合わせたらガツンと言ってやらなければ。
「でも……ディアナ様、まだご婚約が決まっていないと言っていましたが、まだ返事をしていないんですか?」
「ええ。慎重に決めるべきだと思うから」
「さすがです。わたしだったら、すぐに返事をしちゃいそうですから。やっぱりディアナ様はすごいなあ……」
とリーゼは感心したように言う。
「……もう、いいかしら? 私、これから行くところがあるの」
特に予定もなかったが、リーゼとこれ以上話しても得られるものはなにもないと思ったから……私はそう告げる。
「は、はいっ。ありがとうございました。本当にすみませんでした。あっ、そうだ……」
そう言って、リーゼはバッグから小袋を取り出す。
「これ、クッキーです。よく食べるんですが、美味しくって。ぜひディアナ様にも食べてもらいたいんです」
「あら、『マルポー』のクッキーよね。私も好きだわ」
「知ってるんですか?」
「ええ」
当たり前だ。
だってこのお店は──。
「せっかくだから、受け取っておこうかしら。ありがとう」
「いえいえ。わたしの家はそんなにお金もないから、これくらいしか謝罪の品を用意出来なくって……」
申し訳なさそうにリーゼは言う。
しかしこの女──わざとかわざとじゃないか分からないが──私に喧嘩を売っている。
何故なら彼女からもらったのクッキー。
私がフリッツとまだ仲が良かった頃、彼と一緒によく訪れていたお店のものだったからだ。
◆ ◆
「ディアナ、どうだった?」
教室に戻ると開口一番、コルネリアがそう駆け寄ってきた。
どうやら直帰せず、私を待っていてくれたらしい。
「ええ、問題なかったわ。フリッツとの一件について、彼女は平謝りだったから」
「そう……学園でなにか仕掛けてくるとは思わないけど、ちょっと心配してたわ。一応聞くけど……彼女のことを許したわけじゃないわよね?」
「うーん、どうだろう?」
許す許さないもなにも、私はこの件に関して最早どうでもよくなっているのだ。
「だけどやっぱり彼女とは仲良く出来そうにない。最後に喧嘩を売られたしね」
「喧嘩? 一体なにが……」
コルネリアがそう言葉を続けようとした時、教室に入ってくるフリッツの姿を見かけた。
彼は私を見るなり、気まずそうに視線を逸らして回れ右で帰ろうとする。
しかし逃す気はない。
「ねえ、フリッツ」
私は大股でフリッツに近寄る。
彼は「え?」と一瞬表情を明るくする。どうしてそんな顔をするんだろうか? 今の私は怒ってるのにね。
「あなた、リーゼに教えたのね?」
「教えた? もしかして、君と僕のことかい?」
「それは別にいいわ。そうじゃなくて……王子殿下のこと」
「あ、ああ……」
ここまで言ってもなにがダメなのか分かっていないのか、フリッツはピンときていない表情をしている。
「ダメじゃない。簡単に言えるような問題でもないわ」
「そ、それはすまない。だが、そう隠す話なのか? 遅かれ早かれ、みんなにも分かることだろ?」
呆れた。
こいつって、こんなにバカだっけ?
なんで私はこんな男のことを、一時は好きだったんだろう?
恋は盲目という言葉がある。
フリッツに引っ張られる形で、私もバカになっていたかもしれない。
「いい? 他人の恋愛は、そう簡単に言いふらしていいものでもないわ。今度同じようなことをしたら、家を通して抗議させてもらうから」
「わ、分かった。本当にすまなかった、ディアナ。僕が愚かだったようだ」
慌てて頭を下げるフリッツではあるが、本当に分かっているんだろうか?
「言ったからね? じゃあ私はこれで……」
「ま、待って、ディアナ。君にもう一度謝らせてもらいたいんだ。今度はお互いの両親を交えてじゃなくて、君と二人で。そ、そうだ。マルポーで話し合わないか? 君はあそこのクッキーが好き──」
「マルポー……ね。彼女とも行ったのよね」
「え?」
「なんでもない。遠慮するわ」
そう。
こいつとは終わった仲なのだ。今更話し合うことなどなにもない。
なにかを言い続けているフリッツを無視して、私はコルネリアと一緒に教室を出た。
──フリッツ……そんなことまで、この子に教えてたの!?
フリッツとの婚約破棄は一部の人は既に知っていることだと思う。
だけどアロイス様の婚約話は、国にとってデリケートな部分になる。
アロイス様と結婚する人は、自ずと未来の王妃様になる可能性が高いからだ。
だから不用意にぺらぺらと喋っていいものではない。
フリッツの口には羽でも付いているんだろうか?
