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第三章〈大元帥と大侍従〉編
3.2 シノン城(1)
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個人的に、家政夫と護衛官を兼ね備えた「大侍従」の役目は、デュノワ伯ジャンの方がふさわしいと思っている。
「ラ・トレモイユについてどう思う?」
「どちらかというと、俺は大元帥派です」
いつのまにか、宮廷では派閥が出来上がっているらしい。
かつてのブルゴーニュ派とアルマニャック派の宮廷闘争を思い出して、憂鬱な気分になる。
「怖くないか?」
「全然。むしろカッコイイと思ってます」
「意外だな。リッシュモンが大元帥になったばかりの頃、ジャンにつらく当たったことがあったのに」
「そんなことありましたっけ?」
とぼけているのか、能天気なのか。
「どちらかというと、大侍従のほうが得体が知れなくて怖いです」
確かに、一理ある。
家臣の結婚に口を挟むつもりはないが、いくつか気になることがあった。
ベリー公夫人の死後、ラ・トレモイユの後妻におさまったのは、先だってリッシュモンに処刑されたジアックの元妻だ。
ジアックは愛人と結婚するために前妻をむごい方法で殺害し、事故死を偽装した。リッシュモンが事件性を突き止めて告発・断罪し、ジアックも罪を認めた。
苦い結末だが、事件は解決した……と誰もが思っていた。
ラ・トレモイユから後妻カトリーヌ・ド・トレーヌを紹介されるまでは。
(ただの偶然だろうか)
ジアックもラ・トレモイユも、妻を亡くした直後にカトリーヌと結婚した。
得体の知れない不安を感じるのは、私が疑り深いせいだろうか。
(陰謀が進んでいるとしたら、狙いは何だろう?)
ラ・トレモイユ夫妻は、婚姻の誓いと同時にフランス王家に忠誠を誓い、カトリーヌは王妃マリー・ダンジューの侍女に採用された。
夫ジョルジュは若き王の大侍従として、妻カトリーヌは王妃の侍女として側仕えする。
普通なら、ラ・トレモイユ夫妻の忠誠心に感動するのかもしれないが、私はますます不信感を募らせた。
(まるで宮廷の中に蜘蛛の巣がはびこり、少しずつ侵食されているかのような……。考えすぎだろうか)
最近、ラ・トレモイユはリッシュモンを宮廷から遠ざけている。
私とリッシュモンの不仲を察して気を利かせているのか、他に理由があるのか、誰の意志でやっているのか。
リッシュモンの処刑も辞さない強引さは目に余るが、繋がりが切れてしまう前に、私はデュノワを連れてリッシュモンの居城に向かっていた。
「ロンドンの宮廷で内紛が起きているらしいですよ」
馬を並べて、最近の情勢について駄弁りながら進んだ。
「護国卿と大司教の仲が悪くて、ヘンリー六世の前でも口汚く罵り合っているそうで」
イングランドの護国卿はベッドフォード公の弟だ。
英仏二重王国では、幼君ヘンリー六世が成人するまで、叔父で摂政ベッドフォードがパリを、護国卿がロンドンを統治することになっている。
「口げんかを通り越して、互いの髪をむしり合っているとか」
「むしり合い……」
「大司教は初めから剃髪しているし、護国卿が一方的に禿げ散らかしているのでしょうねぇ」
ジャンは「いい見世物だな!」と軽口を叩き、やや意地悪そうに笑っている。
噂話がどこまで本当かわからないが、ベッドフォード公がロンドンの宮廷を仲裁するために帰国したのは事実だ。
パリにいるのは私の母・王太后イザボー・ド・バヴィエールのみ。あの人は権力と快楽のためなら何でもするが、戦争や政争を左右する才覚はない。近ごろは美貌も衰え、新たな愛人を囲うことも難しくなった。豊満を通り越した肥満体を持て余し、お気に入りの侍女と好みの侍従を乱行させて見物するのが唯一の楽しみ……などという悪趣味な噂も伝わっている。
