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第0章〈正義の目覚め〉編・改
0.21 ラ・ロシェル落下事件(1)王太子死す
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リッシュモンは故郷のブルターニュへ戻ると、噛み付くような勢いで兄に面会した。
「どうした? 縁談が気に入らないのか?」
王侯貴族は政略結婚するのが一般的で、早ければ10歳以下で結婚するのも珍しくない。リッシュモンは未婚で29歳を迎え、婚約者もいなかった。虜囚だったとはいえ、貴族男性としては遅い方だ。
「ベッドフォード公はずいぶん焦っているようだ。イングランド、ブルゴーニュ、ブルターニュの縁組で結束を固めようとしている」
リッシュモンの相手はブルゴーニュ公フィリップの姉で、初婚ではなかった。
「兄上は、ヨランド・ダラゴンを介して王太子と同盟すると思っていました」
「交渉中だ。ブルターニュに有利な条件を引き出すために駆け引きしている」
王太子は結婚したばかりで、政略結婚に使える身内はいない。
婚姻政策で対抗するには圧倒的に不利だった。
強いて言えば、マリー・ダンジューと結婚することで、賢夫人として名高いヨランド・ダラゴンを義母に引き込んだ。
「私はね、イングランドにも王太子にも『いい顔』をしていたいんだ」
兄・ブルターニュ賢明公のしたたかさを目の当たりにして、リッシュモンは不満そうに腕組みした。
「先日、王太子に会った」
「どちらで?」
「ラ・ロシェル要塞に向かう途中だ。遠くから見ただけだがね」
「王太子が唯一所有する軍港でしたか」
「よく知っているな」
「たまたまです。ブルターニュからも近いですから」
たびたびラ・ロシェルを訪問する理由は、対イングランドの結束を固めると同時に、ブルターニュ近郊を行軍することで、どっちつかずなブルターニュ公を牽制する意味もあった。
「イングランドが監視しているから、王太子軍を素通りさせるわけにいかなくてね。ちょっとした小競り合いになってブルターニュ軍が負けた」
ブルターニュ公は負け戦について楽しそうに語って聞かせた。
「言っておくが、ブルターニュ軍が弱いわけじゃないぞ。破裂音が聞こえて、軍馬が怯えるから近づけなかったんだ」
「破裂音ということは、火砲を撃たれたのですか?」
「弾は飛んでこなかったから損害はない。……どうだ、おもしろいだろう?」
ブルターニュ公は、弟の内心を探るように見つめた。
「興味深い話です」
「ふふふ、機嫌が治ったようだな」
そう指摘されて、リッシュモンは無言で視線をそらした。
弟の子供じみた仏頂面を微笑ましく見守りながら、ブルターニュ公は自分なりの王太子評を結論づけた。
「噂では、王太子は内気で臆病な怠け者だと聞いていたが、想像よりも勝気な性格をしていると見える。アルテュールも一度会ってみるといい。印象ががらっと変わるぞ」
リッシュモンは何か言いたげだったが、「機会があればそうします」と無難に答えた。
*
見せかけの戦闘をやり過ごすと、王太子軍はまっすぐラ・ロシェルに向かった。
大西洋に面した唯一の軍港を守るため、私は特別に目をかけていた。いつものように要塞を視察して、趣味と威嚇を兼ねた大砲の試射を済ませると、大広間に案内された。
王太子が議会に参加するとあって、町を代表する議員の他にもおおぜいの傍聴者が殺到していた。
「彼らは全員、王太子殿下の支持者です」
「そうか。大義である」
気さくに手をあげて応えると、上座の中央にある玉座に腰を下ろした。
大広間はぎゅう詰めで、秋も半ばすぎだと言うのに汗ばむほど暑い。
床がみしみしと音を立てていた。
10月10日、ラ・ロシェルの大広間の床が突然崩落した。
床が抜けるだけで済まず、階下の天井までもが崩れて、その場にいた全員が瓦礫とともに階下に投げ出された。
