114 / 126
第七章〈救国の少女〉編
勝利王の書斎17:ニシン樽はずっとニシンくさい
しおりを挟む
第六章から第七章へ——。
勝利王の書斎は、歴史小説の幕間にひらかれる。
こんにちは、あるいはこんばんは(Bonjour ou bonsoir.)。
私は、生と死の狭間にただようシャルル七世の「声」である。実体はない。
生前、ジャンヌ・ダルクを通じて「声」の出現を見ていたせいか、自分がこのような状況になっても驚きはない。たまには、こういうこともあるのだろう。
ただし、ジャンヌの「声」と違って、私は神でも天使でもない。
亡霊、すなわちオバケの類いだと思うが、聖水やお祓いは効かなかった。
作者は私と共存する道を選び、記録を兼ねて小説を書き始めた。この物語は、私の主観がメインとなるため、歴史小説のふりをした私小説と心得ていただきたい。
便宜上、私の居場所を「勝利王の書斎」と呼んでいる。
作者との約束で、章と章の狭間に開放することになっている。
*
恒例のフランスの慣用句シリーズ、前章からの流れを汲むならこれしかない!
"La caque sent toujours le hareng."
直訳すると「ニシン樽はずっとニシン臭い」
その意味は、内側に染み付いたものが外側に漏れている。
樽に詰め込まれた「塩漬けニシン」の臭いは強烈で、いつまで経っても生臭さが消えない。そこから転じて、高い身分や地位・莫大な財産を築いた成り上がり者は、その出自の卑しさを完全に隠すことはできず、下品さがにじみ出ている。
お里が知れるとか、血筋は争えないとか、そういうニュアンスだ。
言葉の矛先が誰であろうと、正直、あまり聞きたくない言葉だな……。
発言者は、マウントを取って優位に立ちたいのだろうが、他人をけなす言葉そのものが下品であることに気づいていない。自分のみならず、高いポジションを築いた祖先とすばらしい出自に泥を塗っているようなものだ。
実は、この慣用句は、英仏百年戦争と無縁ではない。
一説によれば、イングランド王位を簒奪してランカスター王朝をひらいたヘンリー四世に由来するのだとか。
第五章のニシンの戦い——。
一般的に、戦争の命名は地名に由来する。「ニシンの戦い」は珍しいパターンだ。
イングランド軍がニシン樽を運んでいたこと、フランス軍の砲撃で樽が壊れて戦場がニシンまみれになったことがきっかけだが、もしかしたら、この慣用句の差別的なニュアンスも含まれているのかもしれない。
なぜなら、敗軍の将となったデュノワは王弟の子だが「オルレアンの私生児」と呼ばれている。あやうく死にかけたデュノワを「ニシン臭い」と見下し、おとしめる意図があってもおかしくない。
この戦いは、フランス軍にとって痛恨の敗北で、私自身も心が折れかけた。
しかし、危険を顧みずに友軍を救おうとしたデュノワのどこに見下す要素があるというのだろう。高みの見物を決め込んでいる連中よりも、勇敢かつ慈悲深さを見せた私生児のほうが私はずっと好きだ。
オルレアンに帰還したデュノワは血と汗とニシンにまみれて本当に生臭かっただろうが、もしその場にいたら、私は躊躇なく親友ジャンを抱きしめただろう。友として、王として、彼を誇りに思う。
さて、時間が来たようだ。
これより青年期編・第七章〈救国の少女〉編を始める。
(※)第五章〈謎の狙撃手〉編のさいごにコラムを追加。重複投稿している外部サイトで、シャルル七世の誕生日である2月22日限定で公開していた資料ですが、歴史・時代小説大賞(6月)期間限定で公開。
▼【閑話・限定公開】シャルル七世とリッシュモンの親密な関係(Intimacy with Charles)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/394554938/876510706/episode/8487422
勝利王の書斎は、歴史小説の幕間にひらかれる。
こんにちは、あるいはこんばんは(Bonjour ou bonsoir.)。
私は、生と死の狭間にただようシャルル七世の「声」である。実体はない。
生前、ジャンヌ・ダルクを通じて「声」の出現を見ていたせいか、自分がこのような状況になっても驚きはない。たまには、こういうこともあるのだろう。
ただし、ジャンヌの「声」と違って、私は神でも天使でもない。
亡霊、すなわちオバケの類いだと思うが、聖水やお祓いは効かなかった。
作者は私と共存する道を選び、記録を兼ねて小説を書き始めた。この物語は、私の主観がメインとなるため、歴史小説のふりをした私小説と心得ていただきたい。
便宜上、私の居場所を「勝利王の書斎」と呼んでいる。
作者との約束で、章と章の狭間に開放することになっている。
*
恒例のフランスの慣用句シリーズ、前章からの流れを汲むならこれしかない!
