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第六章〈ニシンの戦い〉編
6.5 ニシンの戦い(2)追跡
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ブロワ城を出発したクレルモン伯率いる援軍と、デュノワ率いる出迎えの軍は、ルヴレ=サン=ドニ村で合流した。
「出迎えご苦労」
「思ったより大軍だな」
「陛下からの信頼の証だ」
ブルボン公の嫡男であるクレルモン伯の直臣ブルボネーの軍と、隣のオーベルニュの軍に加えて、スコットランドから来た援軍もいたので、当初よりも大規模な編成になっていた。
「こんな時でも名門自慢か?」
「まぁ、それもあるが」
フランスの代表的な王侯貴族といえば、ヴァロワ王家に次ぐ最大勢力のブルゴーニュ公、国内外の領地を総合すればブルゴーニュに匹敵するアンジュー公、シャルル六世の王弟の血筋であるオルレアン公に続いて、シャルル五世の王妃を輩出したブルボン公も名門のひとつだ。
リッシュモンが連なるブルターニュ公もかなりの名門だが、彼らが受け継いできたブリテン島由来の古ケルト文化はフランスの主流ではなく、また、英仏のはざまでどっちつかずの態度を取ってきたため、フランスに忠誠を誓った王侯貴族の中では「外様」の扱いだった。
「この大軍は、陛下からデュノワ伯への信頼の証でもある」
「クレルモン伯が俺を褒めるなんて珍しいな」
「王侯貴族は血筋を重視するものだが、親族とはいえ、庶子にこれほど破格の待遇をする王はなかなかいない」
私たちは年齢が近い。クレルモン伯は名家の嫡男らしいプライドの高い貴公子で、デュノワ伯は庶子らしい気さくな性格だったが、二人の軽妙な会話はコントみたいな面白さがあった。
「大軍の援軍はありがたいけどさ……」
「なんだ、不服か? 罰当たりなやつだな」
「だって包囲戦じゃん。避難民もいるし、備蓄が心配なんだよなぁ」
「そのことなら心配無用だ。オルレアンに物資を運び込んだら兵の半分はブロワに引き返す」
「そうしてもらえたらありがたい!」
戦地に近づくほど危険が増すが、行軍は順調だった。
2月11日深夜、クレルモン伯とデュノワが野営しているところに、オルレアン周辺で警戒していた傭兵団が駆けつけた。
「おらおら、邪魔するぜ!」
従者が止めるのも聞かずに、傭兵団の首魁らしき男が片足を引きずりながらずかずかと乱入してきた。
「なんだ、貴様は?」
「ああん?」
「所属と名を名乗れ!」
「おおん? 俺様を知らんとはどこの新兵だ?」
「汚い言葉遣いに粗暴な振る舞い……、イングランドの脱走兵ではあるまいな」
「お? やんのか、オラ?」
夜中の乱入者のせいで、クレルモン伯はピリピリしていた。
あやうく剣を抜くところだったが、従者の案内で遅れて到着したザントライユが間に入った。
「うちの馬鹿者が失礼しました。盗んだものがあればすぐに返却します」
「あぁぁん?!」
「ラ・イルとザントライユか。名は聞いているが、あの温厚な陛下に気に入られているとは信じられん……」
ザントライユはともかく、ラ・イルは野盗上がりの傭兵でいまだに略奪癖が抜けない。オルレアンから逃げ出して野盗化した脱走兵と疑われてもおかしくない。だが、憎めない奴だった。
忠誠心と言っていいかわからないが、やくざ者らしい義侠心からか、足に障害を負ってなお、私に10年以上仕えている。
「鼻持ちならねぇ貴族だな! タコ殴りにして簀巻きで川に流してやりてえが……」
「タコ? 簀巻き? この男は訛りがひどすぎる」
「俺が通訳しようか?」
「総司令官の手を煩わせなくても、同郷の俺が」
「揃いも揃って馬鹿ばっかりだな! それどころじゃねぇだろうが!」
ラ・イルとザントライユは、パリとオルレアンを繋ぐエタンプ街道で、荷馬車300台とイングランド兵1500人が行軍しているのを発見したと伝えた。
「我らと同じく、奴らも兵站輸送が目的だな。場所は?」
「ルヴレ=サン=クロワの辺りだ」
「すぐ近くじゃないか!」
しかも、こちらが捕捉したことに相手はまだ気付いていない。
オルレアンを包囲するイングランド軍本隊に合流する前に、急襲して兵を蹴散らし荷を奪う絶好のチャンスだ。
そのことを進言するために、ラ・イルとザントライユは夜通しで馬を走らせて来訪したのだった。
「不意打ちで片付けるのもいいけどよ、一応、上官の許可をもらおうと思って来たワケよ!」
「先走って攻撃しようとしたくせに、よく言う」
ラ・イルが不敵に笑い、ザントライユが補足した。
「日が昇って明るくなると気付かれます。有利に戦うなら、夜のうちに襲撃してはどうかと」
クレルモン伯が率いる援軍と、デュノワが連れてきた出迎え軍、さらにラ・イルとザントライユの傭兵団を合わせて、フランス軍は総勢4000人ほど。数的にも有利だったが、クレルモン伯は不意打ちを仕掛けることに消極的だった。
「襲われているわけでもないのに、深夜に兵を叩き起こして行軍を強いるのは気が引ける」
「はぁ? まじかよ……?」
「小回りのきく傭兵団と違って、大軍に戦闘準備させるには時間がかかる」
