7番目のシャルル、聖女と亡霊の声

しんの(C.Clarté)

文字の大きさ
上 下
16 / 126
第0章〈正義の目覚め〉編・改

0.15 フス戦争

しおりを挟む
 モー包囲戦は、1421年10月6日から1422年5月10日まで。
 7カ月超におよぶ戦闘期間中、フランスとイングランド双方の王家で慶事があった。
 1421年12月6日、ロンドンのウィンザー城でヘンリー五世とキャサリン王妃(カトリーヌ王女)の第一子が生まれた。

「イングランドとフランス両王家の血を引く高貴な若君でございます」
「おめでとうございます!」

 王家の慶事に、イングランド全土と北フランスは沸き立った。
 フランス国王シャルル六世の後を継ぐものが、王太子シャルルだろうとヘンリー五世だろうと、これまではどちらも子がいなかった。英仏王家の血を引く待望の男児——のちのヘンリー六世の誕生である。
 これで、イングランド王のフランス王位継承はさらに盤石となった。

「さっそく祝賀行事と帰国の手配をいたしましょう」
「祝賀はともかく、帰国するつもりはない」
「陛下、今なんと……?」

 王太子誕生を祝うため、ヘンリー五世の側近たちは一時休戦して帰国するように促したが、ヘンリーはモー陥落を見届けるまで戦地に残ることを選んだ。

「オルレアンから三日で退却した上に、さらにモーから退けというのか?」
「ですが、陛下!」
「やかましい。貴公らは、イングランド王に恥をかかせるつもりか」

 念願だったフランス王位と王妃を手に入れて、ヘンリー五世の運は尽きてしまったのだろうか。
 いや、尽きたのは運だけではない。生命の危機がひたひたと忍び寄っていた。

「そう興奮してはお体に障ります……!」
「余を苛立たせているのは、兵たちが不甲斐ないせいではないか!」
「率直に申し上げると、軍隊内で疫病が広まっています。近ごろは陛下の顔色も優れないようですし一度休まれるべきかと!」
「はっ、軟弱者め。余は退かぬぞ。王の顔色をうかがう暇があるなら早くモーを征服するがいい。どんな手段を使っても構わん!」

 もし、ヘンリーが目先の勝利にこだわらずに退却していたならば、英仏・百年戦争の最終結果は違っていたかもしれない。


***


 モー包囲戦の少し前。
 神聖ローマ帝国の一角、ボヘミア王国の首都プラハでフス戦争が勃発していた。
 のちのプロテスタントの前身「フス派」と、神聖ローマ皇帝とローマ教皇の十字軍による宗教戦争である。

 この戦いは、百年戦争と直接関係ないがまったく関係ないわけでもない。

 何より、のちにジャンヌ・ダルクはフス派に対して「とてもジャンヌらしい」内容の手紙を送っている。私もまた側近で詩人のアラン・シャルティエを使って、神聖ローマ皇帝ジギスムント宛てに「フス戦争に関する意見」を奉じた手紙をいくつか送っている。

 過去をおさらいしながら、ごく簡単に触れておこう。

 アジャンクールの戦いの後、皇帝ジギスムントは英仏の調停に乗り出した。
 はじめはフランス王国の肩を持っていたが、イングランドで豪華なもてなしを受けると気が変わったようだ。百年戦争の初期、イングランドがフランスに対抗するために創設したガーター騎士団の一員となり、共闘する約束をしてしまった。

 また、若かりしジギスムントは、ブルゴーニュ無怖公とともに十字軍遠征に参加した戦友でもある。

 「戦友の敵討ち」という理由で、ジギスムント率いるドラゴン騎士団がイングランド・ブルゴーニュ連合軍に参戦する可能性が十分あり得た。実際、フランス王太子領ドーフィネに侵攻する計画を立ててもいた。
 狡猾なヘンリー五世のことだ、ずいぶん前から神聖ローマ帝国を味方につけてフランス侵略計画に巻き込もうと考えていたのだろう。

 だが、現実は計画通りに進むとは限らない。

 皇帝ジギスムントは信仰心が厚く、14世紀後半から続く教会大分裂シスマを解決するためにコンスタンツ公会議を開催した。ローマ教皇を名乗る聖職者が3人もいた時期で、キリスト教徒たちは各派閥に分かれて争っていたのだが、ジギスムントの尽力により教皇をマルティヌス五世に統一することで合意した。

 ジギスムントの献身は、ローマ教会と教皇から高く評価された
 その一方で、教会大分裂から再統一までの空騒ぎを批判する者も多かった。

 プラハ大学の学長ヤン・フスはそんなひとりで、ジギスムントは「ぜひ、学長の意見を聞かせて欲しい」と言ってコンスタンツ公会議に招いたが、それは罠であった。
 ヤン・フスの演説と論文は異端宣告を受けて焚書となり、73日間にわたる拷問の末、首を鎖で杭に巻きつけて火刑に処された。

 フスの支持者たちは、もともと教会に批判的だったが、師のむごすぎる最期を知ると怒りの声を上げ、皇帝と教皇の卑劣さを糾弾した。
 かくして、神聖ローマ皇帝ジギスムントとローマ教皇マルティヌス五世は、フス派を殲滅するために十字軍を編成し、フス戦争が勃発したのであった。

 ジギスムントからすれば、イングランドの王位簒奪やフランス王位の継承問題よりも、皇帝と教皇にさからう異端者を討伐する方がはるかに優先度が高い。他国に介入する余裕はなくなった。

 もし、イングランド王とブルゴーニュ公に加えて、さらに神聖ローマ皇帝までもが敵に回っていたとしたら、私は西海岸と北部と東部から攻められて三正面作戦を強いられていた。

 フス戦争の勃発は、ヘンリー五世のフランス侵攻計画にとって誤算であっただろうし、私はこの戦いのおかげで命拾いをしたといえる。


***


 もうひとつの慶事について書き忘れていた。

 1422年4月22日、モーが陥落する直前。
 王太子シャルルと婚約者マリー・ダンジューはついに婚姻の儀を執り行った。
 婚約期間9年を経て、私たちはやっと正式な夫婦になったのだ。
 私は19歳で、マリーは18歳の誕生日を迎える前だった。
 私たちが一度別れてから結婚に至るまでのいきさつは、機会があったらお話しようと思う。







(※)ちなみに、デュノワ伯ジャンも1422年4月に結婚しています。いくら仲良し幼なじみだからって結婚する日程まで合わせなくても・笑
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

日本が危機に?第二次日露戦争

歴史・時代
2023年2月24日ロシアのウクライナ侵攻の開始から一年たった。その日ロシアの極東地域で大きな動きがあった。それはロシア海軍太平洋艦隊が黒海艦隊の援助のために主力を引き連れてウラジオストクを離れた。それと同時に日本とアメリカを牽制する為にロシアは3つの種類の新しい極超音速ミサイルの発射実験を行った。そこで事故が起きた。それはこの事故によって発生した戦争の物語である。ただし3発も間違えた方向に飛ぶのは故意だと思われた。実際には事故だったがそもそも飛ばす場所をセッティングした将校は日本に向けて飛ばすようにセッティングをわざとしていた。これは太平洋艦隊の司令官の命令だ。司令官は黒海艦隊を支援するのが不服でこれを企んだのだ。ただ実際に戦争をするとは考えていなかったし過激な思想を持っていた為普通に海の上を進んでいた。 なろう、カクヨムでも連載しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

処理中です...