84 / 126
第四章〈オルレアン包囲戦・開戦〉編
4.11 総司令官ソールズベリー伯(3)青い犬の咆哮
しおりを挟む
ソールズベリー伯を狙い撃ちした「謎の狙撃手」は誰かって? そんなことは知らない。
私が語るこの物語は歴史創作だから、この話は絶対に信じないでほしい。
今から語るエピソードは、くだらない幻想だ。
私もあいつもオルレアンにはいなかったのだから。
*
少し時間をさかのぼる。
オルレアン包囲戦が間近に迫り、ドイツに近いシャンパーニュ地方を経由して、フス戦争であぶれた火砲を密輸したら、あやしげな商人がついてきた。フス戦争の激戦地では兵器開発が盛んで、火砲の新しい運用法があるという。
私はそれまで、火砲とは弓矢の上位互換だと思っていたのだが、商人はメガネをくいっと持ち上げながら、
「精密な飛距離と高度を計測して、正確にターゲットを射撃できれば、過去に例のない超兵器になります」
自信満々にそんなことを言う。
ただの商人ではなく武器商人なのかもしれない。
フス戦争が終わりそうだから、新たな就職先を探しているのだろう。
「詳しい話を聞きたい。名前は?」
「ジャン・ビューローと申します。こっちは弟のガスパール」
火砲好きとして、ビューロー兄弟のマニアックな話はとてもおもしろかったが、この新しい運用法をまるまる信じていきなり実戦配備することはできない。
試しに、オルレアンに送る兵站に紛れて新型火砲を1門送り込んだ。
運用できる人間はごくわずか、実際に使い物になるかは未知数だ。
試験運用する機会は、意外に早くやってきた。
デュノワがレ・トゥーレルを放棄すると知り、このチャンスを生かそうと思った。
イングランド軍総司令官は、オルレアンの町を視察するために必ず最上階の窓辺に立つはずだ。
試射の目標として、位置も高さも申し分ない。
お抱えの占星術師から、天体の高度観測に使う振り子付きの四分儀を借りて、目標までの精密な角度と距離を算出。台座に据えた新型火砲、通称・青い犬のマズルをレ・トゥーレル最上部中央にある窓に向けて、狙いを定めた。
「風がなくて天気の良い日中なら、予測値の誤差は少ないでしょう」
「天気は大丈夫そうだ。あとは時間だな」
デュノワが指揮するフランス軍も、ゴークールが指揮する守備隊も、レ・トゥーレルからの撤収に忙しく、またイングランド軍を気にかけているせいか、それ以外の動向——私の隠密行動まで把握している余裕はない。
フランス軍が撤退した翌日、イングランドがレ・トゥーレルを接収し、その日の夕方に総司令官ソールズベリー伯が入城した。もし夜だったら視界が悪くてうまくいかなかっただろう。
弾道と威力を計測するため、ビューロー兄弟はそれぞれ別の塔で天文観測中の占星術師のふりをしている。
日暮れ前、青い犬が吠えた。
「やったか!?」
このセリフは失敗フラグだと言われるが、言わずにいられない。
柄にもなく昂っていた。身分を隠してお忍びで行動しているせいだろうか、開放的な気分になると、つい「王らしくない」言動をしてしまうものだ。
砲弾を発射した反動で、車輪付きの砲台がみしみしと後ろに下がった。
重いブロンズの塊だから、わずかな移動でも破壊力がある。
私は緊張しながら目で弾道を追っていたから反応が一瞬遅れた。
「わわっ!」
あやうく轢かれかけたが、ギリギリのところでよけた。
そして、反射的に手を伸ばした。
「あ……」
手のひらが砲身に触れた。
「あっ……、あっつい!!!」
一瞬で手を離したが、鋭い痛みが走る。
じゅうっと焼ける音が聞こえたのは、気のせいだろうか。
「くそっ!」
「何をやっているのですか!」
「えっ……?」
焼けた手を——、正確には手首をいきなりつかまれた。
ギクリとして振り返ると、見知った顔が恐ろしい形相で私をつかまえていた。
「リッシュモン……、どうしてここに?」
焼けた手がじんじん痛むのも忘れて、ぽかんと呆けてしまった。
「あなたこそ、こんな所で何をやっているのですか!!」
「それはこっちが聞きたい! ……うわ、何をするやめr」
大声に対抗する暇もなく、いきなり体ごと抱きかかえられた。
脇から背中に手を回して上半身を支え、もう一方の手を両膝の下に差し入れて脚を支えて、私を軽々と抱き上げたのだ。
「なななな何を……」
「話はのちほど。熱傷の手当ては時間が勝負です!」
何が何だかわからないまま、私はリッシュモンにさらわれてしまった。
(※)第四章〈オルレアン包囲戦・開戦〉編、完結。
私が語るこの物語は歴史創作だから、この話は絶対に信じないでほしい。
今から語るエピソードは、くだらない幻想だ。
私もあいつもオルレアンにはいなかったのだから。
*
少し時間をさかのぼる。
オルレアン包囲戦が間近に迫り、ドイツに近いシャンパーニュ地方を経由して、フス戦争であぶれた火砲を密輸したら、あやしげな商人がついてきた。フス戦争の激戦地では兵器開発が盛んで、火砲の新しい運用法があるという。
私はそれまで、火砲とは弓矢の上位互換だと思っていたのだが、商人はメガネをくいっと持ち上げながら、
「精密な飛距離と高度を計測して、正確にターゲットを射撃できれば、過去に例のない超兵器になります」
自信満々にそんなことを言う。
ただの商人ではなく武器商人なのかもしれない。
フス戦争が終わりそうだから、新たな就職先を探しているのだろう。
「詳しい話を聞きたい。名前は?」
