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第0章〈正義の目覚め〉編・改
0.17 ヘンリー五世崩御(2)葬儀
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ヘンリー五世の早すぎる死は、フランスとイングランド両国に波紋を呼んだ。
これより二年前、英仏間で定めたトロワ条約——王太子シャルルの廃嫡と、シャルル六世死後に息子ヘンリー五世がフランス王位を継承するという条約は、老いた父王がヘンリーより先に死ぬことを前提にしていたからだ。
王太子を支持するアルマニャック派は、当初からトロワ条約を否定していたが、ヘンリーの死により「条約は完全に無効になった」と主張した。
神は不当な王位継承を認めない、神罰がくだったのだ、とも。
ロンドンとパリで、ヘンリー五世の追悼ミサが営まれた。
「かわいそうにねぇ」
パリの追悼ミサには、イングランドとブルゴーニュ公を支持するフランス在住の貴族たちが大勢参列した。
弔問にかこつけて、ヘンリーの弟ベッドフォード公の動向を探るためでもある。
「あと少しでフランス王になれたのに。意外とあっけなかったわねぇ」
「イザボー王妃、それは兄に対する嫌味ですか?」
「御愁傷様ね。ただの哀悼よ」
「お気遣い、恐れ入ります」
「ふふ、シャルルの方が悪運が強いのかしら」
イングランド王位は、生まれたばかりのヘンリー六世が継承する。
では、フランス王位の行方は?
「やはり、実子のシャルルに王位を継がせたいと?」
「……心外ね。わたくしはフランス王にもっともふさわしい息子が王位を継承すべきだと考えてますの。残念だけど、シャルルは王の器じゃないわ」
弔問客たちは静かに祈るふりをして耳をそばだてた。
摂政に就任したベッドフォード公は、フランスから手を引くか、否か。
「言われるまでもない」
ベッドフォード公は大聖堂に集まった弔問客を一瞥すると、兄王の遺志を引き継ぎ、積極的にフランス統治を進める旨を告げた。
「王太子の好きにはさせません」
「ふふふ……」
フランス王妃イザボー・ド・バヴィエールは、ベッドフォード公の顔に手を伸ばすと、しなやかな指先で輪郭をつつとなぞり、満足そうに微笑んだ。
「期待してますわよ、摂政殿……」
息子よりも鮮やかな緑の瞳が妖しくきらめいた。
弔問客にも聞こえるように少し声を張り上げて、王太子シャルルの廃嫡とイングランドによるフランス統治を支持すると約束した。
***
「久しぶりだな、リッシュモン伯」
「シャロレー伯」
「今はブルゴーニュ公だよ」
無怖公の息子・ブルゴーニュ公フィリップとリッシュモンは幼なじみだった。
私とデュノワ伯ジャンのゆるやかな主従関係に似ている。
「失礼しました」
「はは、まぁいいさ。私は影が薄いからな」
「そんなことは……」
「そんなことあるさ。父が死んで三年経つが、私も家臣たちもいまだに父を恐れている」
ブルゴーニュ公フィリップはイングランドと同盟を結んでトロワ条約を支持していたが、父ほどフランス統治に関わっていなかった。
「パリは息が詰まる。昔なじみの貴公がいてホッとした」
「私と話していてよろしいのですか。親睦を深めるべき相手がいるでしょうに」
リッシュモンが目配せした先では、王妃イザボーとベッドフォード公があやしげな密談をしている。
「いい。遠慮させてもらう」
ブルゴーニュ公フィリップは、声を潜めて「あれは親睦を深めるというより悪だくみだ」と付け加えた。
そのとき、王妃の指先が伸びてベッドフォード公の頬を撫でた。
「あれが次のターゲットかもしれないな」
「さすがにそれはないでしょう」
「王弟のことを忘れたか? 母を非難した王太子はどうだ?」
二人に気づかれないように、弔問客の中心から離れた。
「淫乱王妃はタブーを犯すことを恐れない。夫である王の弟のみならず、王弟を殺した父まで寵愛したくらいだからな」
ベッドフォード公は33歳で、血のつながらない弟であるリッシュモンは29歳、ブルゴーニュ公フィリップは26歳だ。美貌を誇るといえど52歳の王妃に誘惑されるなど想像したくもないが、まったくありえない話でもなかった。
これより二年前、英仏間で定めたトロワ条約——王太子シャルルの廃嫡と、シャルル六世死後に息子ヘンリー五世がフランス王位を継承するという条約は、老いた父王がヘンリーより先に死ぬことを前提にしていたからだ。
王太子を支持するアルマニャック派は、当初からトロワ条約を否定していたが、ヘンリーの死により「条約は完全に無効になった」と主張した。
神は不当な王位継承を認めない、神罰がくだったのだ、とも。
ロンドンとパリで、ヘンリー五世の追悼ミサが営まれた。
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「イザボー王妃、それは兄に対する嫌味ですか?」
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「お気遣い、恐れ入ります」
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では、フランス王位の行方は?
「やはり、実子のシャルルに王位を継がせたいと?」
「……心外ね。わたくしはフランス王にもっともふさわしい息子が王位を継承すべきだと考えてますの。残念だけど、シャルルは王の器じゃないわ」
弔問客たちは静かに祈るふりをして耳をそばだてた。
摂政に就任したベッドフォード公は、フランスから手を引くか、否か。
「言われるまでもない」
ベッドフォード公は大聖堂に集まった弔問客を一瞥すると、兄王の遺志を引き継ぎ、積極的にフランス統治を進める旨を告げた。
「王太子の好きにはさせません」
「ふふふ……」
フランス王妃イザボー・ド・バヴィエールは、ベッドフォード公の顔に手を伸ばすと、しなやかな指先で輪郭をつつとなぞり、満足そうに微笑んだ。
「期待してますわよ、摂政殿……」
息子よりも鮮やかな緑の瞳が妖しくきらめいた。
弔問客にも聞こえるように少し声を張り上げて、王太子シャルルの廃嫡とイングランドによるフランス統治を支持すると約束した。
***
「久しぶりだな、リッシュモン伯」
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「今はブルゴーニュ公だよ」
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「はは、まぁいいさ。私は影が薄いからな」
「そんなことは……」
「そんなことあるさ。父が死んで三年経つが、私も家臣たちもいまだに父を恐れている」
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リッシュモンが目配せした先では、王妃イザボーとベッドフォード公があやしげな密談をしている。
「いい。遠慮させてもらう」
ブルゴーニュ公フィリップは、声を潜めて「あれは親睦を深めるというより悪だくみだ」と付け加えた。
そのとき、王妃の指先が伸びてベッドフォード公の頬を撫でた。
「あれが次のターゲットかもしれないな」
「さすがにそれはないでしょう」
「王弟のことを忘れたか? 母を非難した王太子はどうだ?」
二人に気づかれないように、弔問客の中心から離れた。
「淫乱王妃はタブーを犯すことを恐れない。夫である王の弟のみならず、王弟を殺した父まで寵愛したくらいだからな」
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