7番目のシャルル、聖女と亡霊の声

しんの(C.Clarté)

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第四章〈オルレアン包囲戦・開戦〉編

4.1 理屈屋と復讐者の戦い

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 読者諸氏の時代で「オルレアン」といえば、百年戦争中にイングランド軍に包囲され、ジャンヌ・ダルクによって救われた町として知られている。
 フランス中央部を流れるロワール川中流の北岸に臨む古都で、パリがあるセーヌ川と運河で結ばれている交通の要衝でもある。

 ヴェルヌイユの戦い以来、戦場の中心はロワール川の下流——イングランドの軍事拠点があるノルマンディー、私が少年時代に養育されたアンジュー、そしてブルターニュだった。
 ヴェルヌイユの敗戦でメーヌを奪われたものの、あれから三年間、ロワール川を境界とする勢力図に大きな変化はない。以前、デュノワが「フランスは防戦一方だ」と嘆いていたが、私はもともと北部に攻め上がる意欲がないから、今の均衡状態はよくやっている方だと思う。

 しかし、イングランドは相変わらず好戦的で、特にベッドフォード公は虎視眈々とフランス南部侵攻を狙っている。

 ブルゴーニュ公フィリップは領地経営を重視していて、侵攻する意思は薄いようだが、イングランドとの同盟と父・無怖公殺しの報復を果たすために「シャルル七世暗殺計画」に余念がない。
 まるで私が一方的に悪いみたいだが、元を正せば、無怖公が当時の王弟オルレアン公を殺したせいでフランスが内乱状態に陥ったことを忘れている。

 誰もがみんな、都合の悪い過去を忘れて、都合の良い大義を掲げて戦っている。

 各地の戦況や誰かの訃報をたくさん聞きすぎたのか、最近は怒りや哀しみを通り越して、この世界そのものにうんざりしている。

「どうしたらこの戦いが終わるんだろうな」
「勝てばいいんですよ」

 諦観たっぷりのひとりごとに、幼なじみの側近が答えた。

「イングランドもブルゴーニュも、きっと同じことを思っているよ」
「俺は絶対に負けません!」

 そう言って、自信満々に胸を張る。
 デュノワは子供の頃から騎士志望だった。
 勇敢な武闘派に見えて、本当はいろいろ考えていることも知っている。
 亡き王弟オルレアン公の庶子で、現在のオルレアン公の異母兄はロンドン塔にいまだ幽閉されているから、デュノワが名代としてオルレアン防衛を指揮する。

「頼りにしているよ」
「御意!」

 内心では「死なせたくないなぁ」と思いながら、王らしく力強い激励を添えて送り出す。デュノワが……、幼なじみのジャンが戦死した知らせが届いたら、私の心はどうなるだろう。怒りと悲しみと諦観の先には何がある? いや、そんな景色は知りたくない。

(長引く戦争を終わらせるなら、私個人の首を差し出すのが一番手っ取り早い)

 頭の片隅で、いつもそんなことを考えている。
 しかし、この世は複雑怪奇で、理屈どおりに進むことはめったにない。

 ベッドフォード公の野心は兄譲りだし、ブルゴーニュ公の復讐心は父譲り。はっきり言ってどっちも私怨だ。
 もし、「私の命をやるから手を引け」と言ったら、彼らの野心と復讐心は鎮まるのだろうか。喜ぶかもしれないが、むしろ火に油を注いでエスカレートする気もする。こういう冷めた態度が、ますます彼らの負の感情をかき立てるのだろう。

 私は長男ルイに、父の因縁を引き継いで欲しくないと思っている。
 だから、英仏・百年戦争は私の代で終わりにする。
 勝っても負けてもどっちでもいい。
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