「ジャン・ビューローと申します。こっちは弟のガスパール」
火砲好きとして、ビューロー兄弟のマニアックな話はとてもおもしろかったが、この新しい運用法をまるまる信じていきなり実戦配備することはできない。
試しに、オルレアンに送る兵站に紛れて新型火砲を1門送り込んだ。
運用できる人間はごくわずか、実際に使い物になるかは未知数だ。
試験運用する機会は、意外に早くやってきた。
デュノワがレ・トゥーレルを放棄すると知り、このチャンスを生かそうと思った。
イングランド軍総司令官は、オルレアンの町を視察するために必ず最上階の窓辺に立つはずだ。
試射の目標として、位置も高さも申し分ない。
お抱えの占星術師から、天体の高度観測に使う振り子付きの四分儀を借りて、目標までの精密な角度と距離を算出。台座に据えた新型火砲、通称・青い犬のマズルをレ・トゥーレル最上部中央にある窓に向けて、狙いを定めた。
「風がなくて天気の良い日中なら、予測値の誤差は少ないでしょう」
「天気は大丈夫そうだ。あとは時間だな」
デュノワが指揮するフランス軍も、ゴークールが指揮する守備隊も、レ・トゥーレルからの撤収に忙しく、またイングランド軍を気にかけているせいか、それ以外の動向——私の隠密行動まで把握している余裕はない。
フランス軍が撤退した翌日、イングランドがレ・トゥーレルを接収し、その日の夕方に総司令官ソールズベリー伯が入城した。もし夜だったら視界が悪くてうまくいかなかっただろう。
弾道と威力を計測するため、ビューロー兄弟はそれぞれ別の塔で天文観測中の占星術師のふりをしている。
日暮れ前、青い犬が吠えた。
「やったか!?」
このセリフは失敗フラグだと言われるが、言わずにいられない。
柄にもなく昂っていた。身分を隠してお忍びで行動しているせいだろうか、開放的な気分になると、つい「王らしくない」言動をしてしまうものだ。
砲弾を発射した反動で、車輪付きの砲台がみしみしと後ろに下がった。
重いブロンズの塊だから、わずかな移動でも破壊力がある。
私は緊張しながら目で弾道を追っていたから反応が一瞬遅れた。
「わわっ!」
あやうく轢かれかけたが、ギリギリのところでよけた。
そして、反射的に手を伸ばした。
「あ……」
手のひらが砲身に触れた。
「あっ……、あっつい!!!」
一瞬で手を離したが、鋭い痛みが走る。
じゅうっと焼ける音が聞こえたのは、気のせいだろうか。
「くそっ!」
「何をやっているのですか!」
「えっ……?」
焼けた手を——、正確には手首をいきなりつかまれた。
ギクリとして振り返ると、見知った顔が恐ろしい形相で私をつかまえていた。
「リッシュモン……、どうしてここに?」
焼けた手がじんじん痛むのも忘れて、ぽかんと呆けてしまった。
「あなたこそ、こんな所で何をやっているのですか!!」
「それはこっちが聞きたい! ……うわ、何をするやめr」
大声に対抗する暇もなく、いきなり体ごと抱きかかえられた。
脇から背中に手を回して上半身を支え、もう一方の手を両膝の下に差し入れて脚を支えて、私を軽々と抱き上げたのだ。
「なななな何を……」
「話はのちほど。熱傷の手当ては時間が勝負です!」
何が何だかわからないまま、私はリッシュモンにさらわれてしまった。
(※)第四章〈オルレアン包囲戦・開戦〉編、完結。
36
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
上意討ち人十兵衛
工藤かずや
歴史・時代
本間道場の筆頭師範代有村十兵衛は、
道場四天王の一人に数えられ、
ゆくゆくは道場主本間頼母の跡取りになると見られて居た。
だが、十兵衛には誰にも言えない秘密があった。
白刃が怖くて怖くて、真剣勝負ができないことである。
その恐怖心は病的に近く、想像するだに震えがくる。
城中では御納戸役をつとめ、城代家老の信任も厚つかった。
そんな十兵衛に上意討ちの命が降った。
相手は一刀流の遣い手・田所源太夫。
だが、中間角蔵の力を借りて田所を斬ったが、
上意討ちには見届け人がついていた。
十兵衛は目付に呼び出され、
二度目の上意討ちか切腹か、どちらかを選べと迫られた。
江戸の夕映え
大麦 ふみ
歴史・時代
江戸時代にはたくさんの随筆が書かれました。
「のどやかな気分が漲っていて、読んでいると、己れもその時代に生きているような気持ちになる」(森 銑三)
そういったものを選んで、小説としてお届けしたく思います。
同じ江戸時代を生きていても、その暮らしぶり、境遇、ライフコース、そして考え方には、たいへんな幅、違いがあったことでしょう。
しかし、夕焼けがみなにひとしく差し込んでくるような、そんな目線であの時代の人々を描ければと存じます。
永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
出撃!特殊戦略潜水艦隊
ノデミチ
歴史・時代
海の狩人、潜水艦。
大国アメリカと短期決戦を挑む為に、連合艦隊司令山本五十六の肝入りで創設された秘匿潜水艦。
戦略潜水戦艦 伊号第500型潜水艦〜2隻。
潜水空母 伊号第400型潜水艦〜4隻。
広大な太平洋を舞台に大暴れする連合艦隊の秘密兵器。
一度書いてみたかったIF戦記物。
この機会に挑戦してみます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる