目が覚めました 〜奪われた婚約者はきっぱりと捨てました〜

鬱沢色素

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2・私とフリッツの関係

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 私、ディアナはシュミット侯爵家の令嬢として生まれた。

 幼い頃から勉強漬けの毎日だった。
 たまには勉強から逃げ出したくなったけど、これも立派な貴族になるためだと自分に言い聞かせて乗り越えてきた。
 そのおかげで、自分で言うのもなんだけど、どこに出しても恥ずかしくはない令嬢になれたと思う。

 そんな私には十五歳の時、婚約者が出来た。
 それがフリッツである。

 フリッツはフィンロスク子爵の長男。
 彼のフィンロスク子爵家は爵位でいうと、私のシュミット侯爵家より下だった。
 最終的には子爵家が侯爵家に頭を下げる形となったが、私とフリッツの婚約が成立した。

 婚約するまでフリッツとは会ったことがなかったので、最初は愛のない婚約であった。

 だが、それでもよかった。
 彼は優しかったから。

 フリッツは私のことを常に気遣ってくれた。彼は女性とあまり接したことがなく、デートの際もしどろもどろ。だけど一生懸命私をエスコートしようという意思があって、そういうところも私的には好印象だった。
 なにかある度に、私にプレゼントもしてくれた。誕生日の時に花のブローチをもらったのは、今でも良い思い出だ。

 大切にしてくれるフリッツのことを、私はいつしか本気で好きになっていた。

 順風満帆な人生。
 大人になったらフリッツと結婚し、幸せな家庭を築いていくんだろうなとぼんやりとイメージ出来た。


 雲行きが怪しくなったのは学園に入学してからだ。


 この国の貴族は、十六歳になると基本的に学園に入学することになっている。
 それは王族とて例外ではない。

 そこに私とフリッツも入学したわけだが、まず彼は私にこう言った。


『学園となると、周りに男も多くなってくる。君は美しい女性だ。きっと他の男から注目されるだろう。だから……せめて学園にいる間は、目立たない格好をしてくれないかい?』


 最初はなに言ってんだと思ってしまった。
 しかし私が他の男に奪われないか、フリッツは心配だったのだろう。

 思うところはあったが、これもフリッツも私のことを本気で好きだからに違いない。
 だから私は彼の希望を叶え、なるべく地味な格好をすることにした。

 まず魔法で髪を黒に染めた。
 元々の私の髪色は赤だ。ルビーのように赤い髪はお母様譲りで、私の誇りだった。

 しかし半面、私の鮮烈な赤髪はよく目立つ。
 だから髪を目立たない黒に染めて、三つ編みでくくった。

 さらに縁なしの大きめの眼鏡をかけた。
 視力はよかったので眼鏡をかける必要はなかったが、わざわざ度が入っていない眼鏡を作ってもらったのだ。

 用がなければ、極力男性に近付かないようにした。
 他の男と喋っていたら、フリッツが不安がるからだ。

 クラスの中心から外れ、いつも教室の片隅で本を読んでいるような令嬢。
 私はそれに徹した。
 その結果、教室では「地味で目立たない」という評価を受けている……と思う。


 そして私とフリッツの関係がおかしくなった理由が、もう一つある。
 それがリーゼの存在である。


 彼女は平民ながら、類稀なる魔力量から学園の入学を許された。国としては将来の『聖女』候補として考えているらしい。

 学園の貴族たちにとって、平民リーゼの存在は新鮮だった。
 リーゼはどうやら学園に入学するまでは──当たり前かもしれないが──まともに貴族としての教育を受けておらず、目を顰める場面も多かった。
 しかし彼女は持ち前の愛嬌で、男性たちを虜にした。ちょっと失礼なことがあっても、「平民だから」という理由で許されてきた。

 一方、彼女には悪い噂がある。
 それは女子生徒たちの愛する人を寝取っているという噂だ。

 貴族が多い学園なので、既に婚約者がいる令嬢たちも多い。そうじゃなくても、恋人として付き合っている男女もいる。
 リーゼはそんな彼女たちの男に唾を付けた。彼女たちは婚約者・恋人の行動を嗜めても、彼らはそれを嫉妬として受け取ったらしい。リーゼとの交流をやめようとしなかった。

 中にはそれが原因で婚約破棄に至った人たちもいるらしい。
 いつしかリーゼには『婚約クラッシャー』という異名も付けられることになった。

 しかしそれは女子生徒の間だけだ。
 どれだけ彼女たちがリーゼの愚行を訴えても、大半の男子生徒は耳を傾けなかった。
 男どもは皆、リーゼに心奪われているのである。

 こうして男子には評判がよく、女子からは嫌われている典型的な腹黒女の完成ってわけ。

 そしてリーゼの毒牙にかかったのは、私の婚約者フリッツとて例外ではない。
 フリッツが休み時間にリーゼと親しそうに話していたのを目にしたのは、一度や二度じゃない。

 だけど私は彼のことを信じた。
 きっとなにか用事があったのだろう。
 フリッツは他のバカな男と一緒じゃない……って。

 ぐっと我慢している間に、どんどん事態は悪化していくことになる。

 他の女子生徒の証言で、フリッツとリーゼがデートに出かけていたことが判明した。
 そんなバカな……と思いフリッツを問いただしたら、本当だったらしい。

 私は彼を問い詰めた。
 どうしてそんなことをするんだ。フリッツには私という婚約者がいるじゃないか。リーゼと二人きりで出かけたら、周りの人からなんて言われると思っている?

 しかしフリッツは少しむっとした表情をして、こう言った。

『彼女とは服を買いにいっただけなんだ。どうやら彼女、制服以外にまともに私服を持っていないらしくってね。男性の意見も知りたいらしく、僕も一緒に行くことになった』
『その後はちょっと食事をして帰っただけだ。なんにもないよ? 学園の同級生と一緒に出かけただけなのに、どうしてそんなことを言われなきゃならない』

 極め付けはこうだ。

『もしかして、君はリーゼが平民だからって差別しているのかい? そういう差別意識はよくないと思う。改めるべきだ』

 呆れた。
 私はリーゼが平民だからと文句を言っているのではない。
 婚約者がいるのに、私に話さず他の女と出かける軽率さを責めているわけだ。

 これが平民同士の恋愛なら許されるかもしれない。
 しかし私たちは貴族だ。
 常に周りの視線を意識する必要がある。
 なのにフリッツの貴族意識の低さに呆れていたわけだが、その時は「ちょっと婚約者への拘束が激しかったかな」と私も反省し、それ以上はぐっと堪えた。


 そして今日、私の我慢は限界を超えた。


 学園のパーティーで婚約者を放って、リーゼと二人でいる? しかも口づけ?
 あの光景を見て、彼への愛情が急激に冷めた。

 今まで私はやりたいことも我慢して、フリッツの要望をなるべく応えてきた。

 しかし今となっては、全てがバカバカしい。
 目が覚めた気分だ。

 もういい。
 これからは良い子にするのはやめよう。

 フリッツとの婚約は破棄しよう。これ以上彼との婚約関係を続けられる気がしない。
 理由を説明したら、両親もきっと私の味方になってくれる。
 フリッツの浮気が原因なんだから、あちらの有責になる。
 私の大事な時間を奪ったのだ。そのツケ、必ず払ってもらう。

 好きに生きよう。
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