「はっ、笑っている場合じゃない!」
パリを防衛する守備隊はこれ以上ないほど手薄で、宮廷は堕落しきっている。
「ベッドフォード公が不在の今こそ、パリ奪還の好機なのでは?」
期待を込めた目で私を見つめている。
この幼なじみは、子供の頃から前線で戦いたくてうずうずしているのだ。
しかし私はきっぱりと「お金がない」と断言した。
「またそうやって資金のせいにしてごまかす!」
「まじめな話なんだけどな~」
「戦わなきゃいけない時もあるんですよ」
ジャンは不満そうだが、誤魔化しているのではなく事実だ。
包囲戦は莫大な戦費がかかる。パリ包囲となればなおさらだ。都市の外周を取り囲む兵士の数、武器弾薬、食料や水、疫病対策、その他もろもろ、単純な戦力だけでは測れない。夢を見るのはタダだが、君主は現実を見なければならない。
「先日のトーナメント見ました? 俺、結構実力あるんですけどね……」
ジャンは穏やかな性格だが好戦的で、実力を証明したいと切望している。
「いつも観戦してるし、ジャンは実力者だと思っているよ」
「本気で言ってます? 社交辞令じゃなく?」
「いざと言うときに頼りになると思ってる。だからこそ、今日もこうして連れてきているんじゃないか」
そうは言ったものの、ジャンは護衛よりも実戦を経験したいと望んでいることも知っている。物事には順番がある。そう遠くないうちに願いは叶うだろう。
宮廷の内紛はイングランドだけではない。「シャルル七世の宮廷」では大元帥と大侍従の内紛が起きている。今のところ、リッシュモンとラ・トレモイユが髪をむしり合っている現場は見ていないが、あの二人は表立って喧嘩するタイプではない。リッシュモンはいわゆる悪・即・斬タイプで、ラ・トレモイユには裏の顔がある。
「ジャンのことは信頼しているよ」
秘密の外出中なのでデュノワと呼ばないようにしている。
私のことを王、陛下と呼ぶのも禁止だ。
「従兄弟で幼なじみだから、というだけでなく実力もね。だからここへ連れてきた」
視線の先にリッシュモンがいる居城シノン城が見えてきた。
ブルターニュの白地の旗が見えないが、ここで間違いないはずだ。
「ラ・トレモイユについてどう思う?」
「どちらかというと、俺は大元帥派です」
いつのまにか、宮廷では派閥が出来上がっているらしい。
かつてのブルゴーニュ派とアルマニャック派の宮廷闘争を思い出して、憂鬱な気分になる。
「怖くないか?」
「全然。むしろカッコイイと思ってます」
「意外だな。リッシュモンが大元帥になったばかりの頃、ジャンにつらく当たったことがあったのに」
「そんなことありましたっけ?」
とぼけているのか、能天気なのか。
「どちらかというと、大侍従のほうが得体が知れなくて怖いです」
確かに、一理ある。
家臣の結婚に口を挟むつもりはないが、いくつか気になることがあった。
ベリー公夫人の死後、ラ・トレモイユの後妻におさまったのは、先だってリッシュモンに処刑されたジアックの元妻だ。
ジアックは愛人と結婚するために前妻をむごい方法で殺害し、事故死を偽装した。リッシュモンが事件性を突き止めて告発・断罪し、ジアックも罪を認めた。
苦い結末だが、事件は解決した……と誰もが思っていた。
ラ・トレモイユから後妻カトリーヌ・ド・トレーヌを紹介されるまでは。
(ただの偶然だろうか)
ジアックもラ・トレモイユも、妻を亡くした直後にカトリーヌと結婚した。
得体の知れない不安を感じるのは、私が疑り深いせいだろうか。
(陰謀が進んでいるとしたら、狙いは何だろう?)