彼の口の軽さに、私は何度目かも分からない溜め息を吐いてしまった。
「そうよ」
「やっぱり! 素敵です。今まで誰とも婚約してこようとしなかった王子様。ディアナ様とならお似合いですね」
うっとりとした表情を浮かべる。
これは気のせいかもしれないけど……彼女の目の奥が一瞬光った気がした。
「ありがとね。でもリーゼ、そのことをあまり人に言っちゃいけないわよ」
「え? なんでですか? ディアナ様、アロイス様とご結婚なさることが嫌なんですか?」
「そうじゃないわ。まだアロイス様の婚約話を受けるかどうか決まっていない段階で、人々に広く知れ渡ることは危険だって言ってるのよ。私たち貴族の結婚は、国にとっても影響が大きいから」
聞くところによると、貴族同士の結婚は国の許可が必要な場所もあるという。
それに比べて、私たちの国はおおらかだ。
色々なしがらみはあるものの、結婚は基本的に貴族同士の意思に任せている。
だからといって貴族としての自覚を忘れていいということにはならない。
私たちは国を背負うもの。おいそれと自由に恋愛出来ないのだ。
「わ、分かりましたっ! すみません! わたし、また間違っちゃった……ほんとダメダメですよね」
「大丈夫よ。分からなかったら、覚えていけばいいんだから」
にっこりと笑みを浮かべる。
それにしても……フリッツだ。
今度顔を合わせたらガツンと言ってやらなければ。
「でも……ディアナ様、まだご婚約が決まっていないと言っていましたが、まだ返事をしていないんですか?」
「ええ。慎重に決めるべきだと思うから」
「さすがです。わたしだったら、すぐに返事をしちゃいそうですから。やっぱりディアナ様はすごいなあ……」
とリーゼは感心したように言う。
「……もう、いいかしら? 私、これから行くところがあるの」
特に予定もなかったが、リーゼとこれ以上話しても得られるものはなにもないと思ったから……私はそう告げる。
「は、はいっ。ありがとうございました。本当にすみませんでした。あっ、そうだ……」
そう言って、リーゼはバッグから小袋を取り出す。
「これ、クッキーです。よく食べるんですが、美味しくって。ぜひディアナ様にも食べてもらいたいんです」
「あら、『マルポー』のクッキーよね。私も好きだわ」
「知ってるんですか?」
「ええ」
当たり前だ。
だってこのお店は──。
「せっかくだから、受け取っておこうかしら。ありがとう」
「いえいえ。わたしの家はそんなにお金もないから、これくらいしか謝罪の品を用意出来なくって……」
申し訳なさそうにリーゼは言う。
しかしこの女──わざとかわざとじゃないか分からないが──私に喧嘩を売っている。
何故なら彼女からもらったのクッキー。
私がフリッツとまだ仲が良かった頃、彼と一緒によく訪れていたお店のものだったからだ。
◆ ◆
「ディアナ、どうだった?」
教室に戻ると開口一番、コルネリアがそう駆け寄ってきた。
どうやら直帰せず、私を待っていてくれたらしい。
「ええ、問題なかったわ。フリッツとの一件について、彼女は平謝りだったから」
「そう……学園でなにか仕掛けてくるとは思わないけど、ちょっと心配してたわ。一応聞くけど……彼女のことを許したわけじゃないわよね?」
「うーん、どうだろう?」
許す許さないもなにも、私はこの件に関して最早どうでもよくなっているのだ。
「だけどやっぱり彼女とは仲良く出来そうにない。最後に喧嘩を売られたしね」
「喧嘩? 一体なにが……」
コルネリアがそう言葉を続けようとした時、教室に入ってくるフリッツの姿を見かけた。
彼は私を見るなり、気まずそうに視線を逸らして回れ右で帰ろうとする。
しかし逃す気はない。
「ねえ、フリッツ」
私は大股でフリッツに近寄る。
彼は「え?」と一瞬表情を明るくする。どうしてそんな顔をするんだろうか? 今の私は怒ってるのにね。
「あなた、リーゼに教えたのね?」
「教えた? もしかして、君と僕のことかい?」
「それは別にいいわ。そうじゃなくて……王子殿下のこと」
「あ、ああ……」
ここまで言ってもなにがダメなのか分かっていないのか、フリッツはピンときていない表情をしている。
「ダメじゃない。簡単に言えるような問題でもないわ」
「そ、それはすまない。だが、そう隠す話なのか? 遅かれ早かれ、みんなにも分かることだろ?」
呆れた。
こいつって、こんなにバカだっけ?
なんで私はこんな男のことを、一時は好きだったんだろう?
恋は盲目という言葉がある。
フリッツに引っ張られる形で、私もバカになっていたかもしれない。
「いい? 他人の恋愛は、そう簡単に言いふらしていいものでもないわ。今度同じようなことをしたら、家を通して抗議させてもらうから」
「わ、分かった。本当にすまなかった、ディアナ。僕が愚かだったようだ」
慌てて頭を下げるフリッツではあるが、本当に分かっているんだろうか?
「言ったからね? じゃあ私はこれで……」
「ま、待って、ディアナ。君にもう一度謝らせてもらいたいんだ。今度はお互いの両親を交えてじゃなくて、君と二人で。そ、そうだ。マルポーで話し合わないか? 君はあそこのクッキーが好き──」
「マルポー……ね。彼女とも行ったのよね」
「え?」
「なんでもない。遠慮するわ」
そう。
こいつとは終わった仲なのだ。今更話し合うことなどなにもない。
なにかを言い続けているフリッツを無視して、私はコルネリアと一緒に教室を出た。
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