目が覚めました 〜奪われた婚約者はきっぱりと捨てました〜

鬱沢色素

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 フィンロスク子爵は、最後の希望が絶たれたかのように、がくっと肩を落とす。

「ディアナ!」

 そしてテーブルから身を乗り出して、こう叫ぶのはフリッツだ。

「薄情すぎないか!? 僕と君の仲じゃないか。僕は本来、婚約を白紙にするのも嫌だったんだ。だが、お父様と話って最大限譲歩した形でおさめようとしている。どうして僕の配慮を分かってくれないんだい!? 君がそういう人間だったなんて幻滅だよ!」
「薄情? 譲歩?」

 フリッツの言っていることがあまりに身勝手すぎて、私はつい鼻で笑ってしまう。

 フィンロスク子爵が反論してこないのを見ると、彼は身の程が分かっているようね。

 今回の婚約破棄はフリッツが原因だ。
 なのに婚約解消だなんて……世間の人は私にも問題があったと考えるだろう。

 無論、有責となったフィンロスク子爵側よりはマシかもしれない。
 だけど私はこれっぽっちも悪くないのに、少しだけでも責任が問われるようになることを許すわけにはいかない。

「フリッツ……もういいんだ」
「なにがいいんですか、お父様!? ディアナ! もっと話し合おう! パーティーでの一件は、一時の気の迷いだったんだ。たった一度の過ちも、君は許してくれないというのかい!?」
「一度だけ……あなたがそう思っているなら、やはり話し合う余地はありません」

 実際、あのパーティー以前にも、フリッツは私よりリーゼを優先する真似を度々してきた。
 そして再三、私はそのことを注意してきた。

 それなのに一度だけですって?
 ここに両親がいなければ、フリッツに怒りを爆発させてしまうかもしれないわ。

「君も婚約破棄となって、次の良い相手が見つかるのかい? 君には僕しかいないんだ。誰も君の婚約者候補に手を挙げないに決まっている!」
「……っ! 私はあなたなんかいなくても、十分やっていけますわ! 実際、次のお相手が……」

 ハッとなって口元に手を当てる。
 しまった……こんなことで、フリッツの喧嘩を買う必要なんてないはずなのに。

 フリッツは首を傾げている。
 私の気持ちに最後まで気が付かなかった男だ。鈍感さには定評がある。

 しかしフィンロスク子爵はそうじゃなくて、


「……やはり、は本当でしたか。アロイス殿下に婚約を申し込まれた……と」


 と声を漏らした。

「あなたがたには関係のない話ですな」

 すかさず、お父様が「これ以上の追及は許さない」と言わんばかりに、厳しい視線を向ける。

「ごもっともな話です。申し訳ございません」

 フィンロスク子爵が再度頭を下げる。

 どうしてあのことをフィンロスク子爵が……と思ったけど、そうおかしな話ではないかもしれない。
 なにせ、次期国王陛下筆頭であるアロイス様の婚約だ。しかも彼は今まで婚約者を決めてこなかった。

 アロイス様が私に婚約を申し出たことだって、彼一人で決めたわけではないはず。
 場合によっては陛下にも根回しをして、私が次期王妃になる許可を取っているはずだ。

 そうなってくると、なにも私──そしてアロイス様を紹介してくれたコルネリアだけが、この度の話を知っているわけではない。
 フィンロスク子爵は普段、役人の一人として王城で働いているとも聞く。どこからか情報が漏れ、彼の耳に入ってしまたんだろう。

「アロイス殿下……? 婚約? 一体、どういうことだ……?」

 それを聞いてもフリッツはピンときていないのか、混乱している様子だった。
 私がアロイス様と結婚する可能性なんて、彼ごときの頭では思いもしないんだろうけど。

「話し合いはこれで終わりです」

 不穏な空気を感じ取ったのか、お父様が話を締めにかかる。

「婚約解消など生ぬるい。当初の予定通り、フリッツ・フィンロスク子息有責で婚約破棄させてもらおう。慰謝料については、追々調整していく。フィンロスク子爵もそれでいいですな?」
「……はい」

 歯を噛み締めて、フィンロスク子爵が苦しそうに首肯した。

「お父様! 僕はまだ納得していません!」
「貴様は黙っていろ! ことの重大性をまだ理解していないのか!」

 フリッツは食い下がろうとするが、フィンロスク子爵にすごい形相で叱責され、慌てて口を閉じた。

 その後、書類にお互いの署名をし、私とフリッツの婚約破棄が正式に決定したのであった。


 ◆ ◆


〈フリッツ視点〉

 帰りの馬車の中。
 フリッツとその父、フィンロスク子爵の間には重々しい空気が流れていた。

「お父様……僕はこれから、どうなるんでしょうか?」

 フリッツが恐る恐る口を開く。

「……知らん」
「え?」
「私こそ、どうしていいか分からぬのだ。ああ……今まで順調だったのに。我が家も終わりだ……」

 頭を抱える父。
 もうなにも喋りたくなさそうだ。

 しかしフリッツはこの沈黙に耐えられない。
 不安にも押しつぶされそうだ。
 空気を読まずに、別の問いを紡ぐ。

「それにディアナのこともです。最後、ディアナがアロイス殿下に婚約を申し込まれたと聞こえましたが……僕の聞き間違いですか?」
「聞き間違いではない。私も噂を聞いた最初は『そんなバカな』と思っていたが、シュミット侯爵とディアナ嬢の反応を聞いて確信した。今まで誰とも婚約してこなかった第一王子。殿下が選んだのはディアナ嬢だ」
「ど、どうしてディアナが選ばれたのですか? 爵位的にはそこまでおかしな話でもありませんが、アロイス殿下が彼女を選ぶ理由が思いつきません」
「私が知るか! 貴様はそんなことを考えるより、今後の身の振り方について考えていろ!」

 馬車の外にまで聞こえそうな大きな声で、フィンロスク子爵は怒声を飛ばす。
 フリッツは肩を小さく震わせ、今度こそ沈黙した。

(ディアナ……)

 つい数日前には、こんなことになるとは思っていなかった。

(君は僕のことなんて、これっぽっちも好きじゃなかったのかい? 君は殿下と結婚するのかい?)

 彼女の顔を思い出すだけで、胸が張り裂けそうになる。

 そして次にフリッツの頭に浮かんだのは、リーゼの顔だ。

(リーゼ……君に会いたい)

 今、僕の傷ついている心を癒してくれるのは彼女くらいだ。
 最近では学園にも行っていないので、しばらく彼女に会えていない。

 フリッツは俯き、両手をぎゅっと握った。
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