上 下
40 / 44

40・悪魔、襲来

しおりを挟む
「正門前だ! あそこを防御で固めろ! 悪魔を一体たりとも、街に出すな!」
「治癒士の方はどこにいられますか! 怪我人が出ました! 今すぐ治療にあたってください!」
「援護を増やしてください! このままで押し切られます!」


 ──城内は騒然としている。

 私たちが地上に戻ると、悪魔が突如城内に現れ、今なお交戦していることが告げられた。

 今のところ、悪魔は城内にいるだけで、街には現れていないらしい。
 一般人が襲われていないことは朗報だが、そのせいで私たちも城外に避難出来ない。

「どうして、悪魔が城内に……」

 怒号と悲鳴が飛び交う中、私はそう言葉を漏らしてしまう。

「今はまだ不明だ。転移魔法を使ったとも考えられる。もしかしたら、フーロラの第一王子レナルドの前に現れたという男も、悪魔の関係者だっったかもしれないな」

 と、ヴィーラントがみんなに指示を出しながら答える。

「エルナ、お前は隠し部屋まで避難してくれ。避難のために用意していた場所だが……位置は覚えているか?」
「ええ。あなたと婚約してから、必死に覚えましたから」
「それはよかった」

 私を避難させるため、何人かの騎士が集まってくる。

「ヴィーラント殿下は、どうされるのですか?」
「俺は悪魔と戦う」

 剣を抜き、覚悟を秘めた目をして、ヴィーラントが言った。

「で、殿下も……ですか? あなたの身に、なにがあったらどうされるのですか!」
「大丈夫だ」

 私を安心させるように、ヴィーラントはふんわりと柔らかい笑みを浮かべる。

「報告によれば、城内に現れた悪魔は下位のものだけらしい。今は他の騎士も混乱しているが、俺たちの勝利は揺るがないだろう」
「で、ですが……」
「城内にはグレンとフォルカーもいる。二人と合流すれば、俺が負けることは有り得ない。それよりも……俺が心配しているのは、お前の安全だ」

 私の?

 そんな思いが表情に出ていたからなのか、ヴィーラントが私の頭を撫でた。

「お前は俺の大事な婚約者だ。お前が安全な位置にいてくれると思えば、俺も安心して戦える。だから……俺を信じてくれるか?」
「……分かりました」

 これ以上食い下がることは、ヴィーラントの足を引っ張ることになる。
 私は彼の顔を見て、首を縦に振った。

「必ず、無事に戻ってきてくださいね」
「当然だ。この戦いが終われば、またあのカフェで一緒にシフォンケーキを食べよう」

 あのシフォンケーキの味を思い出すと、平和な日常に早く戻ってほしいと切に願った。




 避難用の隠し部屋までの移動は、護衛の騎士の方々のおかげもあって、スムーズに完了した。

 中には戦うことが出来ない、メイドや執事も何人かいる。
 部屋の外から聞こえる戦いの音に、みんなは恐怖で震えていた。

「大丈夫よ」

 そんな中。
 私は部屋の片隅で震えている、一人のメイドに声をかけた。

「この城にいる者は、みんな強い。下位の悪魔ごときには負けないわ」

 圧倒的な強さで他国を蹂躙し、フーロラを滅亡に導いたゼレギア帝国──。

 彼らの強さを、私はここにいる誰よりもよく分かっている。

「だから……ね。安心して」
「エ、エルナ様は怖くないんですか?」
「怖いわよ。でも……」

 怖くて震えているだけでは、なにも変えられないから。

 死に戻り前、どのような手を尽くしても、帝国との戦いに勝てなかった無力感を思い出す。

 死がいつも身近にあった。
 私は、恐怖に慣れてしまっただけなのかもしれない。

「ヴィーラント殿下やグレン、フォルカー殿下もいらっしゃいますしね。あの方がに任せておけば大丈夫よ」

 にっこりと笑って、メイドの頭を撫でる。
 すると徐々に体の震えが治っていくのが分かった。

 これで少しは、彼女の恐怖心が薄らいでくれればいいんだけど……。

「とはいえ、気になるわね」

 彼女から離れて、ぼそっと呟く。

 悪魔が突如現れた仕組みも不明確だが……そもそも彼らの目的はなんなのだろうか?

