最凶の悪役令嬢になりますわ 〜処刑される未来を回避するために、敵国に逃げました〜

鬱沢色素

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21・伯爵令嬢の交渉術(?)

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「ごめんください」

 新聞を読んでいる店主らしき男に、私はそう声をかける。

「ん……女の客か。面倒だな」

 億劫そうに店主は顔を上げる。

「女には売ってもらえないんですか?」
「そういう意味で言ったわけじゃない。見ての通り、ここには荒くれ者が多い。お前みたいな女は珍しいと思っただけだ」

 そう言って、店主はジロジロと私を観察する。

「……お前、貴族だな」

 ドキッ。

 一発で言い当てられて心臓が縮み上がるが、それをおくびにも出すわけにはいかない。

「な、なんのことですか?」
「とぼけんじゃねえ。言葉遣いがバカ丁寧だ。ここに来るヤツは、そんな話し方をしねえよ」

 ……反省。

 伯爵令嬢としての言葉遣いが染み付いていたせいで、いつもの話し方のままになってしまった。

「違──」
「まだ、とぼけるつもりなのか? そもそも、お前みたいなキレイな顔をしている女なんて、いねえよ。まあ……別にいいんだけどよ」

 面倒くさそうに頭を掻き、店主はこう続ける。

「……で、なんの用だ。貴族様が俺を捕まえにきたのか?」
「貴族では断じてないのですが……仮にそうだとしても、捕まえる気なんてありません。今日はあなたに売ってほしいものがあって来ました」
「なんだ」
「レッドカーストーン」

 そう一言告げると、店主の眉間がピクリと動いた。

「ほお……最近手に入れた代物だが、どこでその話を聞いた?」
「……秘密です」
「くっくっく……ますます怪しいな。ますます売るわけにはいかない」

 と店主は「しっし」と言って、私を追い払うように手を動かす。

「これは手に入れるのに苦労した、希少な鉱石だ。お前みたいな怪しいヤツには売れねえよ」
「どうしてもですか?」
「嫌なこった。まあ……お前のが感じ取れれば、話は別だがな」

 嫌らしい笑みを浮かべる店主。

 店主が言った「希少な鉱石」という言葉。
 そして私が貴族だと勘付いている節。

 それらを繋ぎ合わせれば、彼がなにを言いたいのか分かるようだったが……。


「お願いします! どうしても、私には必要なものなんです!」


 私がしたことは深く頭を下げて、誠心誠意頼み込むことであった。

「ほお?」

 すると今まで面倒くさそうにしていた店主の瞳が、好奇の光を宿す。

「お前、『誠意』って言葉回しの意味が分かってねえのか?」
「お金……という意味ですよね」

 そうなのだ。

 私が貴族だと知り、店主は私からお金をふんだくろうとしているだけなのかもしれない。

 確かに、私はここにいる人たちに比べて裕福。札束で引っ叩く真似も可能だろう。

 しかしそれではダメ。

「お金を積んでも、それはあなたたちの商売を愚弄することになりますから」

 ここの人たちは──全員がそうというわけじゃないけど──自分の仕事に誇りを持っている。

 なのに、世間知らずの貴族がいきなりやってきて、金を積んだらどう思うだろうか?
『金で誇りを捨てろ』と言っているようなものだ。

 それに金で買った恩は、金で裏切られる。
 あとでこの店主が、私の情報を誰かに売るかもしれない。

 だから今の私に出来ることは、誠心誠意頭を下げること。
 これが最善手だと考えた。

「愚弄することになる……か。はーはっはっは! よく分かってんじゃねえか、嬢ちゃん」

 豪快に笑う店主。

「他のヤツは違うかもしれねえが、別に貴族だからって差別するつもりはねえよ。だが、バカにされちゃあ別だ。俺は金で魂を売らん」
「素晴らしい考えだと思います」
「それに……貴族の嬢ちゃんが、俺みたいなクズに頭を下げるなんて、二度と見られない光景だろうしな。それをチップ代わりにしてやる」

