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39・私は悪役令嬢です

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 地下に続く階段は埃っぽく、これだけであまり人が訪れていないことが分かった。

 ヴィーラントに付いていき辿り着いた場所は、存外と広かった。
 光を灯す魔導具があるのか、視界も悪くない。

「ここだ」

 地下室の奥に進み、ヴィーラントが足を止める。彼の前には机の上に、一冊の本が置かれていた。

「本……?」

 導かれるように、私は本を手に取ろうとする。
 しかし触れようとした瞬間、まるで見えない壁があるように、手が弾かれてしまった。

「結界が張られている。王家の血を継ぐものでしか解除出来ない、強力な結界だ」

 とヴィーラントが手をかざすと、結界が消滅する。

「中を見てくれ。お前に見せたかったのは、その本だ」

 彼に促され私は本を手に取り、ページを捲った。

 ほとんどはなにも書かれていない白紙のページ。
 しかし真ん中くらいのページに、それは記されていた。


『一年後、大いなる災いが降りかかり、ゼレギアは滅亡するだろう。それを回避するためには、凶乱きょうらんの魔女の力を借りなければならない。しかし不完全な形で凶乱の魔女が目覚めた場合、力が暴走し、ゼレギアは呑み込まれる』


 凶乱きょうらんの魔女──。


「この地下は、国王と第一王子しか足を踏み入れることが許可されていない場所だ。今、エルナがいることは、長いゼレギアの歴史の中でも初めてのことだろう」

 私が本に書かれている内容に戸惑っていると、ヴィーラントが説明を始める。

「それは貴重な資料や古代遺物アーティファクトが保管されているからだが……最も大切なものがある。それが今エルナが手に取っている預言書だ」
「預言書──」

 ここに書かれている内容を信じると、一年後にゼレギア帝国は滅びる。
 そのためには凶乱の魔女と呼ばれる人の力が、必要になることも。

「眉唾な話だろう? しかし預言書の内容は本物だ。今まで、天変地異や飢餓、他国との大規模な戦争について記されていた。そしてそれら全てが的中した。例外はない」
「だったら、なにもしなければ……」
「ああ。預言書に書かれている通り、この国は滅びるだろう」

 恐ろしいことを、ヴィーラントは淡々と告げる。

 私は動揺を隠すように、別のページに目を移す。

 そこには凶乱の魔女について、詳細な情報が書かれていた。
 内容は多くて、断片的な情報になるが……一つだけ、はっきりと言えることがある。


「凶乱の魔女は──棘を操る魔法を使っていた」


『棘の魔法』

 私が死に戻り、この国に来てから、ずっと頭を悩ませていたものである。

「凶乱の魔女はたった一人で数千年前、棘を操る奇怪な魔法で、世界を滅ぼしかけたらしい。結末はどうなったか分からないが……今現在の世界の様子を見れば、凶乱の魔女は道半ばで倒されたのだろう」
「ですが、数千年経った今、今度はゼレギア帝国の滅亡を防ぐために凶乱の魔女の力が必要となっている」
「そうだ」

 とヴィーラントが頷く。

「その預言書は、問題が解決されれば文章が消え、新たな問題が噴出した場合に自然と更新される。数年前、預言書の内容が更新されて次第、俺は国の滅亡を防ぐために凶乱の魔女の力を探していた。『棘の魔法』を……な」
「だから、私と婚約したわけですか」
「ああ。最初にあのパーティーでお前を見かけた時、やっと見つけたと感動で体が震えたよ。預言書に書かれている内容と、お前の『棘の魔法』が全く同一のものだったから。絶対に逃したくないと思い、俺はお前に婚約を申し入れた」

 これがヴィーラントが当面の間結婚するつもりはなかったのに、早急に私と婚約した理由。

 彼が『棘の魔法』に固執しながらも、強引にその力を覚醒させようとしなかった理由も分かった。
 不完全な形で目覚めることを恐れたのだ。

 ゆえにヴィーラントは私に『焦らずに、ゆっくりやっていけ』と私に伝えた。
 内心、誰よりも焦っていたのはヴィーラント自身だというのに……。

 ヴィーラントが私と婚約した理由は分かったが、疑問もある。

「このことは、他の方もご存知なんですか?」

 質問すると、ヴィーラントは首を左右に振った。

「いや……この預言の内容を知っているのは、俺と陛下だけだ。陛下も預言書の内容を見て具合が悪くなり、倒れてしまった。実質、お前に初めて伝えた形となるだろう」
「だったら、どうして……国の行く末を左右するものですよ? 国をあてて、滅亡から逃れようとするのが筋ではないですか。なのに……」
「次のページを見てくれ」

 ヴィーラントは私の問いに答えず、預言書を読むように促してくる。

 私は反論せず、預言書の最後のページを開いた。


『ゼレギアが救済されるためには、ゼレギア以外の全ての国を滅ぼす必要がある。凶乱の魔女と手を組み、ゼレギア以外を滅亡に至らしめた王には災いが降りかかり、悪魔陛下として後世まで語り継がられるだろう』


「ゼレギア帝国以外の国を……! 全て滅ぼすですって!?」

 驚愕の内容に、近くにヴィーラントがいることも一瞬忘れ、声を荒らげてしまう。

 それは死に戻り前、ゼレギア帝国が突如として宣戦布告し、侵略戦争を始めた状況に似ていたからだ。

 死に戻り前、残虐に人を殺し続けたヴィーラントを、私は血も涙も通っていない人間だと思っていた。

 しかし今はどうだ。

 ヴィーラントは少々意地悪な部分はあるものの、基本的には優しい人間。戦争にも消極的だった。

 それは他の人間だって同様である。

 執事兼護衛騎士のグレン。
 そして『闇夜の死神』として恐れられることになるフォルカーだって、みんな戦争を起こすような人間には見えなかった。



 ──もしかして、ゼレギア帝国の滅亡を回避するために、死に戻り前はみんなおかしくなった?



