7番目のシャルル、聖女と亡霊の声

しんの(C.Clarté)

文字の大きさ
上 下
89 / 126
第五章〈謎の狙撃手〉編

5.4 大元帥は塩対応(4)虚勢を張る

しおりを挟む
 リッシュモンに少々行きすぎた世話をされながら、簡単な食事を済ませた。
 階下ではパン屋併設の食堂が営業を始めたらしく、賑やかな雰囲気が伝わってくる。かなり繁盛しているようだ。

「フランス軍に所属する騎士や、この辺りを縄張りにしている傭兵たちが絶えず出入りしています」

 その中には、私やリッシュモンの顔を知っている人間がいないとも限らない。

「彼らがいなくなるまでこの部屋で静かに待ちましょう」
「やむを得ないな」
「何か気になることはありますか?」
「……特にない」

 ビューロー兄弟の行方が気になるが、商魂たくましい彼らなら臨機応変にやり過ごすだろう。

 私もリッシュモンも黙ったまま、時が流れる。
 聞こえるのは、階下のざわめきと暖炉の炎がはぜる音だけだ。
 リッシュモンはシンプルな作りの丸椅子に座っているのに、まるで背もたれがあるかのように姿勢が良く、背筋を伸ばして微動だにしない。

(まじめな奴だな)

 まっすぐな姿勢や、重苦しい表情をゆるめる時はあるのだろうか。
 こうして体面を保っているのは主君わたしがいるせいだとしたら、少し申し訳ないと思う。「姿を見せるつもりはなかった」と言っていたから、リッシュモンにとっても今の状況は想定外なのだろう。

 階下のにぎわいはなかなか収まらない。
 収まるどころか、夜が更けるほど騒がしくなってきた気がする。

「やれやれ。静まる気配がないな」
「砲撃の目撃者たちが興奮しているのでしょう」
「ああ、なるほど……」

 オルレアンにとって、レ・トゥーレルの放棄と撤退は大きな痛手だった。
 ショッキングな出来事だったが、要塞を奪われたと同時に、敵味方から兵士・市民に至るまで大勢の目撃者がいる前で、謎の砲撃によってイングランド軍総司令官ごと吹き飛んだことは別の意味でショックだったに違いない。

「なぜ、あんなことを……」

 何か言いかけて、リッシュモンは何かに気づいたように口を閉ざした。

「どうした?」
「しっ! 何者かが階上に上がってきたようです」

 そう言われて、にわかに緊張が走る。
 このパン屋は、階下で食堂を、二階で宿を提供しているようだ。
 私たちがいるのは人目につきにくい奥まった貴賓室だが、同じフロアに誰かがいるとしたら、廊下で鉢合わせするかもしれない。

「申し訳ありません。フロアごと買い取るべきでした」
「いや、そこまでしなくても……」

 顔を寄せ合い、小声で話していると——

「何か聞こえるな……」

 リッシュモンも気付いたようで、眉間に皺を刻みながら、腕を伸ばして私の両耳を塞いだ。

 しかし、時すでに遅く、男女がしとねで睦み合うときの嬌声が聞こえてしまった。城と違って、民家の壁は薄いのだ。

「いいって。子供じゃあるまいし」

 気まずいのは確かだが、どうということもない。
 耳をふさぐリッシュモンの手を払い除けようとしたが、その前に手首をつかまれた。顔が近い。

「……今夜は負傷した手を使わず安静にするようにと、あれほど申し上げているのに」

 両手首に枷を嵌めるようにつかまえられ、さらに小声でささやかれて、不覚にも動揺した。

「火傷したのは利き手だけだ。両手をつかまなくてもいいだろう」
「……申し訳ありません」

 内心の動揺を悟られないように、かろうじて虚勢を張る。
 左手はすぐに解放されたが、右手はつかまれたままだ。

「貴公は押しが強すぎる……」

 居たたまれない気持ちで目を逸らす。
 リッシュモンは両手で、傷ついている私の右手を包み込んだ。

「御身を大事にしてください」
「別に、貴公に言われなくたって……」
「手が冷たすぎます」

 とっさに手を引こうとしたができなかった。
 リッシュモンは向かい合わせで、私の右手をつかんだまま、もう片方の手で肩を抱くように上衣の袖に触れた。

「今、気づきました。テーブルクロスを巻きつけたときに、服が水気を吸ってこんなに濡れていたとは……」
「心配無用だ。このくらい大したことじゃない」

 言ったそばから、盛大にくしゃみが出た。

「すまん」

 たぶん、飛沫がかかったので一応謝ったが、迫ってくるリッシュモンも悪いと思う。

「すぐに着替えを用意させます」
「今は外に出られないだろう。それに……」

 言いづらいことだが、リッシュモンもすぐに気付いた。

 下着からマントに至るまで、フランス王が身につけるものは、大侍従がすべて管理している。布地の染料に毒物が含まれていないか、縫い目に針が仕込まれていないかを厳重に調べて、問題ない服だけを身につける。事故と暗殺、両方の可能性を含めて、徹底管理されている。

 つまり、私は「出所不明の服」をむやみに着替えることができないのだ。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。 歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。 【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】 ※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。 ※重複投稿しています。 カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614 小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

黄金の檻の高貴な囚人

せりもも
歴史・時代
短編集。ナポレオンの息子、ライヒシュタット公フランツを囲む人々の、群像劇。 ナポレオンと、敗戦国オーストリアの皇女マリー・ルイーゼの間に生まれた、少年。彼は、父ナポレオンが没落すると、母の実家であるハプスブルク宮廷に引き取られた。やがて、母とも引き離され、一人、ウィーンに幽閉される。 仇敵ナポレオンの息子(だが彼は、オーストリア皇帝の孫だった)に戸惑う、周囲の人々。父への敵意から、懸命に自我を守ろうとする、幼いフランツ。しかしオーストリアには、敵ばかりではなかった……。 ナポレオンの絶頂期から、ウィーン3月革命までを描く。 ※カクヨムさんで完結している「ナポレオン2世 ライヒシュタット公」のスピンオフ短編集です https://kakuyomu.jp/works/1177354054885142129 ※星海社さんの座談会(2023.冬)で取り上げて頂いた作品は、こちらではありません。本編に含まれるミステリのひとつを抽出してまとめたもので、公開はしていません https://sai-zen-sen.jp/works/extras/sfa037/01/01.html ※断りのない画像は、全て、wikiからのパブリック・ドメイン作品です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

白薔薇黒薔薇

平坂 静音
歴史・時代
女中のマルゴは田舎の屋敷で、同じ歳の令嬢クララと姉妹のように育った。あるとき、パリで働いていた主人のブルーム氏が怪我をし倒れ、心配したマルゴは家庭教師のヴァイオレットとともにパリへ行く。そこで彼女はある秘密を知る。

処理中です...