ラ・トレモイユ夫妻は、婚姻の誓いと同時にフランス王家に忠誠を誓い、カトリーヌは王妃マリー・ダンジューの侍女に採用された。
夫ジョルジュは若き王の大侍従として、妻カトリーヌは王妃の侍女として側仕えする。
普通なら、ラ・トレモイユ夫妻の忠誠心に感動するのかもしれないが、私はますます不信感を募らせた。
(まるで宮廷の中に蜘蛛の巣がはびこり、少しずつ侵食されているかのような……。考えすぎだろうか)
最近、ラ・トレモイユはリッシュモンを宮廷から遠ざけている。
私とリッシュモンの不仲を察して気を利かせているのか、他に理由があるのか、誰の意志でやっているのか。
リッシュモンの処刑も辞さない強引さは目に余るが、繋がりが切れてしまう前に、私はデュノワを連れてリッシュモンの居城に向かっていた。
「ロンドンの宮廷で内紛が起きているらしいですよ」
馬を並べて、最近の情勢について駄弁りながら進んだ。
「護国卿と大司教の仲が悪くて、ヘンリー六世の前でも口汚く罵り合っているそうで」
イングランドの護国卿はベッドフォード公の弟だ。
英仏二重王国では、幼君ヘンリー六世が成人するまで、叔父で摂政ベッドフォードがパリを、護国卿がロンドンを統治することになっている。
「口げんかを通り越して、互いの髪をむしり合っているとか」
「むしり合い……」
「大司教は初めから剃髪しているし、護国卿が一方的に禿げ散らかしているのでしょうねぇ」
ジャンは「いい見世物だな!」と軽口を叩き、やや意地悪そうに笑っている。
噂話がどこまで本当かわからないが、ベッドフォード公がロンドンの宮廷を仲裁するために帰国したのは事実だ。
パリにいるのは私の母・王太后イザボー・ド・バヴィエールのみ。あの人は権力と快楽のためなら何でもするが、戦争や政争を左右する才覚はない。近ごろは美貌も衰え、新たな愛人を囲うことも難しくなった。豊満を通り越した肥満体を持て余し、お気に入りの侍女と好みの侍従を乱行させて見物するのが唯一の楽しみ……などという悪趣味な噂も伝わっている。
「はっ、笑っている場合じゃない!」
パリを防衛する守備隊はこれ以上ないほど手薄で、宮廷は堕落しきっている。
「ベッドフォード公が不在の今こそ、パリ奪還の好機なのでは?」
期待を込めた目で私を見つめている。
この幼なじみは、子供の頃から前線で戦いたくてうずうずしているのだ。
しかし私はきっぱりと「お金がない」と断言した。
「またそうやって資金のせいにしてごまかす!」
「まじめな話なんだけどな~」
「戦わなきゃいけない時もあるんですよ」
ジャンは不満そうだが、誤魔化しているのではなく事実だ。
包囲戦は莫大な戦費がかかる。パリ包囲となればなおさらだ。都市の外周を取り囲む兵士の数、武器弾薬、食料や水、疫病対策、その他もろもろ、単純な戦力だけでは測れない。夢を見るのはタダだが、君主は現実を見なければならない。
「先日のトーナメント見ました? 俺、結構実力あるんですけどね……」
ジャンは穏やかな性格だが好戦的で、実力を証明したいと切望している。
「いつも観戦してるし、ジャンは実力者だと思っているよ」
「本気で言ってます? 社交辞令じゃなく?」
「いざと言うときに頼りになると思ってる。だからこそ、今日もこうして連れてきているんじゃないか」
そうは言ったものの、ジャンは護衛よりも実戦を経験したいと望んでいることも知っている。物事には順番がある。そう遠くないうちに願いは叶うだろう。
宮廷の内紛はイングランドだけではない。「シャルル七世の宮廷」では大元帥と大侍従の内紛が起きている。今のところ、リッシュモンとラ・トレモイユが髪をむしり合っている現場は見ていないが、あの二人は表立って喧嘩するタイプではない。リッシュモンはいわゆる悪・即・斬タイプで、ラ・トレモイユには裏の顔がある。
「ジャンのことは信頼しているよ」
秘密の外出中なのでデュノワと呼ばないようにしている。
私のことを王、陛下と呼ぶのも禁止だ。
「従兄弟で幼なじみだから、というだけでなく実力もね。だからここへ連れてきた」
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