 ならば不自然なことがある。

 帝国の滅亡を回避するためには、凶乱の魔女の力が必要となっているが、死に戻り前の私はそんな力はこれっぽっちもなかった。
 なのに、どうして死に戻り前の帝国は戦争を起こしたのだろうか? 別の方法で凶乱の魔女の力を手に入れていた?

 考えるけど、答えは出ない。

「驚くのも無理はない」

 ヴィーラントは息を吐く。

「俺は……こんなことに、皆を巻き込みたくなかった。仮に滅亡を防げたとしても、汚名を被せられることになる。さらに災い──最悪死に至るかもしれない。だから俺は……誰にも言わず、一人で帝国を救おうとした」
「その代わりに、あなたは他の国を滅ぼした大罪を背負うことになる」
「そうだ。罪は俺だけが背負えばいい。凶乱の魔女の力さえあれば、預言の内容は回避出来る。だから俺は……」

 ヴィーラントは俯いて、ぐっと握り拳を作る。

「…………」

 そんな彼の姿を見るのは初めてだったので、なにを言ったらいいのか分からなかった。

 しかしこれで疑問は解けた。

 私の『棘の魔法』──あれは私の中に凶乱の魔女が眠っているのだろう。そして数千年前、世界を滅ぼしかけた魔女は、何度か私に語りかけていた。

 凶乱の魔女はなにがしたい?
 私の体を操って、世界を滅ぼしたい?
 だが、帝国の破滅を回避するためには、彼女の力が必要になるという。

 ヴィーラントは他国を滅ぼすという大罪を、一人で背負おうとした。

 誰にも事情を説明せず、孤独に戦い……。

 どれだけの重圧を感じていたのだろうか。私には想像することしか出来ない。

 だが。

「殿下、お顔を見せてください」

 私がヴィーラントにそう告げると、彼はゆっくりと顔を上げた。

「私にも殿下から、告白しなければならないことがあります。聞いていただけますか?」
「なんだ?」

 私の目を真っ直ぐ見つめ続ける彼に向かって、こう告げた。



「私は──悪役令嬢です」



「悪役……令嬢……?」

 どうしてそんなことを言われるのか分からないのか、ヴィーラントの瞳には疑問の揺らぎがあった。

「物語の中で、主人公と対峙するキャラクターのことを、悪役令嬢と呼ぶんだったな? だが、どうしてそれを今……」
「私は……どんなことをしてでも、自分が生き延びると決めました。そのために祖国を見捨て、帝国に逃げてきたのです」

 死に戻り前は、スパイの冤罪もかけられ、稀代の悪役令嬢として処刑された。
 この人生でも、『棘の魔法』が暴走しかけ、グレンやヴィーラントを殺しそうになった。


 だけど私はそれでも、この先の人生を過ごしたかったから──最凶の悪役令嬢になってでも、生き延びようと覚悟を決めた。


「殿下はずるいです。こんなことを、独り占めするのですから」
「楽しそう……だと? 帝国を救うためとはいえ、他国を滅ぼす大罪を背負うんだぞ?」
「上等ではないですか」

 私は一歩ヴィーラントに近づき、至近距離で彼を見上げる。

「私は悪役令嬢です。民のため、殿下のため──そしてなにより、自分のために悪者になる覚悟は出来ています」


 いい子ちゃんな私のままなら、死に戻り前みたいにみんなに騙され、殺されるだけの運命だから──。


「だから、ずるいと言いました。殿下の悪巧みに、私も協力させてくださいよ。私は、殿下の婚約者なのですから」
「ふっ……悪巧みか」

 私の覚悟が伝わったのか、彼がここに来て初めて表情を柔らかくする。

「険しい道になるぞ?」
「覚悟しています」
「誰にも感謝されることがないかもしれないぞ?」
「私は殿下の隣にいられれば、十分ですから」

 そう言って、私はヴィーラントの胸に顔を埋める。

「今まで、あなたにだけ辛い思いをさせて、ごめんなさい。ですが、これからは私もいます。あなたの罪を……私にも分けてください」
「分かった」

 ヴィーラントは私を抱きしめてくれて、頭を優しく撫でてくれた。

 二人きりで宣言した、最の悪巧み。

 本当の意味で、悪役令嬢になると決めた私には、これからどんな光景が広がるだろう。
 あまり見ていて、気持ちのいい光景ではないかもしれない。

 だけどもう、ヴィーラントに辛い思いをさせない。今度からは私もいる。

 彼の温かみを感じながら、そう考えていた──時であった。



 ドドドッ──。



「ん?」

 異音に気付き、ヴィーラントが抱擁をやめる。

「地上が騒がしいな。なにかあったか?」
「確認しにいきましょう。夜も遅いですし、今この場で得られる情報もなさそうですわ」
「そうだな」

 私たちは二人で地上に出る。

 しかし状況が判明して、言葉を失ってしまう。

 複数の悪魔が城内に現れ、騎士たちを襲っている光景が広がっていたのだから──。
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