7番目のシャルル、聖女と亡霊の声

しんの(C.Clarté)

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第五章〈謎の狙撃手〉編

5.6 汚れた手を重ねて(1)人間椅子

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 湿っぽい服を着ているのと、半裸で突っ立っているのは、どちらがマシだろう。

「これ、使ってもいいか?」

 背後にあるベッドと寝具を指さす。
 出所不明の着替えがダメなら、どこの誰が使ったかもわからない寝具にくるまるのはもっとダメだろうなあと思いながら。

「……ひとつ、考えがあります」
「聞かせてくれ」





 前言撤回。リッシュモンは器用な奴だと思っていたが訂正する。
 彼は人格者で有能かつ努力家、大抵のことは何でもできるが、その一方で、融通が効かない上にかなり不器用だ。

(どうして、私たちはひとつのベッドに半裸で重なっているんだ……)

 大事なことなのではっきり言っておく。
 同衾しているが横たわっているのではない。ベッドをカウチがわりに、私はやや前傾姿勢で膝を折りたたみ、こじんまりと座っている。背後からは、マントのように寝具を羽織った肉厚なリッシュモンが体ごと覆い被さっていて……、いわば、私の背もたれと化している。

「あんまりくっつくなよ……」

 そう言ったものの、体にあまり触れないように、できるだけ離れて抱いているのは察しがついた。べったり触れているのは、膝前で交差した手の上に手を重ねているくらいだ。

「なぜ、手を重ねる?」
「あなたは負傷したことをすぐに忘れて、物をつかんだり体重をかけたりして、手当てを台無しにしてしまうので」
「保護していると言うわけか。信用されてないな」
「私の胴体は背もたれ、この腕は肘置きだとでも考えてください」

 人間椅子に例えるとはずいぶん悪趣味だ。
 下心なしで、よくもこんな振る舞いができるものだと、ある意味感心する。

 後ろの存在感を忘れようと努めながら、暖炉の爆ぜる音に耳を傾ける。
 階下では酔客のどんちゃん騒ぎ、同じフロアの別室では種類の違う別の声。
 室内が静かすぎると、耳が余計な音まで拾うから厄介だ。

(気まずい……)

 私の心を読んだのか、リッシュモンも顔に出さないだけで同じ気持ちだったのか。

「何か話しましょうか」
「……聞こう」
「なぜ、あんなことをしたのですか」

 少し前に、言いかけていた話題だ。

「あなたは犠牲や流血が嫌いなのだと思っていました」
「嫌いだよ。見るのも聞くのも大嫌いだ」
「それではなぜ、あなた自らの手でレ・トゥーレルを砲撃したのですか」

 この時点では、ソールズベリー伯がいた窓辺が砲撃されたというだけで、イングランド軍総司令官の安否は不明だった。だが、見るものが見れば、があそこを狙っていたことは察しがつく。

「嫌なことでも、やらなくてはいけない事もある」
「あなたは、犠牲や流血に心を痛める人でしょう? それなのに……」
「はは、その通り。私は心が弱くて、君主の器ではないからな」

 リッシュモンは言葉を選ぶように「そういうことを言いたのではなくて」と続けた。

「私が王の代わりに剣を振れば、あなたは流血を見なくて済みます。手を汚さずに生きていけるのに……」

 その言葉を聞いて、疑問がひとつ氷解した。リッシュモンが私に黙ってボーリュー処刑を決行したのは、流血や犠牲を見せないためだったのかと。
 ジアックの断罪から処刑までの経緯を見て、たび重なる流血沙汰にこの王は耐えられないと思ったのだろう。だから、私の代わりに汚れ役をやろうとした。

「貴公は勘違いをしている」

 はっきり言っておかなくてはいけない。

「私は流血も犠牲も大嫌いだ。そして、犠牲とはということだ。私の代わりに誰かが手を汚すのもいやだ。そんなこと……、させたくないんだよ」

 リッシュモンはずるい。厳格で強面のくせに根は優しいなんてずるすぎる。
 そんな本心を知ってしまったら、私はますます苦しくなる。

「今回の砲撃も同じだ。包囲戦が長引けば、末端の兵士や民衆が数百人……、ひょっとしたら一万人以上犠牲になるだろう。ならば、一番上にいる司令官ひとりの犠牲で済むならその方がいくらかマシじゃないか……」

 砲弾を発射した直後に負傷し、痛みに気を取られたのと、リッシュモンが突然現れてここまで連れてこられて——、ずっと慌ただしくて忘れていたが。

(私は自分の意志で、自分のこの手で、殺人を犯したのだ)

 今さら、そのことを実感した。
 レ・トゥーレル砲撃からどれくらい経ったかわからないが、今頃になって恐怖で体が震え出した。鈍くさい私は、いつも反応が遅すぎるのだ。


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