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第0章〈正義の目覚め〉編・改
0.23 シャルル六世崩御(1)
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ラ・ロシェル落下事件から11日後、さらなる衝撃がフランス全土を駆け巡った。
1422年10月21日。
イングランド王ヘンリー五世の急死から二ヶ月も経たないうちに、フランス王シャルル六世が崩御したのだ。
「えらいことになったぞ……」
兄王の遺言でイングランド摂政になったばかりのベッドフォード公ジョン・オブ・ランカスターは頭を抱えていた。
近年、イングランドは北フランスを中心に支配地域を急速に拡大した。
しかし、ヘンリー五世の急死、幼君ヘンリー六世の擁立など、不幸・不運の連続でランカスター王家の支配力は弱まり、ベッドフォード公はロンドンの宮廷とパリの宮廷の間で奔走していた。
この短期間に、ベッドフォード公が背負わされた重責とストレスは想像を絶するものがある。
敵ではあるが、心から同情を申し上げたい。
「狂人王め! どうせ死ぬなら、あと2ヶ月早く死んでくれれば良かったものを……!」
トロワ条約では、私こと王太子シャルルを廃嫡する代わりに「フランス王シャルル六世の死後、その王位は息子ヘンリーが継承する」と定められた。
つまり、シャルル六世が先に死ぬことを前提にした条文だったのだ。
予想に反して、ヘンリー五世が先に死んだために、条約の根幹が揺らいでいた。
真偽はわからないが、ヘンリーは死の間際に「非道な条約を結んだことを告白し、司祭の前で贖罪した」という話まで流れていた。
「与太話を信じるな。トロワ条約は今も有効に決まっている! とにかく、シャルルに先を越されてはならない!」
ベッドフォード公の行動は早かった。
シャルル六世崩御から一日明けた10月22日、英仏連合王国の君主としてヘンリー六世がフランス王に即位したことを宣言した。
フランス風に言うならば、フランス王国ランカストル王朝の始まりである。
***
一方その頃、私はロワール川流域にあるメアン=シュル=イェーヴル城で父の死を知らされると、城内の礼拝堂にこもって喪に服した。
父と再会・和解するどころか、死に目に立ち会うことも、追悼ミサに参列することも叶わなかった。
せめて、神の御元にいる父の冥福を祈り、祈りを通じて思慕の念を伝えたいと思った。
他人が私をどう評価しようが、私の本心は私が一番よく知っている。
二度と対話ができないならば、祈る以外に何ができるというのだろう。
父王シャルル六世崩御から九日後の10月30日。
私は黒衣を脱ぐと青紫色のローブを身につけ、フランス王シャルル七世として即位した。
歴代フランス王は、シャンパーニュ地方ランスにあるノートルダム大聖堂で聖別式をおこなうのが慣わしだったが、当時はイングランド支配下にあり、私には手の届かない場所だった。
ところが——
「聖堂はランス以外にもございます」
思いがけないことに、ランスの大司教ルニョー・ド・シャルトルは危険を承知ではるばる私に会いに来た。
「神の思し召しは、私たち人間には到底計り知れません。困難な時代ですが、できることをしましょう。陛下……」
こうして私は、ベリー地方ブールジュにあるサンテティエンヌ大聖堂で戴冠式をおこない、半年前に結婚したマリー・ダンジュー妃とともに玉座についた。
「若くて未熟な王」を象徴するかのように、この日のサンテティエンヌ大聖堂は真新しいがまだ未完成だった。
「新・国王陛下万歳!」
1422年10月末、北仏と南仏に二人のフランス王が誕生した。
ヘンリー六世——ランカストル王朝・初代国王アンリ二世は一歳にも満たない赤ん坊で、私ことヴァロワ王朝・第五代国王シャルル七世は19歳だった。
***
父王シャルル六世の葬列は、王としてはかなり寂しいものだった。
王家の霊廟サンドニ大聖堂まで付き従ったのは、礼拝堂付き司祭と告解聴聞僧、そして数えるほどの役人だけだったという。
王都パリの人々は、「狂王」または「親愛王」と呼ばれた王の葬列を憐れみのまなざしで見送った。
「……その生まれによって、我らの君主たる気高く優れたフランス王・六番目のシャルルの魂をば、神よ、慈悲をもって受け取りたまえ」
葬列と埋葬に立ち会ったベッドフォード公が、司祭の祈りの言葉を継いだ。
「次代の王冠はヘンリーに授けられた。神の恩寵により、フランスおよびイングランドに君臨するヘンリー王こそが我らの君主である!」
父王は10人の子を授かった。
私の異母妹で、侍女オデット・ド・シャンディベールが生んだ庶子マルグリットを含めれば11人である。
そのうち、6人が父より先に死別し、4人が生き残り、異母妹は行方不明になっていた。
