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第五章〈謎の狙撃手〉編
5.14 新兵器投入(2)橋上のメリークリスマス
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11月30日、イングランド軍の司令官の一人、ジョン・タルボットが300人の援軍を連れてオルレアンに着任した。
ジョン・タルボットはもとはアイルランド総督だったが、苛烈な統治と残虐行為で告訴されために、ほとぼりが冷めるまで——あるいは、その残虐な手腕が評価されてフランスに派遣されたようだ。
レ・トゥーレルに引きこもるウィリアム・グラスデール率いる残党と合流すると、予想通り、オルレアンへの攻撃を再開した。
町を囲む城壁に砲撃を加えられたが、致命的な破壊には至らず、実質的な被害といえば「騒音でうるさい」くらいだった。オルレアンの人々は「聖水を振りかけた効果だ」と信じて神に感謝を捧げた。
1428年内は、ロワール川を挟んだ火砲の撃ち合いが主な戦いだった。
オルレアンの町は北岸にあり、イングランド軍は南岸に陣を敷き、両岸を繋ぐ大橋の最初にあるレ・トゥーレルを拠点にしていた。
広いロワール川と城壁を越えてくる砲弾はそれほど多くなく、一般市民は城壁付近から避難していたから、被害らしい被害といえば城壁付近にある建物の屋根が壊れるくらい。人的被害はほとんどなく、人々はのんきに「本日の戦況」を酒の肴にしていた。
12月25日はイエス・キリストが降誕した日で、すべてのキリスト教徒にとって重要な祝日——いわゆる「クリスマス」だ。
フランスとイングランドは長年敵対しているが、どちらもキリスト教国なので、自然ななりゆきで休戦状態になることも多い。
フランス軍はレ・トゥーレルから撤退するときに、イングランドを足止めするために橋上に瓦礫でバリケードを築いたのだが、足場が悪いにもかかわらず、いつぞやの使者が訪ねてきた。
「フランス軍総司令官はいらっしゃいますか」
「なんだ? 城門は開けないぞ」
念のため、護衛の弓兵をともなってデュノワが城壁から顔を出した。
「我がイングランド軍の司令官からひとつ提案がありまして」
「提案だぁ~? 要求の間違いでは?」
「どっちも同じようなものです」
「図々しいやつだな……。要求を飲むかどうかは、話を聞いてから決める。とりあえず言ってみろ」
イングランド軍は、オルレアン在住の楽士を派遣してくれないかと頼んできた。
「たまには清らかな心で讃美歌を歌いたいんですよ」
「勝手に歌えばいいじゃないか」
「わかってないなぁ。故郷から遠く離れて、海を渡って外国の戦地に飛ばされて、来る日もくる日も砲弾を飛ばすか塹壕を掘るばかり……。今日にでも死ぬかもしれない」
「おまえたちが何もしないなら、こちらも反撃しない」
「哀れなイングランド人のために、寒風吹き荒ぶロワール川沿いに楽しい音楽を届けてくれてもバチは当たらないと思うのですが」
「……ちょっと待ってろ」
デュノワは、オルレアンの町中に避難している楽士たちに呼びかけて即席の音楽隊を結成すると、ブサック元帥を伴ってレ・トゥーレルを訪れた。そこでフランス風の音楽と、イングランド人が喜ぶような音楽をいくつか演奏したという。
「総司令官殿はデュノワ伯といいましたっけ。ありがとうございます」
「まぁ、今日だけだからな」
ふと振り返ると、フランス軍やオルレアンの守備隊だけでなく町の人たちまで城壁の上や大橋の半ばへやってきて、互いの国の歌詞を口ずさんでいたと伝わっている。
オルレアンの私生児ことデュノワ伯——、私の幼なじみで親友のジャンは、敵味方を問わず、誰からも好かれる奴だった。彼を嫌いになる人間なんて絶対にいない。
親切で、情に熱く、ひとたび戦場に出れば勇猛果敢な騎士であり、機転が利く好人物だが、それ以上に親しみやすい気性が何よりも魅力的だった。
しかし、デュノワの魅力は、致命的な弱点にもなり得た。
クリスマスが明けると、すぐに戦闘は再開された。
12月30日、ロワール川にある中州のひとつがイングランド軍に奪われ、フランス軍はレ・トゥーレルに続いて再び後退した。少しずつ、じりじりと切り取られていく。
オルレアン包囲戦、1428年までの戦況は以上である。
(※)第五章〈謎の狙撃手〉編、完結。
次章からは1429年以降のオルレアン包囲戦エピソードです。
ジョン・タルボットはもとはアイルランド総督だったが、苛烈な統治と残虐行為で告訴されために、ほとぼりが冷めるまで——あるいは、その残虐な手腕が評価されてフランスに派遣されたようだ。
レ・トゥーレルに引きこもるウィリアム・グラスデール率いる残党と合流すると、予想通り、オルレアンへの攻撃を再開した。
町を囲む城壁に砲撃を加えられたが、致命的な破壊には至らず、実質的な被害といえば「騒音でうるさい」くらいだった。オルレアンの人々は「聖水を振りかけた効果だ」と信じて神に感謝を捧げた。
1428年内は、ロワール川を挟んだ火砲の撃ち合いが主な戦いだった。
オルレアンの町は北岸にあり、イングランド軍は南岸に陣を敷き、両岸を繋ぐ大橋の最初にあるレ・トゥーレルを拠点にしていた。
広いロワール川と城壁を越えてくる砲弾はそれほど多くなく、一般市民は城壁付近から避難していたから、被害らしい被害といえば城壁付近にある建物の屋根が壊れるくらい。人的被害はほとんどなく、人々はのんきに「本日の戦況」を酒の肴にしていた。
12月25日はイエス・キリストが降誕した日で、すべてのキリスト教徒にとって重要な祝日——いわゆる「クリスマス」だ。
フランスとイングランドは長年敵対しているが、どちらもキリスト教国なので、自然ななりゆきで休戦状態になることも多い。
フランス軍はレ・トゥーレルから撤退するときに、イングランドを足止めするために橋上に瓦礫でバリケードを築いたのだが、足場が悪いにもかかわらず、いつぞやの使者が訪ねてきた。
「フランス軍総司令官はいらっしゃいますか」
「なんだ? 城門は開けないぞ」
念のため、護衛の弓兵をともなってデュノワが城壁から顔を出した。
「我がイングランド軍の司令官からひとつ提案がありまして」
「提案だぁ~? 要求の間違いでは?」
「どっちも同じようなものです」
「図々しいやつだな……。要求を飲むかどうかは、話を聞いてから決める。とりあえず言ってみろ」
イングランド軍は、オルレアン在住の楽士を派遣してくれないかと頼んできた。
「たまには清らかな心で讃美歌を歌いたいんですよ」
「勝手に歌えばいいじゃないか」
「わかってないなぁ。故郷から遠く離れて、海を渡って外国の戦地に飛ばされて、来る日もくる日も砲弾を飛ばすか塹壕を掘るばかり……。今日にでも死ぬかもしれない」
「おまえたちが何もしないなら、こちらも反撃しない」
「哀れなイングランド人のために、寒風吹き荒ぶロワール川沿いに楽しい音楽を届けてくれてもバチは当たらないと思うのですが」
「……ちょっと待ってろ」
デュノワは、オルレアンの町中に避難している楽士たちに呼びかけて即席の音楽隊を結成すると、ブサック元帥を伴ってレ・トゥーレルを訪れた。そこでフランス風の音楽と、イングランド人が喜ぶような音楽をいくつか演奏したという。
「総司令官殿はデュノワ伯といいましたっけ。ありがとうございます」
「まぁ、今日だけだからな」
ふと振り返ると、フランス軍やオルレアンの守備隊だけでなく町の人たちまで城壁の上や大橋の半ばへやってきて、互いの国の歌詞を口ずさんでいたと伝わっている。
オルレアンの私生児ことデュノワ伯——、私の幼なじみで親友のジャンは、敵味方を問わず、誰からも好かれる奴だった。彼を嫌いになる人間なんて絶対にいない。
親切で、情に熱く、ひとたび戦場に出れば勇猛果敢な騎士であり、機転が利く好人物だが、それ以上に親しみやすい気性が何よりも魅力的だった。
しかし、デュノワの魅力は、致命的な弱点にもなり得た。
クリスマスが明けると、すぐに戦闘は再開された。
12月30日、ロワール川にある中州のひとつがイングランド軍に奪われ、フランス軍はレ・トゥーレルに続いて再び後退した。少しずつ、じりじりと切り取られていく。
オルレアン包囲戦、1428年までの戦況は以上である。
(※)第五章〈謎の狙撃手〉編、完結。
次章からは1429年以降のオルレアン包囲戦エピソードです。
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