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第六章〈ニシンの戦い〉編
6.4 ニシンの戦い(1)クレルモン伯の初陣
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前回で「ブルボン公の領地に隣接するオーベルニュはラ・トレモイユの領地だ」と述べたが、正確にはラ・トレモイユの妻の領地だ。
オルレアン包囲戦と並行して、各地で色々なことが起きていて、かの有名な「救国の少女」も動き始めているが、ひとまず、章タイトルでもあるニシンの戦いにスポットを当てよう。
クレルモン伯が率いる援軍は、ブロワ城に集結してからオルレアンに向かった。ひとえに「援軍」といっても兵士を送るだけではない。食料や武器・火薬などの兵站輸送も兼ねている。
オルレアンの人口は、避難民を合わせて3万人に膨れ上がっている。平時の二倍だ。しかも、城門を閉ざしているので通常の経済活動がほとんどできない。
少人数の伝令だろうと、大多数の軍隊だろうと、ブロワ城とオルレアンを行き来する者は誰でも「兵站の運び屋」になった。
クレルモン伯が、出陣の挨拶をしに来た。
プレートアーマーもサーコートも真新しくて輝いている。
「うん、よく似合っている」
馬上槍試合と実際の戦闘はまるで違う。
おそらく、武器防具すべてを作り直したのだろう。
「先触れを送って貴公が向かうことを知らせている。デュノワかブサック元帥が迎えにくるから、途中で合流するように。安全なルートでオルレアンまで案内してくれるはずだ」
クレルモン伯は援軍の引率者だが、何といっても初陣だ。
父親のブルボン公が健在なら、少年時代に補佐付きで実際の戦場を経験していただろうが、不幸にもブルボン公はアジャンクールで囚われて幽閉中の身だ。
「総司令官はデュノワ伯でしたね」
「貴公らは顔なじみだし、色々思うところもあるだろうが……、オルレアンではデュノワの顔を立てて指示に従って欲しい」
クレルモン伯の名誉を守るため、初陣であることは大っぴらにいえない。「いい歳の初陣」でありながら、名門ブルボン公の総代としてそれなりの大軍を指揮しなければならず、慎重な編成が求められた。
「野盗崩れのイングランド兵がうろついているだろうが、無理に戦わなくていい。手柄欲しさに英雄になりたがる者もいるが、兵站と自分たちの身を守ることを優先するんだ。戦場はオルレアンだということを忘れるな」
兵たちにも聞こえるように、事前に釘を刺した。
戦わなくても、オルレアンまで兵站を無事に輸送できれば任務完了だ。
普段は卒のないクレルモン伯も、さすがに内心では緊張しているだろうが、顔見知りのデュノワと合流すればすぐに馴染むだろう。
*
ちょうどその頃、デュノワの元に重大な知らせが二つ届いていた。
ひとつは「クレルモン伯が引率する援軍を派遣するから途中まで迎えに来て欲しい」という私からの知らせで、もうひとつは「イングランドの援軍がオルレアンに接近している」という哨戒兵からの知らせだった。
「げぇっ! 鉢合わせしたらまずいな……」
デュノワは、ラ・イルとザントライユにオルレアン周辺を巡回するように指示すると、200人の兵を連れてクレルモン伯と援軍を迎えに出かけた。
不在の間、総司令官の代理として老将ブサック元帥と、オルレアン総督で守備隊長を務めるゴークールが中心となって町を防衛する。
「じゃ、行ってくる」
「ご武運を」
1429年2月11日。
ラ・イルとザントライユが率いる傭兵軍は、パリとオルレアンを繋ぐエタンプ街道で、荷馬車300台とイングランド兵1500人が連なる大規模な兵站輸送部隊が行軍しているのを発見した。
オルレアン包囲戦と並行して、各地で色々なことが起きていて、かの有名な「救国の少女」も動き始めているが、ひとまず、章タイトルでもあるニシンの戦いにスポットを当てよう。
クレルモン伯が率いる援軍は、ブロワ城に集結してからオルレアンに向かった。ひとえに「援軍」といっても兵士を送るだけではない。食料や武器・火薬などの兵站輸送も兼ねている。
オルレアンの人口は、避難民を合わせて3万人に膨れ上がっている。平時の二倍だ。しかも、城門を閉ざしているので通常の経済活動がほとんどできない。
少人数の伝令だろうと、大多数の軍隊だろうと、ブロワ城とオルレアンを行き来する者は誰でも「兵站の運び屋」になった。
クレルモン伯が、出陣の挨拶をしに来た。
プレートアーマーもサーコートも真新しくて輝いている。
「うん、よく似合っている」
馬上槍試合と実際の戦闘はまるで違う。
おそらく、武器防具すべてを作り直したのだろう。
「先触れを送って貴公が向かうことを知らせている。デュノワかブサック元帥が迎えにくるから、途中で合流するように。安全なルートでオルレアンまで案内してくれるはずだ」
クレルモン伯は援軍の引率者だが、何といっても初陣だ。
父親のブルボン公が健在なら、少年時代に補佐付きで実際の戦場を経験していただろうが、不幸にもブルボン公はアジャンクールで囚われて幽閉中の身だ。
「総司令官はデュノワ伯でしたね」
「貴公らは顔なじみだし、色々思うところもあるだろうが……、オルレアンではデュノワの顔を立てて指示に従って欲しい」
クレルモン伯の名誉を守るため、初陣であることは大っぴらにいえない。「いい歳の初陣」でありながら、名門ブルボン公の総代としてそれなりの大軍を指揮しなければならず、慎重な編成が求められた。
「野盗崩れのイングランド兵がうろついているだろうが、無理に戦わなくていい。手柄欲しさに英雄になりたがる者もいるが、兵站と自分たちの身を守ることを優先するんだ。戦場はオルレアンだということを忘れるな」
兵たちにも聞こえるように、事前に釘を刺した。
戦わなくても、オルレアンまで兵站を無事に輸送できれば任務完了だ。
普段は卒のないクレルモン伯も、さすがに内心では緊張しているだろうが、顔見知りのデュノワと合流すればすぐに馴染むだろう。
*
ちょうどその頃、デュノワの元に重大な知らせが二つ届いていた。
ひとつは「クレルモン伯が引率する援軍を派遣するから途中まで迎えに来て欲しい」という私からの知らせで、もうひとつは「イングランドの援軍がオルレアンに接近している」という哨戒兵からの知らせだった。
「げぇっ! 鉢合わせしたらまずいな……」
デュノワは、ラ・イルとザントライユにオルレアン周辺を巡回するように指示すると、200人の兵を連れてクレルモン伯と援軍を迎えに出かけた。
不在の間、総司令官の代理として老将ブサック元帥と、オルレアン総督で守備隊長を務めるゴークールが中心となって町を防衛する。
「じゃ、行ってくる」
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ラ・イルとザントライユが率いる傭兵軍は、パリとオルレアンを繋ぐエタンプ街道で、荷馬車300台とイングランド兵1500人が連なる大規模な兵站輸送部隊が行軍しているのを発見した。
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