 そう言って、レッドカーストーンを私に手渡す店主。

「ほらよ、嬢ちゃん。値段は……これくらいでどうだ?」
「ええ。妥当な値段だと思います。対等に扱っていただいて、ありがとうございました」
「ふっ……貴族の嬢ちゃんが『対等』だなんて口にするか。ますます面白い」

 と店主は優しい声音で口にする。

「どうして、貴族が頭を下げてまで、これを欲しがるのかは分からないが……気を付けろよ。この闇市には、俺みたいな人間ばっかじゃねえから」
「もちろんです。それから……」

 私は背を向けて、

「私は貴族ではありません。そこはお見知りおきを」

 最後にそう言い残して、お店を後にした。

 すまし顔でお店から離れたところで、私は息を吐いた。

「ふう……これでいいんでしたよね?」
『上出来だ。よくやったな。くっくっく……』

 そう言うフォルカーの声は、何故か笑い混じりであった。

「どうして、笑っているんですか?」
『いや、おもしれー女だと思ってな。普通なら金積んで、解決するところだった。なのにてめーは頭を下げた。貴族にとっては、闇市の連中に頭を下げるだなんて、なによりの屈辱のはずだ』
「確かに、簡単に頭を下げてはいけない状況もあるでしょう。ですが、その時ではなかっただけのことです」
『それでも──だ。しかもてめーは兄貴の婚約者だ。どうにでも出来る立場だってことを自覚してんのか?』
「では、立場を明かせと?」
『そう拗ねるなって。ずいぶん、ここにいる連中らの習性が分かってると思ってな。てめーはオレが予想していたより器が大きい人間かもしれねー』

 小馬鹿にするようなフォルカーの口調に腹が立ったが、彼と言い争いをしても勝てない。

 話を打ち切って、周囲の状況を観察した。


「おい、知ってか? 悪魔殿下の話」
「ああ。孤児院ごと焼き払ったらしいな。あの王子も残酷なことをやりやがる」
「悪魔殿下に目を付けられたら、この闇市もなくなっちまうかもな」
「怖い怖い」


 悪魔殿下、ヴィーラントのことだ。

 闇市にいる人たちの中では、彼の悪い噂をしている者もいる。
 孤児院の一件だって、本当はそうじゃないのに……とやきもきした気持ちになったが、まさかここで反論するわけにはいかない。

『兄貴、相変わらず嫌われてやがんな』

 一方、フォルカーは実の兄を悪く言われているのにもかかわらず、なんとも思っていなさそうだった。

「腹が立たないのですか?」
『兄貴がこう言われるのも、今に始まったことじゃねーよ。オレの目から見て、兄貴は頑張ってると思うが、色々と誤解されることが多い。兄貴も反論すればいいのに……何故かしてこなかったからな』

 フォルカーの声からは、辟易とした感情も見え隠れしていた。


 私も──ヴィーラントに出会う前までは、ここの人たちと同じ感情だった。


 死に戻り前、悪魔陛下と呼ばれて、フーロラ人を殺戮していた彼を知っていたから。
 どんな恐ろしい人物だろう……と思っていたが、実際は少々性格の悪さはあるが、基本的には優しい男性だ。

 フォルカーだってそう。
 人を小馬鹿にするような態度はやめてほしいが、私の話をちゃんと聞いてくれている。

 そもそもヴィーラントが本当に悪い人間なら、民衆から悪魔殿下と呼ばれることを許さないはずだ。


 ──死に戻り前、なにが彼を変えてしまったのか。


 今と死に戻り前の彼を思い浮かべて、私は疑問に思うのであった。

「まあ考えるのはあとにして……今は早く、ここを去りましょう。いつ厄介ごとに巻き込まれるかも分からないわ」

 と歩くスピードを速めた時であった。

「おい」
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