7番目のシャルル、聖女と亡霊の声

しんの(C.Clarté)

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第七章〈救国の少女〉編

7.11 声の主(2)処女検査

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 ジャンヌ・ラ・ピュセルの審査と準備に六週間ほどかかった。
 四旬節から復活祭までの期間をまるまる使い、異端審問官たちの入念な面接の他に——非常に言いづらい話だが——処女検査がおこなわれた。

 キリスト教で処女を神聖視するのは、聖母マリアの影響が大きい。
 未婚の女性が預言者・聖女として認められるには「処女であること」を証明しなければならない。なお、たとえ男であっても司祭になれるのは未婚の童貞に限られる。

 神とつながることができるのは処女・童貞の特権とされ、ジャンヌが「神の声」を主張する以上、異端審問と同じ検査をする必要があった。

 普通、男か女か、処女か非処女かに関係なく、陰部を人目にさらすことは羞恥と屈辱をともなう。検査の結果、処女ではないと判断されれば、聖女候補は一転して「堕落した魔女」と見なされ、神の声は「悪魔の声」だったことになる。

 認められるまでの障壁が高いおかげで、預言者を自称する詐欺師を抑制する効果もあるのだろう。だが、異端でも悪人でもなさそうな少女にこういう検査を強いるのは、なんとも憂鬱なことだ。

「心変わりしたなら、いつでも主張を撤回して故郷へ帰っていい」

 もしかしたら、引っ込みがつかなくなっているのではないかと考えて、それとなくを用意したが、ジャンヌは「あたしの話を信じてくれるなら検査でもなんでもやります」と言って聞かなかった。

 こうなっては仕方がない。
 私は、異端審問官の面接に続いて処女検査を実施することを承諾した。
 フランス王国はキリスト教国だから、王といえど宗教上のルールを曲げることはできないのだ。

「ジャンヌ・ラ・ピュセル、あなたに敬意を表します」

 検査の直前、ジャンヌが待機しているところへマリー・ダンジューがあらわれた。

「今回検査するのは、わたくしの母ヨランド・ダラゴンとオルレアン総督ラウル・ド・ゴークール卿の奥方、それと修道女たちが数名。いずれも、陛下とわたくしが大きな信頼を寄せている女性ばかりだから安心して。あなたを傷つけることは絶対にしないから」

 当然だが、聖職者であろうと男性は立ち入り禁止だ。
 私をはじめ男性陣は離れた別室で待機し、あとで報告を聞く。

「覚悟はできてます。見られても触られても大丈夫です!」

 ジャンヌが身につけているのはチュニック状の薄い亜麻の下着のみ。
 衣服の有無は、人の尊厳にかかわる。若い少女ならなおさらそうだ。

「陛下がおっしゃっていた通り、とても勇敢なお嬢さんね」
「はい、王太子さまは優しいお方ですから……!」
「……いい? 陛下はわたくしにこうも仰せだったわ。もし、恥ずかしい、恐ろしいと思っているなら逃がしてあげるようにとね。黙ってシノンから立ち去っても陛下は処罰しない。追っ手も差し向けない。今なら、オルレアンで危険な目に遭うこともない」

 マリー・ダンジューの言葉は、私の意向を汲んでいると同時に、マリー自身の本心でもある。高圧的な異端審問官の前では意地を張るかもしれないが、若く慈悲深い王妃が情けをかけたらどうか?

 しかし、ジャンヌはかぶりを振った。

「いいえ、逃げません。あたしの決意は硬いんです」

 マリーはそれ以上何も言わず、ジャンヌが膝上で握りしめているこぶしを両手でやさしく包み込んだ。やがてヨランドたちが入室してくるとマリーはジャンヌを残して退出し、別室で待つ私に検査前のいきさつを報告した。
 ジャンヌは規定に沿って検査を受け、「無垢で純潔な処女である」と証明された。

 異端審問官たちの面接、貴婦人と修道女による処女検査。
 私はさまざまな調査報告書と証明書をもとに、重臣たちと「ジャンヌ・ラ・ピュセルに関する意見書」をまとめると、フランス内外の王侯貴族と高位聖職者に通知を送った。

 これは、ジャンヌの聖性あるいは異端性の根拠となる最初の調査だ。

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