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第四章〈オルレアン包囲戦・開戦〉編

4.11 総司令官ソールズベリー伯(3)青い犬の咆哮

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 ソールズベリー伯を狙い撃ちした「謎の狙撃手」は誰かって? そんなことは知らない。
 私が語るこの物語は歴史創作だから、この話は絶対に信じないでほしい。
 今から語るエピソードは、くだらない幻想だ。
 私ももオルレアンにはいなかったのだから。





 少し時間をさかのぼる。
 オルレアン包囲戦が間近に迫り、ドイツに近いシャンパーニュ地方を経由して、フス戦争であぶれた火砲を密輸したら、あやしげな商人がついてきた。フス戦争の激戦地では兵器開発が盛んで、火砲の新しい運用法があるという。

 私はそれまで、火砲とは弓矢の上位互換だと思っていたのだが、商人はメガネをくいっと持ち上げながら、

「精密な飛距離と高度を計測して、正確にターゲットを射撃できれば、過去に例のない超兵器になります」

 自信満々にそんなことを言う。
 ただの商人ではなく武器商人なのかもしれない。
 フス戦争が終わりそうだから、新たな就職先を探しているのだろう。

「詳しい話を聞きたい。名前は?」
「ジャン・ビューローと申します。こっちは弟のガスパール」

 火砲好きとして、ビューロー兄弟のマニアックな話はとてもおもしろかったが、この新しい運用法をまるまる信じていきなり実戦配備することはできない。
 試しに、オルレアンに送る兵站に紛れて新型火砲を1門送り込んだ。
 運用できる人間はごくわずか、実際に使い物になるかは未知数だ。

 試験運用する機会は、意外に早くやってきた。
 デュノワがレ・トゥーレルを放棄すると知り、このチャンスを生かそうと思った。

 イングランド軍総司令官は、オルレアンの町を視察するために必ず最上階の窓辺に立つはずだ。
 試射の目標として、位置も高さも申し分ない。

 お抱えの占星術師から、天体の高度観測に使う振り子付きの四分儀しぶんぎを借りて、目標までの精密な角度と距離を算出。台座に据えた新型火砲、通称・のマズルをレ・トゥーレル最上部中央にある窓に向けて、狙いを定めた。

「風がなくて天気の良い日中なら、予測値の誤差は少ないでしょう」
「天気は大丈夫そうだ。あとは時間だな」

 デュノワが指揮するフランス軍も、ゴークールが指揮する守備隊も、レ・トゥーレルからの撤収に忙しく、またイングランド軍を気にかけているせいか、それ以外の動向——私の隠密行動まで把握している余裕はない。

 フランス軍が撤退した翌日、イングランドがレ・トゥーレルを接収し、その日の夕方に総司令官ソールズベリー伯が入城した。もし夜だったら視界が悪くてうまくいかなかっただろう。
 弾道と威力を計測するため、ビューロー兄弟はそれぞれ別の塔で天文観測中の占星術師のふりをしている。

 日暮れ前、が吠えた。

「やったか!?」

 このセリフは失敗フラグだと言われるが、言わずにいられない。
 柄にもなくたかぶっていた。身分を隠してお忍びで行動しているせいだろうか、開放的な気分になると、つい「王らしくない」言動をしてしまうものだ。

 砲弾を発射した反動で、車輪付きの砲台がみしみしと後ろに下がった。
 重いブロンズの塊だから、わずかな移動でも破壊力がある。
 私は緊張しながら目で弾道を追っていたから反応が一瞬遅れた。

「わわっ!」

 あやうく轢かれかけたが、ギリギリのところでよけた。
 そして、反射的に手を伸ばした。

「あ……」

 手のひらが砲身に触れた。

「あっ……、あっつい!!!」

 一瞬で手を離したが、鋭い痛みが走る。
 じゅうっと焼ける音が聞こえたのは、気のせいだろうか。

「くそっ!」
「何をやっているのですか!」
「えっ……?」

 焼けた手を——、正確には手首をいきなりつかまれた。
 ギクリとして振り返ると、見知った顔が恐ろしい形相で私をつかまえていた。

「リッシュモン……、どうしてここに?」

 焼けた手がじんじん痛むのも忘れて、ぽかんと呆けてしまった。

「あなたこそ、こんな所で何をやっているのですか!!」
「それはこっちが聞きたい! ……うわ、何をするやめr」

 大声に対抗する暇もなく、いきなり体ごと抱きかかえられた。
 脇から背中に手を回して上半身を支え、もう一方の手を両膝の下に差し入れて脚を支えて、私を軽々と抱き上げたのだ。

「なななな何を……」
「話はのちほど。熱傷の手当ては時間が勝負です!」

 何が何だかわからないまま、私はリッシュモンにさらわれてしまった。






(※)第四章〈オルレアン包囲戦・開戦〉編、完結。


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