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第三章〈大元帥と大侍従〉編
3.6 リッシュモンの妻(2)
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間に入って仲裁すべきか、もう少し話の行方を見守るべきか、判断に迷う。
どうしようかとデュノワに視線を送ると、やや逡巡してから困ったように肩をすくめた。
デュノワは機転のきく優れた騎士だが、政略の機微を察するのはあまり得意ではない。
「わたくしが見捨てられた……? 笑止千万だわ」
マルグリット・ド・ブルゴーニュは口元に手をやると高笑いした。
流行りの悪役令嬢とはこんな感じかと、ある意味感心した。
ありし日の母妃イザボー・ド・バヴィエールを彷彿したが、王太子妃時代に母から王妃教育を受けたのかも知れない。
「公爵夫人の境遇を思うと、高慢な振る舞いはみじめさを掻き立てますね」
「ジル様、言い過ぎですよ」
「すみません」
侍女にいさめられて、ジル・ド・レは取り囲む面子を見回しながら謝罪を口にしたが、口角に下卑たゆがみが浮かんでいる。
「ああ……、本当にごめんなさい。せっかく陛下がいらっしゃるのに!」
堪えきれなくなったのか、体を捻って大笑いし始めた。
声を引き攣らせてひいひい悶絶するさまは、先ほど、私に応対した時のミステリアスな若い紳士風の振る舞いとは大違いで、下品な醜悪さを感じる。
「ほら、さっき僕は祖父似だと申し上げたでしょう? ギーじいちゃんは良くも悪くも昔気質の領主で、通りすがりにそそられたいい女を突然さらってくる悪い癖がありました。高貴な血筋を誇りにしている、若くて高慢な貴婦人をけがすことがたいそう好みでしてね。ようするに、僕はあなたみたいな女性が大好物なんです。思い出すなぁ……。じいちゃんを面罵して神に救済を祈る令嬢の鼻先に、膨張した逸物を突きつけたときのあの顔ときたら……」
笑いすぎて目の端ににじんだ涙をぬぐいながら、「失礼」と咳払いした。
「その人がどうなったかはご想像にお任せします。僕としては、ああいう悪癖は今の時代に合わないから直した方がいいと思っています。ですが、あなたみたいな人を……、王太子妃だったことが忘れられなくて未練タラタラな貴婦人をわからせるには、痛みと屈辱を与えるのが一番効果的なんじゃないかぁと……思ったりして……」
ジルは、私の顔色をうかがうと「冗談です」と言い繕った。気勢が削がれたようだ。
間に割って入る好機と察して、一歩進み出た。
「美しい貴婦人を前に、緊張をほぐそうとして裏目に出た。そうだろう?」
「ええ、おっしゃる通りです」
ジルは眉尻を下げてばつの悪そうな表情を浮かべながら、一歩下がり、私に通り道を開けた。
「半分は、陛下のおっしゃる通り」
「半分?」
「思いがけず、陛下にお会いできて緊張してるんです。場を和ませようとして失敗しました」
ジルは悪戯をとがめられた悪ガキのようにぺろっと舌を出すと、あらためて「非礼をお詫びします」と言い添えて、右手を胸に、左手を外側に広げて武器を持っていない、つまり敵意がないことを示し、うやうやしく頭を下げた。
マルグリットの背後に控える侍女も、右手を胸の下にあてがい、左手でドレスの端をつまんでお辞儀をした。
「あれ……?」
その姿に、見覚えがあるような気がした。
「油断しないでください」
デュノワがすっと顔を寄せて、「あいつ、武器を隠し持っています」と耳打ちした。
「後ろにいる女にも気をつけて……」
思考がめまぐるしく駆けめぐる。
私は表情を変えずに、親しみを込めて声をかけた。
「確か、カトリーヌ・ド・トレーヌだったかな」
大侍従ジョルジュ・ド・ラ・トレモイユの二番目の妻である。
「覚えておいででしたか」
「なぜここに?」
「夫がわたくしを置いて前妻の墓参りに行ってしまいましたので、公爵夫人と旧交をあたために参った次第です」
ぎくりとしたが、平静を保ちながら話を続けた。
「ああ、機嫌を悪くさせたなら申し訳ない。私が墓参を勧めてしまったせいだ」
「恐れ多いことです。わたくしは何も気にしてませんし、陛下のご配慮も、夫の想いも心得ております」
ラ・トレモイユと結婚する前は、ピエール・ド・ジアックの妻でもあった。
ジアックの最初の妻が亡くなった後、愛人から妻に昇格した。いわくつきの女性だ。
さらにその前は、若かりしジアックが当時主君だったブルゴーニュ無怖公に愛人として献上したと聞く。
王侯貴族の政略の駒として、さまざまな事柄を「心得ている」のだろう。どう考えても只者ではない。
「私に免じて、大侍従を責めないでやってくれ」
「元よりそのつもりでございます。高貴な血筋の方々にさからうことはできませんから」
ジアックの妻殺しに関わっているかはわからないが、複雑な経歴の持ち主だ。
上昇婚を繰り返して、今の地位におさまっている。
次期王妃である王太子妃から、元家臣のリッシュモン伯爵夫人になったマルグリットとは正反対だ。
「わたくしはただ、現在の大侍従の妻として、夫のいない間に、大元帥閣下の奥方と親交を深めようと思ったまで。互いの夫が不仲でも、妻たちまでいがみ合う必要はありませんから」
殊勝なことを言う。
彼女の言い分に同意するが、根拠のない違和感がつきまとう。
ジル・ド・レも、カトリーヌ・ド・トレーヌも、元王太子妃を相手にしても怯まないどころか、何か脅迫をしていたところへ、私が来てしまったかのような——?
