7番目のシャルル、聖女と亡霊の声

しんの(C.Clarté)

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第四章〈オルレアン包囲戦・開戦〉編

4.3 フランス軍の編成(2)ラ・イルとザントライユ

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 そんなわけで、フランス軍の総司令官はデュノワだが、実質的な指揮官はブサック元帥といえる。

 傭兵部隊を率いるのはラ・イルとザントライユだ。
 二人はともにガスコーニュ出身で、私が王太子だったころから仕えている傭兵だが、昔から非常に仲が悪く、フランス軍を代表する問題児だった。

 ラ・イルはボージェの戦いで、禁止されている略奪をやらかしたあげく、足を負傷して後遺症が残った。引退かと思われたが、「このくらいがちょうどいいハンデだ」などとフカシをこき、剣を杖代わりに足を引きずりながら今も元気に戦場を駆け回っている。

 ザントライユは、ラ・イルに比べればだいぶ常識人だが、たびたび敵方の捕虜になり、しれっと私に身代金の支払いを請求してくる。弱いからつかまるのではなく、味方陣営に帰るつもりがなぜか敵方に帰陣し、その結果、捕虜になる。
 すさまじい方向音痴のせいだというが、そんなバカなことがあるか!
 もしかしたらイングランドのスパイではないかと疑ったこともあるが、身代金を払ってもお釣りが返ってくるくらい戦果を上げる。忠誠心の高さは申し分なく、傭兵たちからの人望もあつい。何より、乱暴者のラ・イルを手懐けることのできる唯一の人間だった。

 同郷の腐れ縁だとかで、二人はつねにいがみ合っているにもかかわらず、共闘させるとめちゃくちゃ強かった。ラ・イルがついていることで、ザントライユの方向音痴に歯止めがかかる効果もある。

 それから、オルレアン包囲戦に先立ち、アラン・シャルティエが締結した「古き同盟」、スコットランドも大規模な援軍を送ってくれた。
 フランス軍の弓兵は扱いやすいが威力に欠けるクロスボウが主流で、イングランド軍の弓兵は練度の高いロングボウを扱う。スコットランド軍はイングランドと同じくロングボウを使うから、フランス軍の弱みを補うことが期待できる。

 ……フランス軍の弱点を放置しているわけではないのだが、私が推進する火砲の運用法はいまだ未完成だった。

 砲兵隊が実用に足るまで、スコットランド軍に花を持たせるのも悪くない。
 戦勝して、長男ルイとスコットランド王女の縁談に弾みをつけたい。

 オルレアンの町も、常駐する守備隊のほかに独自に傭兵を集めていた。

 騎士道の慣習として、領主が捕虜になり不在の領地を攻撃することは禁じられている。だから、オルレアン公(シャルル・ドルレアン)を長年幽閉しているイングランドに対して、オルレアンの民衆は日頃から不満を持っていた。その上、町が次の攻撃目標になったと聞いて、人々は猛烈に怒った。

 オルレアンのような大都市の包囲戦は、双方ともに消耗戦になる。長く苦しい戦いだ。
 しかし、はじめから戦いを放棄して無抵抗で降伏・臣従した場合、侵略者は寛大な態度を示すことで自尊心を満足させるので、町も民衆もそれほど損害を受けない。にもかかわらず、オルレアンの人々はリスクを負ってでも戦う選択肢を選んだ。イングランドへの反発がそれほどまでに強かった。

 オルレアンの危機と覚悟が知れ渡ると、デュノワの戦友でもあるデストートヴィル修道院長の呼びかけで、いくつかの教会では有志の十字軍を募って派遣してくれることになった。
 信仰あつき聖職者は、普段は温厚に見えても、案外「武闘派」が多いのだ。

 包囲される町は、敵軍に囲まれて「陸の孤島」になる。
 籠城・防衛する側と、包囲・攻撃する側。
 戦闘の勝敗も大事だが、それ以上に消耗戦を耐え忍び、補給を持ち堪えた方が勝者になる。

 前回で、イングランド軍の総司令官ソールズベリー伯と比べて、若いデュノワは見劣りすると書いたが、必ずしもフランス軍が劣勢とは思わない。モン・サン=ミシェルの戦いで勝利した経験がきっと役に立つだろう。






(※)年齢表記があるとイメージしやすいので、ときどき注釈をつけます。ちなみに、ラ・イルとザントライユはどちらも38歳。

▼フランス軍
シャルル七世:25歳
デュノワ伯:25歳(包囲戦中に26歳になる)
クレルモン伯:27歳
リッシュモン大元帥:35歳
ブサック元帥:53歳

▼イングランド軍
ベッドフォード公:39歳
ソールズベリー伯:40歳
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