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第五章〈謎の狙撃手〉編

5.11 別れ際の約束(2)

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 さて、オルレアン包囲戦のさなか、隠密行動中にリッシュモンと思いがけず再会し、(ある意味)夜を共にした幻想を語ってきたが、ずいぶん長くなってしまった。

「ラ・トレモイユは抜かりなく見えるが、保身しか考えてない凡人だぞ」

 大侍従ジョルジュ・ド・ラ・トレモイユ。
 大元帥のリッシュモンと宮廷闘争を繰り広げているが——。

「ラ・トレモイユでは、貴公の相手にならないだろう」
「その件について、現在までに分かっていることをご報告申し上げます」

 ラ・トレモイユとその妻カトリーヌ・ド・トレーヌにまつわる疑惑はかなり込み入った話になるため、包囲戦の文脈で語るにはふさわしくない。後日、章をあらためて取り上げることにしよう。

「うん……。わかった」
「引き続き、内偵を進めます」

 夜がだいぶ深くなった。
 朝になれば、顔見知りと鉢合わせする可能性が高まり、隠密行動が台無しになる。私たちは夜明け前に脱出しなければならない。
 レ・トゥーレルに面したパン屋の二階奥、湯屋を兼ねた宿屋の貴賓室を出ようとした。

「どうした?」

 扉を開けてすぐ、先導するリッシュモンが立ち止まった。
 腕を伸ばして私の視界を遮り、暗に「来るな」と示唆されたが、それほど深刻な理由ではなさそうだったので、構わずに肩越しに向こう側を覗き込んだ。

「ブサック元帥じゃないか」
「……」

 デュノワの元にいるはずの老将が膝をついて待っていた。

「いつからここに?」
「………………………………………………………………たった今」

 長い沈黙が物語っている。絶対に嘘だ!
 ちらっと様子をうかがうと、リッシュモンは険しい顔で平然としていた。
 扉一枚を隔てた向こうにブサックがいると気づいていたかもしれないが、彼のことだ。仮に知らなかったとしても表情ひとつ変えずに超然とした態度を貫くような気がする。

「デュノワはどうしている?」
「……オルレアン救援に馳せ参じた名士たちを接待し、今は休んでいる頃合いかと」
「こちらの動向に気づいている様子は?」
「…………気づいておりませぬ」

 ひとまず安堵した。
 オルレアンの町から引き上げるなら今が絶好の機会だ。
 私はブサック元帥に託されて、ブロワ城へ帰ることになった。

「それでは、リッシュモン。今夜は世話になった」

 別れの言葉を告げようとしたら、ふわりと何か白いもので包まれた。

「城へ戻り、侍医の診察を受けるまで安静になさってください」

 包帯代わりだ応急処置だと言って、パン屋に押し入ったときにテーブルクロスをひっぺがしてびしょ濡れにした。服と一緒に乾かして、室内に置いてきたとばかり思っていたのだが、リッシュモンはそれを三角に折りたたみ、器用に私の利き腕を吊った。

「それ、盗ってきたのか!」
「盗みではありません。一宿一飯と布一枚分を超える対価を支払ってますから」
「それにしたって大袈裟すぎる。まるで骨折じゃないか……」
「動かせないように縛って固定してしまえば、無意識に手をついて患部を傷めることもないでしょうから」

 こんなことで揉めても意味がないし、リッシュモンは絶対に譲らないだろうから、私は早々に諦めてされるがままに身をゆだねる。三角巾の端を結ぶために、向かい合ったリッシュモンが両腕を私の首に回してきた。

「どうか、次に会うまで生き延びてください」

 私は聞こえないふりをした。

「そばにいてもいなくても、私はあなたを狙っています。決して油断しないように」

 リッシュモンは唇が触れそうなほど耳元近くに顔を寄せてささやいた。
 ブサックに聞こえないように——なのだろうが、小声を通り越してほとんど吐息も同然だったから、くすぐったくてたまらない。どうやら私は耳が急所らしい。

「……あなたの命をくださるのでしょう? ならば、私が奪いにゆくまで、他の誰にも与えないでください。約束です」

 一方的に言い終わると、名残惜しそうにゆっくり体を離した。

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