 ヴィーラントは言っていた。下位の悪魔ばかりで、我々が負けるわけがないと。

 城内は要人が多く、攻められないに越したことはないが、逆に言うとそれだけ守りが固くなっているということ。
 わざわざ負ける戦いのために、悪魔は襲撃をかけたのだろうか。

「もしかしたら、まだ奥の手を残しているんじゃ……」

 先ほどから、嫌な胸騒ぎが治らない。

 その時だった。



 ズシャアアアアアアアンッッッ!



 部屋の扉が叩き割られ、一人の男が中に入ってきた。

「え……?」

 突然の出来事に、なにが起こったのか分からない。

 部屋の前には結界が張られている。
 下位の悪魔──だけではなく、この結界を破れる者は、国にもほとんどいないとされる強力な結界だ。

 なのに、ここに姿を現すということは……。



「エルナ、ここにいたか」



 結界を突破し、現れた男。

 彼──レナルドは目を赤く光らせ、私に憎悪の感情を向けていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

築地シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

プロローグでケリをつけた乙女ゲームに、悪役令嬢は必要ない(と思いたい)

犬野きらり
恋愛
私、ミルフィーナ・ダルンは侯爵令嬢で二年前にこの世界が乙女ゲームと気づき本当にヒロインがいるか確認して、私は覚悟を決めた。 『ヒロインをゲーム本編に出さない。プロローグでケリをつける』 ヒロインは、お父様の再婚相手の連れ子な義妹、特に何もされていないが、今後が大変そうだからひとまず、ごめんなさい。プロローグは肩慣らし程度の攻略対象者の義兄。わかっていれば対応はできます。 まず乙女ゲームって一人の女の子が何人も男性を攻略出来ること自体、あり得ないのよ。ヒロインは天然だから気づかない、嘘、嘘。わかってて敢えてやってるからね、男落とし、それで成り上がってますから。 みんなに現実見せて、納得してもらう。揚げ足、ご都合に変換発言なんて上等!ヒロインと一緒の生活は、少しの発言でも悪役令嬢発言多々ありらしく、私も危ない。ごめんね、ヒロインさん、そんな理由で強制退去です。 でもこのゲーム退屈で途中でやめたから、その続き知りません。

待ち遠しかった卒業パーティー

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢アンネットは、暴力を振るう父、母亡き後に父の後妻になった継母からの虐め、嘘をついてアンネットの婚約者である第四王子シューベルを誘惑した異母姉を卒業パーティーを利用して断罪する予定だった。 しかし、その前にアンネットはシューベルから婚約破棄を言い渡された。 それによってシューベルも一緒にパーティーで断罪されるというお話です。

ざまぁはハッピーエンドのエンディング後に

ララ
恋愛
私は由緒正しい公爵家に生まれたシルビア。 幼い頃に結ばれた婚約により時期王妃になることが確定している。 だからこそ王妃教育も精一杯受け、王妃にふさわしい振る舞いと能力を身につけた。 特に婚約者である王太子は少し?いやかなり頭が足りないのだ。 余計に私が頑張らなければならない。 王妃となり国を支える。 そんな確定した未来であったはずなのにある日突然破られた。 学園にピンク色の髪を持つ少女が現れたからだ。 なんとその子は自身をヒロイン?だとか言って婚約者のいるしかも王族である王太子に馴れ馴れしく接してきた。 何度かそれを諌めるも聞く耳を持たず挙句の果てには私がいじめてくるだなんだ言って王太子に泣きついた。 なんと王太子は彼女の言葉を全て鵜呑みにして私を悪女に仕立て上げ国外追放をいい渡す。 はぁ〜、一体誰の悪知恵なんだか? まぁいいわ。 国外追放喜んでお受けいたします。 けれどどうかお忘れにならないでくださいな? 全ての責はあなたにあると言うことを。 後悔しても知りませんわよ。 そう言い残して私は毅然とした態度で、内心ルンルンとこの国を去る。 ふふっ、これからが楽しみだわ。

完結 嫌われ夫人は愛想を尽かす

音爽(ネソウ)
恋愛
請われての結婚だった、でもそれは上辺だけ。

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

処理中です...