7番目のシャルル、聖女と亡霊の声

しんの(C.Clarté)

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第六章〈ニシンの戦い〉編

6.10 笑いながら破滅する王(1)

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 私はシノン城に帰還したクレルモン伯と謁見し、行軍の一部始終を聞いた。
 すなわち、ニシンの戦いにまつわるデュノワの武勇伝と、オルレアン包囲戦の戦況報告だ。

「で、デュノワの容体は?」
「最後に見たときの様子だと元気そうでした」
「命に別状はないのか。それなら良かった」

 なぜか一緒にシノン城まで帰ってきたラ・イルが、古傷の後遺症で不自由になった自分の脚をばしばし叩きながら、「急変するかもしれねぇ。今頃どうなってるかわかんねぇぞ~?」と割り込んできた。
 クレルモン伯がつらそうな表情を浮かべる。

「ラ・イルはどう思う? デュノワのけがの具合は良くなさそうか?」
「いや、ぴんぴんしてたぜ」
「それならいい」

 ラ・イルは、クレルモン伯の後方で、斜に構えて立っている。
 プライドの高い貴族の御曹司が、王に叱責されて萎縮するのを見にきたのかもしれない。面白がっているようにも、心配しているようにも見える。

「なぜ、帰ってきた?」
「デュノワ伯の指示に従いました」
「それはさっき聞いた」
「援軍として役に立てず、申し訳ありません」

 オルレアン市民はそう思ったかもしれないが、そんなことはない。
 少なくとも、「オルレアンに兵站を輸送する」という当初の目的は果たしている。初陣のクレルモン伯が、功を焦って無謀な戦いを挑んでいたら、最悪の場合、兵站を奪われたあげく新しい火砲まで鹵獲ろかくされていたかもしれない。
 当初、イングランド軍は戦闘準備というより防衛体制を敷いたというし、スコットランド隊が勝手に突撃しなければ開戦する事態にならなかっただろう。
 私は、クレルモン伯に落ち度があったとは思えなかった。

「ラ・イルはどうしてここに?」
「クレクレ伯がよ、話を都合よく盛るんじゃねぇかと思ってよ」

 本人が目の前にいるにもかかわらず、言いたい放題だ。
 ふざけた呼び名はわざとなのか、称号を覚えられなくて適当なあだ名を言っているのか。釈然としないが、ラ・イルはわたしの前でもいつもこんな感じだった。

「では、ラ・イルはクレルモン伯の報告をどう思う? 何か付け加えることはあるか?」
「特にねぇな。いけすかねぇ貴族野郎だと思ってたが、案外正直なやつだと見直したぜ。がっはっは!」

 相変わらず、がさつな無礼者だったが、誰が相手でも放言してはばからないラ・イルがそう言うなら間違いないだろう。
 うつむいて沙汰を待っているクレルモン伯を玉座から見下ろしながら、私はできるだけ柔らかいトーンで「大義であった」と労をねぎらった。

「私への処罰は……」
「貴公を罰する理由がどこにある」

 聞いたところ、オルレアンを発つ時に、市民からの冷たい態度と罵声を浴びせられて十分恥をかいたようだし、私は悪意なき人間をむやみに叱責することが好きではない。だから、今回の論功行賞はこれで終わりだ。

「あのよぉ~、なんで笑ってんだ?」

 解散しようとしたところで、ラ・イルが再び割り込んできた。
 玉座の私を指しながら、敵に追い詰められて破滅に向かっているのに「楽しそうに笑っている」というのだ。
 虚を突かれた気分で、私はとっさに両手で顔を覆うと、頬や口元や顎のまわりをさわさわと撫で回した。

「笑っているように見えるのか?」
「おいおい、自覚してねぇのかよ!」
「気づかなかった。そんなに変な顔してたか?」
「してたしてた! ブキミなやつめ……」

 手でいくら触れても自分の表情はよくわからない。
 クレルモン伯が険しい表情でどこか怯えているように見えたのは、処罰を恐れていたのではなく、この場にふさわしくない私の笑顔を気味悪がっていたせいだろうか。
 ちらりと様子をうかがうと、ラ・イルと同じように、得体の知れないものを見るような目でこちらを見上げていた。
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