「夫は……、リッシュモン大元帥は不在です」
「そのようだね」
マルグリットが会話に入ってきた。
「陛下ご自身がいらっしゃったのですから、あなたがたにこの城の見取り図を明け渡す必要はないわね?」
ジルは困ったようにカトリーヌを見やり、カトリーヌは諦めた様子で「どうぞご随意に」と引き下がった。
「ここは私がリッシュモンにあずけた城だ。見取り図ならすでにある」
「地政学的にも戦術的にも、シノン城はロワール川流域でもっとも堅牢な城砦です。イングランドとの決戦が迫ったときに、陛下のご意志でいつでも入城できるように、夫はすべての隠し部屋と隠し通路を調べ尽くして新たな見取り図を作成しました」
他人を介さず、直接私に渡したかったが、近頃は大侍従をはじめとする政敵に阻まれて近づけない。
一計を案じてこんな回りくどい手段を取ったようだ。私は内心で「コルネイユのことを教えておけばよかったか」と思ったが、あまり多くの人間に知られてしまうと秘密通信の意味がなくなってしまう。
「大侍従には黙っておいてほしい」
「仰せのままに」
念のため、口止めを命じた。本当に従うかどうかまではわからない。
ラ・トレモイユ不在の隙にここへ来たが、大侍従を出し抜いたと思ったのは間違いだったようだ。
私に言われるまま、前妻の墓参に向かったと見せかけて、ラ・トレモイユは後妻カトリーヌを先回りさせていたのだから。
どうしようかとデュノワに視線を送ると、やや逡巡してから困ったように肩をすくめた。
デュノワは機転のきく優れた騎士だが、政略の機微を察するのはあまり得意ではない。
「わたくしが見捨てられた……? 笑止千万だわ」
マルグリット・ド・ブルゴーニュは口元に手をやると高笑いした。
流行りの悪役令嬢とはこんな感じかと、ある意味感心した。
ありし日の母妃イザボー・ド・バヴィエールを彷彿したが、王太子妃時代に母から王妃教育を受けたのかも知れない。
「公爵夫人の境遇を思うと、高慢な振る舞いはみじめさを掻き立てますね」
「ジル様、言い過ぎですよ」
「すみません」
侍女にいさめられて、ジル・ド・レは取り囲む面子を見回しながら謝罪を口にしたが、口角に下卑たゆがみが浮かんでいる。
「ああ……、本当にごめんなさい。せっかく陛下がいらっしゃるのに!」
堪えきれなくなったのか、体を捻って大笑いし始めた。
声を引き攣らせてひいひい悶絶するさまは、先ほど、私に応対した時のミステリアスな若い紳士風の振る舞いとは大違いで、下品な醜悪さを感じる。
「ほら、さっき僕は祖父似だと申し上げたでしょう? ギーじいちゃんは良くも悪くも昔気質の領主で、通りすがりにそそられたいい女を突然さらってくる悪い癖がありました。高貴な血筋を誇りにしている、若くて高慢な貴婦人をけがすことがたいそう好みでしてね。ようするに、僕はあなたみたいな女性が大好物なんです。思い出すなぁ……。じいちゃんを面罵して神に救済を祈る令嬢の鼻先に、膨張した逸物を突きつけたときのあの顔ときたら……」
笑いすぎて目の端ににじんだ涙をぬぐいながら、「失礼」と咳払いした。
「その人がどうなったかはご想像にお任せします。僕としては、ああいう悪癖は今の時代に合わないから直した方がいいと思っています。ですが、あなたみたいな人を……、王太子妃だったことが忘れられなくて未練タラタラな貴婦人をわからせるには、痛みと屈辱を与えるのが一番効果的なんじゃないかぁと……思ったりして……」
ジルは、私の顔色をうかがうと「冗談です」と言い繕った。気勢が削がれたようだ。
間に割って入る好機と察して、一歩進み出た。
「美しい貴婦人を前に、緊張をほぐそうとして裏目に出た。そうだろう?」
「ええ、おっしゃる通りです」
ジルは眉尻を下げてばつの悪そうな表情を浮かべながら、一歩下がり、私に通り道を開けた。
「半分は、陛下のおっしゃる通り」
「半分?」
「思いがけず、陛下にお会いできて緊張してるんです。場を和ませようとして失敗しました」
