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19・第二王子は悪戯好き

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「あなたがフォルカー殿下ですね」

 ゆっくりと振り向き、突如現れた彼にそう声をかけた。

 長い黒衣をまとった男。
 肩にかかるほどの銀髪が淡い光を受けて揺れ、整った顔立ちが冷ややかに私を見下ろしている。
 驚くほど白い肌は、彼が長年塔の中で日の光を避けてきた証のようであった。

「そうだ」

 ニヤリと微笑を浮かべるフォルカー。

 こういうところは兄弟のヴィーラントに似ているが、彼よりも相手を小馬鹿にしているような印象をさらに受けた。

「ようこそ──って言う前に、どーして俺の居場所が分かったのか聞かせてもらねーか? 魔法で、てめーのにいたってことは分かってたんだよな?」
「はい」

 フォルカーの言葉に、頷きで応える。

 最初の違和感は、不自然なまでに明るい部屋だった。
 そのせいで部屋を隈なく観察することが出来た。これではどこかに隠れていても、すぐに発見出来ただろう。

 しかし、光あるところには影が生まれる。

 死に戻り前、フォルカーは『闇夜の死神』という異名で呼ばれていた。
 これは彼が影の中に忍び、姿を隠す魔法を得意としていたことから付けられた異名でもある。
 扉自体は魔法で開けたかもしれないが、内開きになっていた。扉の裏にでも身を潜めていたのだろう。

 そして私が中に入った瞬間、フォルカーは私の影に隠れた。
 自分の足元というのは、疎かになるものだ。そのせいでフォルカーにしてやられた。

「そして……極め付けはジャスミンの香りです」
「ほお?」

 説明すると、フォルカーの瞳が興味深そうに開いた。

 フォルカーはジャスミンの花を好むという逸話が有名だった。
 死に戻り前は、殺した相手の近くにジャスミンを置いて、自分がやったことを示唆していたとも聞く。
 死人の隣に落ちているジャスミンの花を見て、フーロラの人たちは恐怖でおののいたという。

 死に戻ったことは伝えられないので、そのあたりはぼかしつつ、フォルカーに説明し終えると、


「くっくっく……」


 彼は楽しそうに笑いを零した。

「なるほどな。大した推理力だ。香りまでは魔法で隠すのを忘れてたしな。それにしても、よくオレがジャスミンが好きってのも分かったな? どこで調べやがったんだ」
「え、えーっと……ヴィーラント殿下に聞いて……」
「兄貴に? そんなことまで教えてくれたのか。兄貴がいちいち、そんな情報を言うとも思えねーが……まあいっか」

 フォルカーはどさっと、近くの机の上に座って、

「兄貴の婚約者が来るって聞いて、どんなもんか試してみたかったが……合格だ。オレに話したいことがあるんだろ? 聞くだけ聞いてやる」

 と言ったのだ。

 ほんと……この兄弟ときたら……。

 ヴィーラントも私を試すような真似をよくするし、今回の一連の流れだってそうだ。
 この兄弟は人を試さないと気が済まないのだろうか?

 ……まあ、そのことを言ったら不快にさせるかもしれないし、問いただしたりはしないが。

「では、聞きます。フォルカー殿下は私も魔力所有者であることを、ご存知ですか?」
「ん……ああ」

 フォルカーはそう言って、退屈そうに頬杖をつく。

「そういや、そうだったな。だが、魔力量も僅かだし、小さな炎しか灯せねーんだろ? だから、あんま興味が湧かなかった。それがなんだ?」
「実は……」


 私はパーティーで起こった事件。そして『棘の魔法』が使えることを話した。


 するとフォルカーは途端に興味が出たのか、前に乗り出して。

「『棘の魔法』……? なんだ、そりゃ。しかもグレンを殺しそうになっただと? グレンは兄貴の専属騎士だぞ。たかが令嬢に負けるわけがない」
「そうなんです。私がヴィーラント殿下と婚約したのも、彼が『棘の魔法』に興味があったみたいで……」
「女に興味なさそーな兄貴が、急に婚約者を作ったから、何事かと思っていたが……そういう事情があったのか。兄貴のヤツめ、そんな面白いことを黙っていやがったか」

 よっと──と言って、フォルカーは机の上から降りる。

「オレの知らねー魔法があるのは気になるな。おい、エルナだとか言ったな。使ってみろ」
「先ほど申し上げたでしょう? あのパーティーでの一件以来、『棘の魔法』が使えたことはないんです」

 そして、『最凶の悪役令嬢になりなさい』とあの時に聞こえてきた謎の声も、正体が分からずじまい。

「そういやそーだったな」
「ですが、ヴィーラント殿下の目的は、私の『棘の魔法』。いつまでも使えないままでは、婚約を解消させられてしまうかもしれません。そこで途方に暮れて……」

 そう言いながら、私は孤児院での出来事を思い出す。

「凄腕の魔導士であり、今まで数々の魔導具を開発してきたフォルカー殿下。あなたの力を借りたいんです。先日の孤児院での一件も助かりました」
「ああ、いきなり兄貴から頼まれた時は驚いたよ。『相手にバレないように、婚約者の身を守れる魔導具はないか?』……って。まあ面白そうだったから、試作品のものを貸してやったけどよ」

 私に触れようとした者が現れれば、自動的に強力な結界が発生する魔導具。そしてヴィーラントたちの身を隠した隠蔽魔法。

 これらは全て、フォルカーが作った魔導具によって成したことであった。
 悪魔を出し抜ける魔導具を作れるフォルカーは、相当力を持っていることが窺える。

「あなたなら、『棘の魔法』についてなにか知っているかと思い、参りました。どんな些細なことでもいいんです。なにか、心当たりはないですか?」
「うーん……」

 フォルカーは口元に指を当て、一頻り考える。

「残念ながら、『棘の魔法』なんてのは初めて聞いたな。魔法で棘を模したものを錬成したのか? それにしては、術者のイメージが大事になってくるし、てめーが無自覚に使えるとは思いにくい」
「ですよね」
「だから、オレが『棘の魔法』について知っていることはゼロだ。悪いな。なにも話せない」

 フォルカーの言葉を聞き、内心肩を落とす。

 彼も知らないだなんて……。

 これでは本当に手詰まりだ。
 現状、帝都で一番知っていそうな人物はフォルカーだったのだから。

 私が落ち込んでいることに気付いたのか、

「ただし……力を貸せないわけじゃねー」

 と口にした。

「『棘の魔法』の正体は分からないが、それをもう一度覚醒させる手だてなら心当たりはある」
「ほ、本当ですか!?」

 つい前のめりになって、フォルカーに問いただしてしまう。

「それはなんでしょうか!?」
「まあ待て。少しは落ち着けよ」

 彼に諭され、冷静さを取り戻して、一歩後ろに引く。

「だが……タダでは教えられねーな。今から言おうと思っていることは、オレにもリスクがあるんだ」
「リスク……ですか?」
「ああ。だから交換条件だ。てめーに一つだけ、してほしいことがある。それをやってくれたら、教えてやってもいい」

 と人差し指を立てるフォルカー。

 ……なにを言われるか分かったものじゃないが、ようやく見つけた手がかり。
 逃がすわけにはいかない。

「分かりました。それは一体……?」
「話が分かる女じゃねーか。まあそう肩肘張らなくてもいい。ちょっと、オレの代わりにをしてほしいだけだからよ」

 そう言うフォルカーの悪そうな笑みを見ていると、私は既に一筋縄ではいかないことを予感するのであった。
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