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第四章〈オルレアン包囲戦・開戦〉編

4.2 フランス軍の編成(1)総司令官デュノワとブサック元帥

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 オルレアン公が不在だから弟のデュノワが名代を務める。
 とはいえ、デュノワは嫡流ではない。
 相続権のない異母弟の庶子にすぎず、その上、まだ25歳の若い騎士だ。

 これまでの戦績は、リッシュモンの大元帥就任と引き換えに半ば人質としてブルターニュに行き、独断でモン・サン=ミシェル防衛に加勢し、その功績に報いて人質の役目から解放され、帰還する途中でイングランド占領下のメーヌに寄り道して、地元民をそそのかして散発的な反乱を起こしながら帰ってきた。なんて奴だ!

 子供の頃に約束した「ジャンの武勇伝」を聞くのは、格別におもしろい。

 だが、冷静に分析すると、デュノワの戦い方は、事前に敵を定めないで状況に応じて臨機応変に戦う、自由度の高い「遊撃戦」が多い。
 総司令官として、少なくとも数千以上におよぶ正規軍を率いて、大規模な作戦を遂行するのは今回が初めてのことで、将としての指揮能力は未知数だ。

 対するイングランド軍の総司令官は、ソールズベリー伯だ。
 先代イングランド王ヘンリー五世が百年戦争を再開した最初の戦い——アルフルール包囲戦をはじめ、アジャンクール、ボージェ、クラヴァン、ヴェルヌイユの戦いなど、フランス侵攻のほとんどに参戦している。歴戦の40歳だ。

 ボージェの戦いで敗走したときに、ヘンリー五世の弟でベッドフォード公の兄であるクラレンス公が戦死したことを根に持ち、フランス侵攻と打倒シャルル七世を強力に推し進めている。

 近年はノルマンディーに駐留してアンジューを攻めていたが、ブルターニュを敵に回すのは得策ではないと考えたのだろう。

 新たな目標を、領主不在のオルレアンに定めた。

 実は、イングランドがオルレアンを攻撃するのは初めてではない。ヘンリー五世が一度だけ包囲を試み、数日で撤退したことがある。リベンジのつもりなのか、今回はよほど自信があると見える。

 フランス軍総司令官、デュノワ伯は25歳。
 イングランド軍総司令官、ソールズベリー伯は40歳。

 年齢とこれまでの戦績を比べると、デュノワが見劣りするのは否めない。
 私は幼なじみを高く評価しているが、王として、戦況のすべてをゆだねる訳にはいかない。

 当然ながら、フランス軍から補佐役をつける。
 私は、リッシュモンの推薦で叙勲したばかりのブサック元帥を呼んだ。

「オルレアンに行き、デュノワ伯を補佐してほしい」

 大元帥のリッシュモンが不在なので、フランス軍の序列では最高位だ。
 53歳はそろそろ老将に差し掛かる年齢だが、デュノワの若さを補うのにちょうどいい。若輩および庶子・私生児という身分を見下して、命令を聞かない兵もいるだろうから、ブサックに睨みを聞かせてほしいのだ。

「……」

 ところが、当のブサックが渋い顔をして黙り込んでいる。

「不服か?」
「…………」
「意見があるなら聞こう」
「………………」
の旗下につくのは嫌か?」
「………………心配じゃ」
「何がだ?」
「……………………元帥に就くときに、ある条件を仰せつかっておりますゆえ」

 初耳だ。
 私はブサックを元帥に叙勲するときに、条件などつけていない。

「条件とは何のことだ?」
「……陛下の御身をお守りすること」
「今は、オルレアンを守ってほしいのだが」
「…………陛下のそばから絶対に離れるなと仰せつかっております」
「だから、オルレアンには行きたくないと?」
「………………」

 老将は、こくりとうなずいた。

(そういうことか)

 事情が読めた。
 ブサックを元帥に推挙するときにリッシュモンがそういう条件を出したのだろう。宮廷からしばらく離れることを見越して、目付け役を置いていったということか。

「貴公を元帥に推薦したのは、確かにリッシュモンだが」

 義理堅いのは美徳だが、ブサックはひとつ勘違いをしている。

「貴公が仕えているのはリッシュモンではない。私だろう?」
「……」
「ならば、リッシュモンの頼みごとよりも、私の頼みごとを優先するのが筋ではないか?」
「…………」
「もう一度言う。オルレアンに行き、デュノワ伯を補佐してほしい」
「………………」
「デュノワは私の幼なじみで唯一の親友だ。経験豊富な貴公を見込んで頼んでいる。どうかデュノワとオルレアンを守ってやってくれ」

 ブサックは長い沈黙の後、苦渋の表情でうなずいた。

「………………御意」

 やれやれだ。
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