"La caque sent toujours le hareng."
直訳すると「ニシン樽はずっとニシン臭い」
その意味は、内側に染み付いたものが外側に漏れている。
樽に詰め込まれた「塩漬けニシン」の臭いは強烈で、いつまで経っても生臭さが消えない。そこから転じて、高い身分や地位・莫大な財産を築いた成り上がり者は、その出自の卑しさを完全に隠すことはできず、下品さがにじみ出ている。
お里が知れるとか、血筋は争えないとか、そういうニュアンスだ。
言葉の矛先が誰であろうと、正直、あまり聞きたくない言葉だな……。
発言者は、マウントを取って優位に立ちたいのだろうが、他人をけなす言葉そのものが下品であることに気づいていない。自分のみならず、高いポジションを築いた祖先とすばらしい出自に泥を塗っているようなものだ。
実は、この慣用句は、英仏百年戦争と無縁ではない。
一説によれば、イングランド王位を簒奪してランカスター王朝をひらいたヘンリー四世に由来するのだとか。
第五章のニシンの戦い——。
一般的に、戦争の命名は地名に由来する。「ニシンの戦い」は珍しいパターンだ。
イングランド軍がニシン樽を運んでいたこと、フランス軍の砲撃で樽が壊れて戦場がニシンまみれになったことがきっかけだが、もしかしたら、この慣用句の差別的なニュアンスも含まれているのかもしれない。
なぜなら、敗軍の将となったデュノワは王弟の子だが「オルレアンの私生児」と呼ばれている。あやうく死にかけたデュノワを「ニシン臭い」と見下し、おとしめる意図があってもおかしくない。
この戦いは、フランス軍にとって痛恨の敗北で、私自身も心が折れかけた。
しかし、危険を顧みずに友軍を救おうとしたデュノワのどこに見下す要素があるというのだろう。高みの見物を決め込んでいる連中よりも、勇敢かつ慈悲深さを見せた私生児のほうが私はずっと好きだ。
オルレアンに帰還したデュノワは血と汗とニシンにまみれて本当に生臭かっただろうが、もしその場にいたら、私は躊躇なく親友ジャンを抱きしめただろう。友として、王として、彼を誇りに思う。
さて、時間が来たようだ。
これより青年期編・第七章〈救国の少女〉編を始める。
(※)第五章〈謎の狙撃手〉編のさいごにコラムを追加。重複投稿している外部サイトで、シャルル七世の誕生日である2月22日限定で公開していた資料ですが、歴史・時代小説大賞(6月)期間限定で公開。
▼【閑話・限定公開】シャルル七世とリッシュモンの親密な関係(Intimacy with Charles)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/394554938/876510706/episode/8487422
25
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

日本が危機に?第二次日露戦争
杏
歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。
なろう、カクヨムでも連載しています。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
【おんJ】 彡(゚)(゚)ファッ!?ワイが天下分け目の関ヶ原の戦いに!?
俊也
SF
これまた、かつて私がおーぷん2ちゃんねるに載せ、ご好評頂きました戦国架空戦記SSです。
この他、
「新訳 零戦戦記」
「総統戦記」もよろしくお願いします。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる