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4・もう我慢はしません
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休日明け。
お父様は「一週間くらいは休んでもいいんじゃないか?」と言ってくれたけど、それは固辞した。
だって、早くみんなにもこの姿を見てもらいたかったんだもの。
校門を潜っただけで、みんなからの視線を感じた。
私はそれを気付かないふりをして、教室まで向かう。
教室の扉を開ける。さっきまで騒がしかった教室が一瞬で水を打ったような静けさとなった。
そしてみんなはこそこそと話をしだす。
「だ、誰だ……?」
「もしかして転校生?」
「こんな時期に? それに庶民の学校じゃないんだぜ。留学生じゃない限り、転校生なんて滅多にいない」
「じゃあ、あの赤髪のキレイな人は誰よ」
みんなは私のことが誰か分かっていない。
──それも仕方がない。
だって今の私は、フリッツに言われた姿を戻して、素の自分になっているのだから。
魔法で染めていた黒髪は、今では燃えるような赤髪に戻っている。
学園に入学してから化粧も最低限だった。しかしお母様と侍女に手伝ってもらい、完璧な化粧を施している。
装飾品も我慢してきたけど、今は目立つキレイなネックレスと指輪を身につけていた。
地味で目立たない令嬢の仮面を取って、かつて『絶世の美女』と言われた自分に戻っている。
みんなが戸惑うのも仕方がない。
だけど一人だけ、私が誰なのか分かる人物がいた。
「ディアナ!」
大きな声を張り上げて近づいてくる一人の男性。
フリッツだ。
「そ、その姿はどうしたんだい? みんなが君を見ているじゃないか。僕、君には目立たない姿をしてくれって頼んでたよね? どうしていきなり……」
「どうして? いきなり? ……はあ」
呆れすぎて溜め息を吐いてしまう。
こいつは先日のパーティーでの一件を忘れたのだろうか。
「今まであなたのことを愛していた。でも、もうダメ。目が覚めたの。これからは私の好きにさせてもらうわ」
「な、なにを言い出すんだ! あれは誤解だって言っただろ? それに喋り方も変わっている」
変わっている?
違う。これが本来の私の喋り方だ。
それにしても……こいつはまだ言い逃れが出来ると思っているんだろうか?
きっと休日の間に、ああでもないこうでもないと言い訳を考えていたんだろう。
しかしそれを私が聞いてやる義理もない。
「あなたと話していたら虫唾が走るわ。いいじゃない。あなたにはお似合いの人がいるんだし」
「お似合いの人……彼女のことかい?」
「それ以外に誰がいるの?」
「ち、違うんだ。僕が愛しているのは君だけだよ。それに君こそ忘れていないかい? 君は僕の婚約者なんだよ。なのにそんなことを言うなんて……」
「婚約者……ねえ」
つい笑いそうになってしまう。
婚約を破棄するためには、まずは役所に申請を出して許可をもらわなければならない。
貴族同士の結婚は、国にとって影響が大きい。そのために作られた制度だ。
真実の愛を見つけて、パーティーで婚約破棄を言い渡す……なんて物語が流行っているが、あれは現実では有り得ない。
有り得たとしても、やるのは相当おバカな貴族だけだ。
この休みの間、お父様が私とフリッツの婚約を破棄させるために奔走してくれた。
そして無事に認可も得たと言っていた。
しかしフィンロスク子爵に婚約破棄の通知がいくのは、じゃっかんのタイムラグがある。
ゆえにフリッツはまだ知らないのだ。
とはいえ、それを今ここでフリッツに教えてやる必要はない。
「ふふふ、まだそんなことを思っているのね。あなたがそれを知った時、どんな顔をするのか楽しみだわ」
「それ? 一体なにを……」
フリッツはまだ喋りたそうだったが、無視して自分の席に座った。
「え……? もしかしてあの赤髪の令嬢、侯爵家のディアナ様なのか?」
「信じられないわ。でも婚約者のフリッツ様が言っているんだし……」
「あんなにキレイな女性だったのか! くそっ、そうと分かっていれば、もっとお近づきになるべきだった」
「急にどうしたのかな? やっぱり、先日のパーティーが原因?」
「フリッツ様、何故かディアナ様をエスコートしなかったもんな。理由は分からないが、本来有り得ないことだ」
急に様変わりした私に、みんなはどう話しかけていいか分からず、遠巻きから眺めるだけ。
だが、悪い印象は抱いていないようでなにより。
