7番目のシャルル、聖女と亡霊の声

しんの(C.Clarté)

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第六章〈ニシンの戦い〉編

6.11 笑いながら破滅する王(2)

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 ひとりになると、自分の顔をむにむにと撫で回しながら、さっきの謁見を振り返った。

「楽しそうに笑っている……か」

 ラ・イルは「ブキミなやつ」とも言っていた。
 私はとうとう狂い始めたのだろうか。
 自分の感情と行動を精査しながら、狂気の兆候を見定めていく。

 なぜ、私は悪い知らせを聞きながら笑っていたのだろうか?

 デュノワが無事だったから?
 それも一理ある。

 もし、ジャンの訃報だったら……、以前、ヴェルヌイユの敗戦後に見かけた死屍累々が脳裏に浮かび、それ以上「もし」を想像するのをやめた。

 笑ったのは、神の慈悲を感じたからだ。

 デュノワは神に守られている。当然だ。彼は子供の頃からずっと変わらず、本当にいいやつなのだ。私はかねてから「であることはデュノワの汚点ではない」と考えていたが、神も同じ認識のようだ。素直に嬉しかった。
 今回のように危ない目に遭っても、デュノワ自身の能力の高さと愛嬌の良さで大抵のことは切り抜けるだろうし、さらに運が味方をしてくれるなら将来は安泰だ。



 神の存在を感じたとき、人は恐れるのだろうか。それとも喜ぶのだろうか。
 少なくとも、私はブキミに笑っていたようだ。

 少し前、私はひそかに三つの祈りを神に捧げた。

「神よ、私がフランス王の後継者にふさわしくないならば、この哀れな王国で多くの血と涙と財産を犠牲にしている戦争を、これ以上続ける力を私から取り上げてください」

「神よ、フランス王国を苦しめている災いの原因が、私が犯した罪のせいならば、どうか哀れな人々を災いから救ってください。身代わりは要りません。すべての罰を私ひとりに振り下ろしてください。永遠の死でも煉獄の炎でも受け入れます」

「神よ、フランス王国を苦しめている災いの原因が、王国の民が犯した罪のせいならば、どうか王の名に免じて赦していただけないでしょうか。民衆を憐れみ、慈悲を与えてください」

 ニシンの戦いの敗北は、この祈りに対する「神の返答」であり「警告」だと思った。王位にまつわる戦いで、親友の命を危険にさらすことで、私の愚かな戦意を削ごうとしている——。それが神意なのだと。

 実際、無謀な戦いを挑んだ援軍のスコットランド隊は壊滅している。
 オルレアンへの兵站輸送は成功したが、フランス軍は敗北して犠牲を出した。
 デュノワは助かったが、重傷を負っている。

 これ以上考えるまでもない。

「神は、降伏を望んでおられるのだな」

 ひとりごとをつぶやいたら、諦観を帯びた寂しい笑いがこみあげてきた。

「ふ、ふふふ……。あっ、わかった気がする」

 ラ・イルが言っていたのはこのことかと腑に落ちた。
 楽しくないのに笑っているのだから、確かにブキミだ。
 狂っているとまではいかないが、だいぶ屈折しているなと自覚した。

 この時の私は、「神の慈悲」を感じながら、同時に「神からの警告」を感じてもいた。愚かな戦いを続ければ、神は愛するデュノワの命さえ取り上げるかもしれない。私のせいで親友を犠牲にするのは嫌だった。

 もうすぐ四旬節だ。イエス・キリストの受難をしのび、食事の節制と祝宴の自粛をする期間だから、あからさまな戦闘や交渉はやらない。
 フランスもイングランドも同じだ。少しだけ考える時間ができた。

「戦闘続行か、降伏の申し入れか。猶予はあと四十日……」

 この時、私の心はほぼ決まっていたのだが——。

「失礼します。陛下、ロレーヌ地方のヴォークルールから使者が来ておりますが、いかがされますか」

 ロレーヌ公はブルゴーニュ派の重臣で、敵と見なされていたが、義弟ルネ・ダンジューの婿入り先でもある。ロレーヌ地方ヴォークルールから届いた一通の手紙が、フランスとオルレアンと私の運命を変えることになる。

 ある少女が謁見を切望しているというので、軽い気持ちで許可状を送った。
 降伏が正式に決まったら、私はどこにいて何をしているかわからないが、今なら少女の希望を叶えてあげることができると思ったからだ。

 後から振り返ってみると、この世界に無駄なことなんて一つもないとわかる。
 ささいな出来事のすべてが結末に向かって収束し、つながっていくのだ。






(※)第六章〈ニシンの戦い〉編、完結。


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