7番目のシャルル、聖女と亡霊の声

しんの(C.Clarté)

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第七章〈救国の少女〉編

勝利王の書斎17:ニシン樽はずっとニシンくさい

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 第六章から第七章へ——。
 は、歴史小説の幕間にひらかれる。

 こんにちは、あるいはこんばんは(Bonjour ou bonsoir.)。
 私は、生と死の狭間にただようシャルル七世の「声」である。実体はない。
 生前、ジャンヌ・ダルクを通じて「声」の出現を見ていたせいか、自分がこのような状況になっても驚きはない。たまには、こういうこともあるのだろう。

 ただし、ジャンヌの「声」と違って、私は神でも天使でもない。
 亡霊、すなわちオバケの類いだと思うが、聖水やお祓いは効かなかった。
 作者は私と共存する道を選び、記録を兼ねて小説を書き始めた。この物語は、私の主観がメインとなるため、と心得ていただきたい。

 便宜上、私の居場所を「勝利王の書斎」と呼んでいる。
 作者との約束で、章と章の狭間に開放することになっている。





 恒例のフランスの慣用句シリーズ、前章からの流れを汲むならこれしかない!

 "La caque sent toujours le hareng."

 直訳すると「ニシン樽はずっとニシン臭い」
 その意味は、内側に染み付いたものが外側に漏れている。

 樽に詰め込まれた「塩漬けニシン」の臭いは強烈で、いつまで経っても生臭さが消えない。そこから転じて、高い身分や地位・莫大な財産を築いた成り上がり者は、その出自の卑しさを完全に隠すことはできず、下品さがにじみ出ている。

 お里が知れるとか、血筋は争えないとか、そういうニュアンスだ。

 言葉の矛先が誰であろうと、正直、あまり聞きたくない言葉だな……。
 発言者は、マウントを取って優位に立ちたいのだろうが、他人をけなす言葉そのものが下品であることに気づいていない。自分のみならず、高いポジションを築いた祖先とすばらしい出自に泥を塗っているようなものだ。

 実は、この慣用句は、英仏百年戦争と無縁ではない。
 一説によれば、イングランド王位を簒奪してランカスター王朝をひらいたヘンリー四世に由来するのだとか。

 第五章のニシンの戦い——。
 一般的に、戦争の命名は地名に由来する。「ニシンの戦い」は珍しいパターンだ。
 イングランド軍がニシン樽を運んでいたこと、フランス軍の砲撃で樽が壊れて戦場がニシンまみれになったことがきっかけだが、もしかしたら、この慣用句の差別的なニュアンスも含まれているのかもしれない。

 なぜなら、敗軍の将となったデュノワは王弟の子だが「オルレアンの私生児」と呼ばれている。あやうく死にかけたデュノワを「ニシン臭い」と見下し、おとしめる意図があってもおかしくない。

 この戦いは、フランス軍にとって痛恨の敗北で、私自身も心が折れかけた。
 しかし、危険を顧みずに友軍を救おうとしたデュノワのどこに見下す要素があるというのだろう。高みの見物を決め込んでいる連中よりも、勇敢かつ慈悲深さを見せたのほうが私はずっと好きだ。

 オルレアンに帰還したデュノワは血と汗とニシンにまみれて本当に生臭かっただろうが、もしその場にいたら、私は躊躇ちゅうちょなく親友ジャンを抱きしめただろう。友として、王として、彼を誇りに思う。


 さて、時間が来たようだ。
 これより青年期編・第七章〈救国の少女〉編を始める。






(※)第五章〈謎の狙撃手〉編のさいごにコラムを追加。重複投稿している外部サイトで、シャルル七世の誕生日である2月22日限定で公開していた資料ですが、歴史・時代小説大賞(6月)期間限定で公開。

▼【閑話・限定公開】シャルル七世とリッシュモンの親密な関係(Intimacy with Charles)
https://www.alphapolis.co.jp/novel/394554938/876510706/episode/8487422

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