父王は子だくさんだったが、葬列にはその血を受け継いだ王子王女はひとりもおらず、未亡人となった母妃イザボー・ド・バヴィエールも姿を見せなかった。
1422年10月21日。
イングランド王ヘンリー五世の急死から二ヶ月も経たないうちに、フランス王シャルル六世が崩御したのだ。
「えらいことになったぞ……」
兄王の遺言でイングランド摂政になったばかりのベッドフォード公ジョン・オブ・ランカスターは頭を抱えていた。
近年、イングランドは北フランスを中心に支配地域を急速に拡大した。
しかし、ヘンリー五世の急死、幼君ヘンリー六世の擁立など、不幸・不運の連続でランカスター王家の支配力は弱まり、ベッドフォード公はロンドンの宮廷とパリの宮廷の間で奔走していた。
この短期間に、ベッドフォード公が背負わされた重責とストレスは想像を絶するものがある。
敵ではあるが、心から同情を申し上げたい。
「狂人王め! どうせ死ぬなら、あと2ヶ月早く死んでくれれば良かったものを……!」
トロワ条約では、私こと王太子シャルルを廃嫡する代わりに「フランス王シャルル六世の死後、その王位は息子ヘンリーが継承する」と定められた。
つまり、シャルル六世が先に死ぬことを前提にした条文だったのだ。
予想に反して、ヘンリー五世が先に死んだために、条約の根幹が揺らいでいた。
真偽はわからないが、ヘンリーは死の間際に「非道な条約を結んだことを告白し、司祭の前で贖罪した」という話まで流れていた。
「与太話を信じるな。トロワ条約は今も有効に決まっている! とにかく、シャルルに先を越されてはならない!」
ベッドフォード公の行動は早かった。
シャルル六世崩御から一日明けた10月22日、英仏連合王国の君主としてヘンリー六世がフランス王に即位したことを宣言した。
フランス風に言うならば、フランス王国ランカストル王朝の始まりである。
***
一方その頃、私はロワール川流域にあるメアン=シュル=イェーヴル城で父の死を知らされると、城内の礼拝堂にこもって喪に服した。
父と再会・和解するどころか、死に目に立ち会うことも、追悼ミサに参列することも叶わなかった。
せめて、神の御元にいる父の冥福を祈り、祈りを通じて思慕の念を伝えたいと思った。
他人が私をどう評価しようが、私の本心は私が一番よく知っている。
二度と対話ができないならば、祈る以外に何ができるというのだろう。
父王シャルル六世崩御から九日後の10月30日。
私は黒衣を脱ぐと青紫色のローブを身につけ、フランス王シャルル七世として即位した。
歴代フランス王は、シャンパーニュ地方ランスにあるノートルダム大聖堂で聖別式をおこなうのが慣わしだったが、当時はイングランド支配下にあり、私には手の届かない場所だった。
ところが——
「聖堂はランス以外にもございます」
思いがけないことに、ランスの大司教ルニョー・ド・シャルトルは危険を承知ではるばる私に会いに来た。
「神の思し召しは、私たち人間には到底計り知れません。困難な時代ですが、できることをしましょう。陛下……」
こうして私は、ベリー地方ブールジュにあるサンテティエンヌ大聖堂で戴冠式をおこない、半年前に結婚したマリー・ダンジュー妃とともに玉座についた。
「若くて未熟な王」を象徴するかのように、この日のサンテティエンヌ大聖堂は真新しいがまだ未完成だった。
「新・国王陛下万歳!」
1422年10月末、北仏と南仏に二人のフランス王が誕生した。
ヘンリー六世——ランカストル王朝・初代国王アンリ二世は一歳にも満たない赤ん坊で、私ことヴァロワ王朝・第五代国王シャルル七世は19歳だった。
***
父王シャルル六世の葬列は、王としてはかなり寂しいものだった。
王家の霊廟サンドニ大聖堂まで付き従ったのは、礼拝堂付き司祭と告解聴聞僧、そして数えるほどの役人だけだったという。
王都パリの人々は、「狂王」または「親愛王」と呼ばれた王の葬列を憐れみのまなざしで見送った。
「……その生まれによって、我らの君主たる気高く優れたフランス王・六番目のシャルルの魂をば、神よ、慈悲をもって受け取りたまえ」
葬列と埋葬に立ち会ったベッドフォード公が、司祭の祈りの言葉を継いだ。
「次代の王冠はヘンリーに授けられた。神の恩寵により、フランスおよびイングランドに君臨するヘンリー王こそが我らの君主である!」
父王は10人の子を授かった。
私の異母妹で、侍女オデット・ド・シャンディベールが生んだ庶子マルグリットを含めれば11人である。
そのうち、6人が父より先に死別し、4人が生き残り、異母妹は行方不明になっていた。
父王は子だくさんだったが、葬列にはその血を受け継いだ王子王女はひとりもおらず、未亡人となった母妃イザボー・ド・バヴィエールも姿を見せなかった。
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