ジルは悪戯をとがめられた悪ガキのようにぺろっと舌を出すと、あらためて「非礼をお詫びします」と言い添えて、右手を胸に、左手を外側に広げて武器を持っていない、つまり敵意がないことを示し、うやうやしく頭を下げた。
マルグリットの背後に控える侍女も、右手を胸の下にあてがい、左手でドレスの端をつまんでお辞儀をした。
「あれ……?」
その姿に、見覚えがあるような気がした。
「油断しないでください」
デュノワがすっと顔を寄せて、「あいつ、武器を隠し持っています」と耳打ちした。
「後ろにいる女にも気をつけて……」
思考がめまぐるしく駆けめぐる。
私は表情を変えずに、親しみを込めて声をかけた。
「確か、カトリーヌ・ド・トレーヌだったかな」
大侍従ジョルジュ・ド・ラ・トレモイユの二番目の妻である。
「覚えておいででしたか」
「なぜここに?」
「夫がわたくしを置いて前妻の墓参りに行ってしまいましたので、公爵夫人と旧交をあたために参った次第です」
ぎくりとしたが、平静を保ちながら話を続けた。
「ああ、機嫌を悪くさせたなら申し訳ない。私が墓参を勧めてしまったせいだ」
「恐れ多いことです。わたくしは何も気にしてませんし、陛下のご配慮も、夫の想いも心得ております」
ラ・トレモイユと結婚する前は、ピエール・ド・ジアックの妻でもあった。
ジアックの最初の妻が亡くなった後、愛人から妻に昇格した。いわくつきの女性だ。
さらにその前は、若かりしジアックが当時主君だったブルゴーニュ無怖公に愛人として献上したと聞く。
王侯貴族の政略の駒として、さまざまな事柄を「心得ている」のだろう。どう考えても只者ではない。
「私に免じて、大侍従を責めないでやってくれ」
「元よりそのつもりでございます。高貴な血筋の方々にさからうことはできませんから」
ジアックの妻殺しに関わっているかはわからないが、複雑な経歴の持ち主だ。
上昇婚を繰り返して、今の地位におさまっている。
次期王妃である王太子妃から、元家臣のリッシュモン伯爵夫人になったマルグリットとは正反対だ。
「わたくしはただ、現在の大侍従の妻として、夫のいない間に、大元帥閣下の奥方と親交を深めようと思ったまで。互いの夫が不仲でも、妻たちまでいがみ合う必要はありませんから」
殊勝なことを言う。
彼女の言い分に同意するが、根拠のない違和感がつきまとう。
ジル・ド・レも、カトリーヌ・ド・トレーヌも、元王太子妃を相手にしても怯まないどころか、何か脅迫をしていたところへ、私が来てしまったかのような——?
「夫は……、リッシュモン大元帥は不在です」
「そのようだね」
マルグリットが会話に入ってきた。
「陛下ご自身がいらっしゃったのですから、あなたがたにこの城の見取り図を明け渡す必要はないわね?」
ジルは困ったようにカトリーヌを見やり、カトリーヌは諦めた様子で「どうぞご随意に」と引き下がった。
「ここは私がリッシュモンにあずけた城だ。見取り図ならすでにある」
「地政学的にも戦術的にも、シノン城はロワール川流域でもっとも堅牢な城砦です。イングランドとの決戦が迫ったときに、陛下のご意志でいつでも入城できるように、夫はすべての隠し部屋と隠し通路を調べ尽くして新たな見取り図を作成しました」
他人を介さず、直接私に渡したかったが、近頃は大侍従をはじめとする政敵に阻まれて近づけない。
一計を案じてこんな回りくどい手段を取ったようだ。私は内心で「コルネイユのことを教えておけばよかったか」と思ったが、あまり多くの人間に知られてしまうと秘密通信の意味がなくなってしまう。
「大侍従には黙っておいてほしい」
「仰せのままに」
念のため、口止めを命じた。本当に従うかどうかまではわからない。
ラ・トレモイユ不在の隙にここへ来たが、大侍従を出し抜いたと思ったのは間違いだったようだ。
私に言われるまま、前妻の墓参に向かったと見せかけて、ラ・トレモイユは後妻カトリーヌを先回りさせていたのだから。
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