轟音と悲鳴と土煙が、瞬く間にラ・ロシェルを覆い、王太子を含む多数の死傷者が出たという知らせがフランス中をかけめぐった。
「どうした? 縁談が気に入らないのか?」
王侯貴族は政略結婚するのが一般的で、早ければ10歳以下で結婚するのも珍しくない。リッシュモンは未婚で29歳を迎え、婚約者もいなかった。虜囚だったとはいえ、貴族男性としては遅い方だ。
「ベッドフォード公はずいぶん焦っているようだ。イングランド、ブルゴーニュ、ブルターニュの縁組で結束を固めようとしている」
リッシュモンの相手はブルゴーニュ公フィリップの姉で、初婚ではなかった。
「兄上は、ヨランド・ダラゴンを介して王太子と同盟すると思っていました」
「交渉中だ。ブルターニュに有利な条件を引き出すために駆け引きしている」
王太子は結婚したばかりで、政略結婚に使える身内はいない。
婚姻政策で対抗するには圧倒的に不利だった。
強いて言えば、マリー・ダンジューと結婚することで、賢夫人として名高いヨランド・ダラゴンを義母に引き込んだ。
「私はね、イングランドにも王太子にも『いい顔』をしていたいんだ」
兄・ブルターニュ賢明公のしたたかさを目の当たりにして、リッシュモンは不満そうに腕組みした。
「先日、王太子に会った」
「どちらで?」
「ラ・ロシェル要塞に向かう途中だ。遠くから見ただけだがね」
「王太子が唯一所有する軍港でしたか」
「よく知っているな」
「たまたまです。ブルターニュからも近いですから」
たびたびラ・ロシェルを訪問する理由は、対イングランドの結束を固めると同時に、ブルターニュ近郊を行軍することで、どっちつかずなブルターニュ公を牽制する意味もあった。
「イングランドが監視しているから、王太子軍を素通りさせるわけにいかなくてね。ちょっとした小競り合いになってブルターニュ軍が負けた」
ブルターニュ公は負け戦について楽しそうに語って聞かせた。
「言っておくが、ブルターニュ軍が弱いわけじゃないぞ。破裂音が聞こえて、軍馬が怯えるから近づけなかったんだ」
「破裂音ということは、火砲を撃たれたのですか?」
「弾は飛んでこなかったから損害はない。……どうだ、おもしろいだろう?」
ブルターニュ公は、弟の内心を探るように見つめた。
「興味深い話です」
「ふふふ、機嫌が治ったようだな」
そう指摘されて、リッシュモンは無言で視線をそらした。
弟の子供じみた仏頂面を微笑ましく見守りながら、ブルターニュ公は自分なりの王太子評を結論づけた。
「噂では、王太子は内気で臆病な怠け者だと聞いていたが、想像よりも勝気な性格をしていると見える。アルテュールも一度会ってみるといい。印象ががらっと変わるぞ」
リッシュモンは何か言いたげだったが、「機会があればそうします」と無難に答えた。
*
見せかけの戦闘をやり過ごすと、王太子軍はまっすぐラ・ロシェルに向かった。
大西洋に面した唯一の軍港を守るため、私は特別に目をかけていた。いつものように要塞を視察して、趣味と威嚇を兼ねた大砲の試射を済ませると、大広間に案内された。
王太子が議会に参加するとあって、町を代表する議員の他にもおおぜいの傍聴者が殺到していた。
「彼らは全員、王太子殿下の支持者です」
「そうか。大義である」
気さくに手をあげて応えると、上座の中央にある玉座に腰を下ろした。
大広間はぎゅう詰めで、秋も半ばすぎだと言うのに汗ばむほど暑い。
床がみしみしと音を立てていた。
10月10日、ラ・ロシェルの大広間の床が突然崩落した。
床が抜けるだけで済まず、階下の天井までもが崩れて、その場にいた全員が瓦礫とともに階下に投げ出された。
轟音と悲鳴と土煙が、瞬く間にラ・ロシェルを覆い、王太子を含む多数の死傷者が出たという知らせがフランス中をかけめぐった。
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