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第五章〈謎の狙撃手〉編
5.7 汚れた手を重ねて(2)誰を犠牲にするか
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私は震えを抑えるように自分の体をかき抱いた。
「本心を明かしてくださってありがとうございます……」
さらにその上から、リッシュモンの両腕が私を包む。
先ほど、「肘置きだと思えばいい」と言っていたが、どちらかというとベルトみたいだと思う。まるで剣帯だ。
「では、今回の場合は、あなたの代わりにデュノワ伯の手を汚させたくなかったから? そのために、自らの手で砲撃を実行したのですか……?」
当たらずとも遠からず。そういう気持ちもなくはないが、デュノワはもともと騎士志望だし、自分の意志で戦地に行ってしまう。モン・サン=ミシェルのときのように。
今回は、私の代わりに手を汚して欲しくないというよりも……。
「いや、違うな。あなたは、デュノワ伯がオルレアンで死ぬと考えているのですね?」
口に出せずに逡巡していると、リッシュモンは私の本心を見抜いた。
いや、同じ答えを導き出したというべきか。
「……はっきり言うな」
「図星でしたか」
嫌な予感は外れてほしいのに、リッシュモンも同じ可能性に行き着いた。
「貴公が口に出さなければ、私の思い過ごしで済んだのに」
私は恨み言をつぶやいてむくれた。
リッシュモンはこちらの気持ちなどお構いなしで、話を続けた。
「ソールズベリー伯を葬っても無駄です。包囲戦は終わりませんよ」
「では、さっきの砲撃は無意味だったと?」
「確かに、総司令官を失うのは大きな痛手です。しかし、ソールズベリー伯はイングランド軍の一将軍にすぎず、国の方針を左右するほどの権力者ではありません……。摂政のベッドフォード公が帰国して方々に頭を下げて莫大な戦費を調達した以上、止まることはできないのです」
リッシュモンは、ベッドフォード公なら総司令官の頭をすげ替えてでもオルレアン包囲戦を続行するはずだと予想した。予想というより断言に近い。
「そうか。私がしたことは無駄だったか」
「いえ、無駄とまでは……。少なくとも、オルレアン攻略計画を練り直すまでの時間稼ぎには——」
後はもう聞いていなかった。
どうしよう、ものすごく泣きたい気分だ。
今、リッシュモンは私の背もたれだから、幸い顔を見られてないが、目に涙がたまり、今にもこぼれ落ちそうだ。両手を抱き込まれているから、涙をぬぐう事もできない。鼻をすすり、せめて嗚咽が漏れないように、唇をぎゅっと噛み締める。
「泣いていらっしゃるのですか」
「は、まさか……」
少し声が震えてしまった。
あまり詮索しないでほしい。むしゃくしゃする。
思い返せば、リッシュモンはいつもこうだ。
こちらの領域にずかずかと入ってきて、結果的に私の弱みを見つけてしまう。
いい奴だが、やな奴でもある。これまでだって、今日だってそうだ。
私がしたことは無駄だと言われて、少なくとも私はそのように受け取って、理不尽だとわかっていながらリッシュモンに腹を立てていた。
だから、ヤケになって意地の悪い質問を投げかけた。
「どうしたら、この戦争が終わると思う?」
何度も自問してきたこの問いかけ。リッシュモンは何も言わない。
だが、私の中ではすでに答えが導き出されている。
「ひとつ、名案があるんだ」
「聞かせていただけますか」
「いままで誰にも言わなかった策だよ……」
私は少し体を傾けて振り返った。私たちを覆っていた寝具がずり落ちたが構わずに、肩越しにリッシュモンを見つめながら「今ここで、私を殺してくれないか」と頼んだ。
「本心を明かしてくださってありがとうございます……」
さらにその上から、リッシュモンの両腕が私を包む。
先ほど、「肘置きだと思えばいい」と言っていたが、どちらかというとベルトみたいだと思う。まるで剣帯だ。
「では、今回の場合は、あなたの代わりにデュノワ伯の手を汚させたくなかったから? そのために、自らの手で砲撃を実行したのですか……?」
当たらずとも遠からず。そういう気持ちもなくはないが、デュノワはもともと騎士志望だし、自分の意志で戦地に行ってしまう。モン・サン=ミシェルのときのように。
今回は、私の代わりに手を汚して欲しくないというよりも……。
「いや、違うな。あなたは、デュノワ伯がオルレアンで死ぬと考えているのですね?」
口に出せずに逡巡していると、リッシュモンは私の本心を見抜いた。
いや、同じ答えを導き出したというべきか。
「……はっきり言うな」
「図星でしたか」
嫌な予感は外れてほしいのに、リッシュモンも同じ可能性に行き着いた。
「貴公が口に出さなければ、私の思い過ごしで済んだのに」
私は恨み言をつぶやいてむくれた。
リッシュモンはこちらの気持ちなどお構いなしで、話を続けた。
「ソールズベリー伯を葬っても無駄です。包囲戦は終わりませんよ」
「では、さっきの砲撃は無意味だったと?」
「確かに、総司令官を失うのは大きな痛手です。しかし、ソールズベリー伯はイングランド軍の一将軍にすぎず、国の方針を左右するほどの権力者ではありません……。摂政のベッドフォード公が帰国して方々に頭を下げて莫大な戦費を調達した以上、止まることはできないのです」
リッシュモンは、ベッドフォード公なら総司令官の頭をすげ替えてでもオルレアン包囲戦を続行するはずだと予想した。予想というより断言に近い。
「そうか。私がしたことは無駄だったか」
「いえ、無駄とまでは……。少なくとも、オルレアン攻略計画を練り直すまでの時間稼ぎには——」
後はもう聞いていなかった。
どうしよう、ものすごく泣きたい気分だ。
今、リッシュモンは私の背もたれだから、幸い顔を見られてないが、目に涙がたまり、今にもこぼれ落ちそうだ。両手を抱き込まれているから、涙をぬぐう事もできない。鼻をすすり、せめて嗚咽が漏れないように、唇をぎゅっと噛み締める。
「泣いていらっしゃるのですか」
「は、まさか……」
少し声が震えてしまった。
あまり詮索しないでほしい。むしゃくしゃする。
思い返せば、リッシュモンはいつもこうだ。
こちらの領域にずかずかと入ってきて、結果的に私の弱みを見つけてしまう。
いい奴だが、やな奴でもある。これまでだって、今日だってそうだ。
私がしたことは無駄だと言われて、少なくとも私はそのように受け取って、理不尽だとわかっていながらリッシュモンに腹を立てていた。
だから、ヤケになって意地の悪い質問を投げかけた。
「どうしたら、この戦争が終わると思う?」
何度も自問してきたこの問いかけ。リッシュモンは何も言わない。
だが、私の中ではすでに答えが導き出されている。
「ひとつ、名案があるんだ」
「聞かせていただけますか」
「いままで誰にも言わなかった策だよ……」
私は少し体を傾けて振り返った。私たちを覆っていた寝具がずり落ちたが構わずに、肩越しにリッシュモンを見つめながら「今ここで、私を殺してくれないか」と頼んだ。
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