じろじろ見られるのは苦手だった。
でも……こういうのだったら悪くないわね。
お父様は「一週間くらいは休んでもいいんじゃないか?」と言ってくれたけど、それは固辞した。
だって、早くみんなにもこの姿を見てもらいたかったんだもの。
校門を潜っただけで、みんなからの視線を感じた。
私はそれを気付かないふりをして、教室まで向かう。
教室の扉を開ける。さっきまで騒がしかった教室が一瞬で水を打ったような静けさとなった。
そしてみんなはこそこそと話をしだす。
「だ、誰だ……?」
「もしかして転校生?」
「こんな時期に? それに庶民の学校じゃないんだぜ。留学生じゃない限り、転校生なんて滅多にいない」
「じゃあ、あの赤髪のキレイな人は誰よ」
みんなは私のことが誰か分かっていない。
──それも仕方がない。
だって今の私は、フリッツに言われた姿を戻して、素の自分になっているのだから。
魔法で染めていた黒髪は、今では燃えるような赤髪に戻っている。
学園に入学してから化粧も最低限だった。しかしお母様と侍女に手伝ってもらい、完璧な化粧を施している。
装飾品も我慢してきたけど、今は目立つキレイなネックレスと指輪を身につけていた。
地味で目立たない令嬢の仮面を取って、かつて『絶世の美女』と言われた自分に戻っている。
みんなが戸惑うのも仕方がない。
だけど一人だけ、私が誰なのか分かる人物がいた。
「ディアナ!」
大きな声を張り上げて近づいてくる一人の男性。
フリッツだ。
「そ、その姿はどうしたんだい? みんなが君を見ているじゃないか。僕、君には目立たない姿をしてくれって頼んでたよね? どうしていきなり……」
「どうして? いきなり? ……はあ」
呆れすぎて溜め息を吐いてしまう。
こいつは先日のパーティーでの一件を忘れたのだろうか。
「今まであなたのことを愛していた。でも、もうダメ。目が覚めたの。これからは私の好きにさせてもらうわ」
「な、なにを言い出すんだ! あれは誤解だって言っただろ? それに喋り方も変わっている」
変わっている?
違う。これが本来の私の喋り方だ。
それにしても……こいつはまだ言い逃れが出来ると思っているんだろうか?
きっと休日の間に、ああでもないこうでもないと言い訳を考えていたんだろう。
しかしそれを私が聞いてやる義理もない。
「あなたと話していたら虫唾が走るわ。いいじゃない。あなたにはお似合いの人がいるんだし」
「お似合いの人……彼女のことかい?」
「それ以外に誰がいるの?」
「ち、違うんだ。僕が愛しているのは君だけだよ。それに君こそ忘れていないかい? 君は僕の婚約者なんだよ。なのにそんなことを言うなんて……」
「婚約者……ねえ」
つい笑いそうになってしまう。
婚約を破棄するためには、まずは役所に申請を出して許可をもらわなければならない。
貴族同士の結婚は、国にとって影響が大きい。そのために作られた制度だ。
真実の愛を見つけて、パーティーで婚約破棄を言い渡す……なんて物語が流行っているが、あれは現実では有り得ない。
有り得たとしても、やるのは相当おバカな貴族だけだ。
この休みの間、お父様が私とフリッツの婚約を破棄させるために奔走してくれた。
そして無事に認可も得たと言っていた。
しかしフィンロスク子爵に婚約破棄の通知がいくのは、じゃっかんのタイムラグがある。
ゆえにフリッツはまだ知らないのだ。
とはいえ、それを今ここでフリッツに教えてやる必要はない。
「ふふふ、まだそんなことを思っているのね。あなたがそれを知った時、どんな顔をするのか楽しみだわ」
「それ? 一体なにを……」
フリッツはまだ喋りたそうだったが、無視して自分の席に座った。
「え……? もしかしてあの赤髪の令嬢、侯爵家のディアナ様なのか?」
「信じられないわ。でも婚約者のフリッツ様が言っているんだし……」
「あんなにキレイな女性だったのか! くそっ、そうと分かっていれば、もっとお近づきになるべきだった」
「急にどうしたのかな? やっぱり、先日のパーティーが原因?」
「フリッツ様、何故かディアナ様をエスコートしなかったもんな。理由は分からないが、本来有り得ないことだ」
急に様変わりした私に、みんなはどう話しかけていいか分からず、遠巻きから眺めるだけ。
だが、悪い印象は抱いていないようでなにより。
じろじろ見られるのは苦手だった。
でも……こういうのだったら悪くないわね。
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