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第六章〈ニシンの戦い〉編

6.7 デュノワの武勇伝(1)救援

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 スコットランド軍は友好的な同盟軍だが、装備も戦い方も旧式だった。
 プレートアーマーではなく、いまだにチェーンメイル(鎖帷子)中心で、騎馬隊の突撃を好む。勇気を誇ると言えば聞こえがいいが、指揮官の意図も戦略も考えず、独断で飛び出して蛮勇を振るう。

「矢が刺さったくらいで怯むな! スコッツ魂を見せろーーー!!」

 その結果、ロングボウの弾幕を浴び、イングランド兵になぶり殺されている。
 檄を飛ばしていたスコットランド軍の司令官もすぐに戦死した。

 フランス軍は友軍の崩壊をしばらく見ていたが、行軍を再開した。
 命令に従わなかった愚かなスコットランド軍を見捨てることにしたのだ。

 あと40キロほどだから、順調に進めば日が沈む前にオルレアンに到着する。

 だが、情に流されて軽率に参戦すれば、たとえ勝ったとしてももう一晩、野営をせざるを得なくなり、オルレアンに近づいた分、攻囲しているイングランド軍に襲撃される危険が高まる。
 敗北すれば、兵站も援軍も指揮官もほとんど失ったあげく、新型火砲を含めた兵站がイングランドに渡る可能性も考えられる。

 だから、クレルモン伯の判断は悪くない。
 最悪の事態を回避し、最低限の任務を果たしたのだから。

 だが、このままならフランス軍は友軍を見捨てたと非難されただろう。

 死屍累々の戦場の真っただ中で、かろうじて生き残っているスコットランド兵を逃すために、デュノワは単騎で駆け出した。

「オルレアン公の紋章に白い斜線……、あいつは誰だ?」
「おそらく、シャルル・ドルレアンの異母弟でしょう」

 イングランド軍の輸送部隊を指揮するジョン・ファストルフの問いかけに、母妃イザボー・ド・バヴィエールの寵臣シモン・モリエが答えた。

「ああ、オルレアンの私生児か」

 王侯貴族は、血筋と個人を識別する紋章を持っている。
 サーコートや紋章旗を見れば、名門ならひと目でわかるし、専門の紋章官なら辺境の下級貴族さえ見分ける。

 同じ紋章が二つ以上あってはならない決まりで、分家や縁組でもとの図案をアレンジすることもあるが、基本的に同じ紋章を代々継承している。
 フランス王の紋章は、青地にフルール・ド・リスが三つ。父王シャルル六世の弟の血筋であるオルレアン公は、王家の紋章にレイブル(馬の垂れ飾り)を加え、庶子のデュノワ伯はさらに白い斜線を追加している。

「王族の血を引くとはいえ、私生児のくせにフランス軍総司令官を任されている。シャルルのお気に入りの寵臣だと聞いている。……見たところ、フランス軍は戦わずに行軍するようだが、あいつだけこっちに来るぞ?」

「手柄を立てて、シャルルの寵愛を得ようと考えているのでしょう」
「貴公がイザボー妃に取り入ったようにか?」
「さあ、どうでしょう。シャルルは秘密も噂話も多すぎて何が真実なのやら」

 イングランド兵たちは一斉にデュノワに狙いを定めた。
 おかげで、絶体絶命のピンチだったスコットランド兵は逃げる余裕ができたが、イングランド軍1500人がデュノワ一人を追いかけ始めたのだから、たまったものではない。

「俺、イングランド兵にモテモテ?」

 矢の弾幕が降ってくるが、プレートアーマーの装甲は強力だ。
 表面に彫られた溝はただの飾りではなく、武器の切っ先をそらす役目を果たす。
 デュノワは怯むことなく加速しながら戦場に突入すると歩兵を蹴散らし、スコットランド兵を傷つけたり捕らえようとしているイングランド兵めがけて馬上から槍を突き刺した。

「ぎゃあああ!」
「た、助かった……。あんたはオルレアンの……!」
「おう! 動けるならその辺にいる馬をつかまえて逃げろ。ここから離れるんだ!」

 簡潔に指示すると、他の生存者を探すためすぐにその場を離れた。
 向かってくる敵の歩兵は、軍馬の馬脚で容赦なく踏みつぶし蹴り飛ばした。
 馬鎧をつけているので防御力が高い上に、軽く踏まれただけでも致命傷になり得る。体当たりすればさらに威力が増し、絶大な破壊力を発揮する。

「悪いが、俺の好みはイングランド人じゃないんでね。全員お断りだ!」

 デュノワは、子供の頃に望んでいた通りの勇敢な騎士になった。
 ニシンの戦いは「デュノワの武勇伝」と呼べる戦いだが、単に蛮勇を振るったのではない。生きている友軍を助けるために危険を冒し、同時に、友であるクレルモン伯に初陣の任務を果たさせるために、機転を利かせて戦場を撹乱し、イングランド軍を翻弄した。

「……ふぅ。生き残っているのはあと何人だ?」

 デュノワは単騎で戦いながら辺りを見回して、生き残っている味方を探した。
 深追いするつもりはなく、スコットランド兵を回収したら撤退し、クレルモン伯が率いるフランス軍を追いかける計画だったようだ。
 多数のイングランド兵に追われ、遠くからは矢で狙い撃ちにされ、乱戦で足元はぐちゃぐちゃだった。しかも、先程の砲撃でそこらじゅうにニシンが散乱して生臭い。

「よし、そろそろ引き際だな?」
「逃がさんぞ、私生児ィ!!」
「しつこいっつーの!」

 その時、デュノワが騎乗する軍馬が、身の崩れたニシンを踏みつぶして足を滑らせた。馬は経験をすると臆病になり、落ち着きを取り戻すまで騎手の指示に従わなくなる。

「しまった!」

 デュノワは手綱を短く持ち替えて馬首を高く保とうとしたが、イングランド兵に囲まれている状況で、軍馬の心は戦闘の高揚から動揺へと変わってしまった。
 元来、馬という生き物は繊細で臆病だ。生臭く不快な馬場と殺気を帯びた知らない人間から逃れようと暴れて後ろ立ちになり、イングランド兵はデュノワを引きずり下ろそうとして、馬脚を避けながらつかみかかってくる。

「さわるな、離せ!」
「落ちろおぉぉぉーーー!!」

 邪魔な敵兵を槍で一突きしようとしたが、暴れる馬を制御しながらの攻撃は容易ではなく、不運にも取り落としてしまった。

「くそっ!」

 すぐに剣を抜いたが、騎乗しながら歩兵を攻撃するにはリーチが足りない。
 槍で突かれる危険がなくなったと見るや、イングランド兵は数人がかりでデュノワの足や腰に飛びかかり、また別の誰かが軍馬の足元を狙って手持ちの長い得物を突き出した。直接傷つけることができなくても怯えさせて、馬脚が絡まって転ばせることができれば十分だった。

 その頃、クレルモン伯は不安を抱えながら行軍を続けた。
 デュノワが追いかけてくるのを期待していたが、合流する前にオルレアンの町に到着してしまった。

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