結局、傭兵団にはイングランド軍を追跡させるのみ。
実際に、両軍の衝突が避けられない事態になるまで、こちらから攻撃を仕掛けないことで決まった。
「出迎えご苦労」
「思ったより大軍だな」
「陛下からの信頼の証だ」
ブルボン公の嫡男であるクレルモン伯の直臣ブルボネーの軍と、隣のオーベルニュの軍に加えて、スコットランドから来た援軍もいたので、当初よりも大規模な編成になっていた。
「こんな時でも名門自慢か?」
「まぁ、それもあるが」
フランスの代表的な王侯貴族といえば、ヴァロワ王家に次ぐ最大勢力のブルゴーニュ公、国内外の領地を総合すればブルゴーニュに匹敵するアンジュー公、シャルル六世の王弟の血筋であるオルレアン公に続いて、シャルル五世の王妃を輩出したブルボン公も名門のひとつだ。
リッシュモンが連なるブルターニュ公もかなりの名門だが、彼らが受け継いできたブリテン島由来の古ケルト文化はフランスの主流ではなく、また、英仏のはざまでどっちつかずの態度を取ってきたため、フランスに忠誠を誓った王侯貴族の中では「外様」の扱いだった。
「この大軍は、陛下からデュノワ伯への信頼の証でもある」
「クレルモン伯が俺を褒めるなんて珍しいな」
「王侯貴族は血筋を重視するものだが、親族とはいえ、庶子にこれほど破格の待遇をする王はなかなかいない」
私たちは年齢が近い。クレルモン伯は名家の嫡男らしいプライドの高い貴公子で、デュノワ伯は庶子らしい気さくな性格だったが、二人の軽妙な会話はコントみたいな面白さがあった。
「大軍の援軍はありがたいけどさ……」
「なんだ、不服か? 罰当たりなやつだな」
「だって包囲戦じゃん。避難民もいるし、備蓄が心配なんだよなぁ」
「そのことなら心配無用だ。オルレアンに物資を運び込んだら兵の半分はブロワに引き返す」
「そうしてもらえたらありがたい!」
戦地に近づくほど危険が増すが、行軍は順調だった。
2月11日深夜、クレルモン伯とデュノワが野営しているところに、オルレアン周辺で警戒していた傭兵団が駆けつけた。
「おらおら、邪魔するぜ!」
従者が止めるのも聞かずに、傭兵団の首魁らしき男が片足を引きずりながらずかずかと乱入してきた。
「なんだ、貴様は?」
「ああん?」
「所属と名を名乗れ!」
「おおん? 俺様を知らんとはどこの新兵だ?」
「汚い言葉遣いに粗暴な振る舞い……、イングランドの脱走兵ではあるまいな」
「お? やんのか、オラ?」
夜中の乱入者のせいで、クレルモン伯はピリピリしていた。
あやうく剣を抜くところだったが、従者の案内で遅れて到着したザントライユが間に入った。
「うちの馬鹿者が失礼しました。盗んだものがあればすぐに返却します」
「あぁぁん?!」
「ラ・イルとザントライユか。名は聞いているが、あの温厚な陛下に気に入られているとは信じられん……」
ザントライユはともかく、ラ・イルは野盗上がりの傭兵でいまだに略奪癖が抜けない。オルレアンから逃げ出して野盗化した脱走兵と疑われてもおかしくない。だが、憎めない奴だった。
忠誠心と言っていいかわからないが、やくざ者らしい義侠心からか、足に障害を負ってなお、私に10年以上仕えている。
「鼻持ちならねぇ貴族だな! タコ殴りにして簀巻きで川に流してやりてえが……」
「タコ? 簀巻き? この男は訛りがひどすぎる」
「俺が通訳しようか?」
「総司令官の手を煩わせなくても、同郷の俺が」
「揃いも揃って馬鹿ばっかりだな! それどころじゃねぇだろうが!」
ラ・イルとザントライユは、パリとオルレアンを繋ぐエタンプ街道で、荷馬車300台とイングランド兵1500人が行軍しているのを発見したと伝えた。
「我らと同じく、奴らも兵站輸送が目的だな。場所は?」
「ルヴレ=サン=クロワの辺りだ」
「すぐ近くじゃないか!」
しかも、こちらが捕捉したことに相手はまだ気付いていない。
オルレアンを包囲するイングランド軍本隊に合流する前に、急襲して兵を蹴散らし荷を奪う絶好のチャンスだ。
そのことを進言するために、ラ・イルとザントライユは夜通しで馬を走らせて来訪したのだった。
「不意打ちで片付けるのもいいけどよ、一応、上官の許可をもらおうと思って来たワケよ!」
「先走って攻撃しようとしたくせに、よく言う」
ラ・イルが不敵に笑い、ザントライユが補足した。
「日が昇って明るくなると気付かれます。有利に戦うなら、夜のうちに襲撃してはどうかと」
クレルモン伯が率いる援軍と、デュノワが連れてきた出迎え軍、さらにラ・イルとザントライユの傭兵団を合わせて、フランス軍は総勢4000人ほど。数的にも有利だったが、クレルモン伯は不意打ちを仕掛けることに消極的だった。
「襲われているわけでもないのに、深夜に兵を叩き起こして行軍を強いるのは気が引ける」
「はぁ? まじかよ……?」
「小回りのきく傭兵団と違って、大軍に戦闘準備させるには時間がかかる」
結局、傭兵団にはイングランド軍を追跡させるのみ。
実際に、両軍の衝突が避けられない事態になるまで、こちらから攻撃を仕掛けないことで決まった。
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