上 下
7 / 126
第0章〈正義の目覚め〉編・改

0.6 リッシュモンとフランス宮廷(2)

しおりを挟む
 ブルゴーニュ無怖公が失脚し、王太子がリッシュモンを正騎士に叙任した同じ年。
 10歳の末弟シャルルとマリー・ダンジューの婚約が決まった。おそらく、反ブルゴーニュ勢力の結束を固めるため、そして幼い私の身辺を守るための政略だろう。婚約を名目に、私はアンジュー公夫妻に預けられることになった。
 アンジェ城到着に合わせて、王太子から祝いの贈り物が届いた。私はアンジュー公妃ヨランド・ダラゴンに連れられて使者アルテュール・ド・リッシュモンと対面した。

「公妃もお人が悪い」
「あら、何のことかしら」
「王子がすでにご滞在されているとは聞いてませんでした」

 私は王家の末弟だから、王位を継承するとは見なされていなかった。
 フランス王家と関わりの深いサン・ドニの聖職者の記録によると、父王は末王子に関心がなく、母妃イザボーは権力と縁のなさそうな子を冷遇していた。
 物心がつく前、母を追いかけて湖に向かう途中で、ブルゴーニュ公に誘拐されたときも、母は私を案じるどころか湖畔で王弟と相引きしていた。
 兄の王太子はそのことを嘆き、何度か母と衝突していたらしいが、リッシュモンはどこまで知っていただろう。

「申し遅れました。私はブルターニュ公の弟、アルテュール・ド・リッシュモン伯と申します」

 私とリッシュモンの浅からぬ関係を思うと、この時点で出会っていたことは奇跡だ。
 無怖公がリッシュモンを宮廷へ送り込み、王太子がリッシュモンを気に入って正騎士に叙任し、無怖公が失脚し、私とマリーが婚約すると贈り物が届いた。王太子に仕える者はごまんといるだろうに、よりによってこの男が使者に選ばれたのだから。

「王太子殿下から王子へ手紙を預かってまいりました」
「兄上から?!」

 後年のことを思うと、この時のリッシュモンはずいぶん優しかった。
 私が幼かったからだろうか。

「字は読めますか?」
「うん!」
「では、私が読み上げるよりも、王子が手づから読んだ方が感動もひとしおでしょうから、どうぞお受け取りください」

 私は10歳になったばかりで、礼拝堂の長椅子に腰掛けるとわくわくしながら封蝋を破り、手紙を開封した。
 兄の手紙は子供には少し難しかったが、私は自分が忘れられていなかったことが嬉しかった。

「王子、どうされましたか」
「えっ……」

 確かに嬉しかったはずなのに、ふいに切ない感情がこみ上げてきて、気がつくと涙が流れていたらしい。リッシュモンはヨランドとの会話を中断すると、膝をついて私の頬をぬぐった。ヨランドも異変に気づき、優しく寄り添ってくれた。

「リッシュモン伯、王太子殿下からの書簡には何が書かれていたのですか」
「内容は把握してません。プライベートな話でしょうから立ち入ったことまでは……」

 私は鼻をすすりながら、ふるふると首を横に振った。

「何でもない。兄上からの手紙が嬉しかったから」

 本心だったが、ふたりは私の心に巣食う孤独を感じ取ったのだろう。
 ヨランドはリッシュモンを引き止め、リッシュモンは帰還を先延ばしにすると、「シャルル王子の兄・王太子の名代」という口実で婚約披露宴まで付き合ってくれた。

「すばらしい祝宴でした。王太子殿下に『王子は健やかにご成長している』とお伝えします」
「もちろん兄上にも感謝しているけれど、あなたにも御礼を言わせてほしい」

 別れの挨拶を交わしながら、私は礼を伝え、遠征先での武運を祈った。
 今にして思えば、峻厳な性格のリッシュモンが優しい気遣いを見せた貴重な一幕だった。きっとあの男にも、兄の手紙を心待ちにしてひそかに涙を流した日があったのだろう。

 初対面では10歳と20歳だったが、次に会うのは11年後である。

 おそらく、この時のリッシュモンは、私を通じて幼いころの自分の面影を見たのだろう。私もまたリッシュモンに兄の面影を重ねていたのかもしれない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)
歴史・時代
15世紀、狂王と淫妃の間に生まれた10番目の子が王位を継ぐとは誰も予想しなかった。兄王子の連続死で、不遇な王子は14歳で王太子となり、没落する王国を背負って死と血にまみれた運命をたどる。「恩人ジャンヌ・ダルクを見捨てた暗愚」と貶される一方で、「建国以来、戦乱の絶えなかった王国にはじめて平和と正義と秩序をもたらした名君」と評価されるフランス王シャルル七世の少年時代の物語。 歴史に残された記述と、筆者が受け継いだ記憶をもとに脚色したフィクションです。 【カクヨムコン7中間選考通過】【アルファポリス第7回歴史・時代小説大賞、読者投票4位】【講談社レジェンド賞最終選考作】 ※表紙絵は離雨RIU(@re_hirame)様からいただいたファンアートを使わせていただいてます。 ※重複投稿しています。 カクヨム:https://kakuyomu.jp/works/16816927859447599614 小説家になろう:https://ncode.syosetu.com/n9199ey/

追放された王太子のひとりごと 〜7番目のシャルル étude〜

しんの(C.Clarté)
歴史・時代
救国の英雄ジャンヌ・ダルクが現れる数年前。百年戦争は休戦中だったが、フランス王シャルル六世の発狂で王国は内乱状態となり、イングランド王ヘンリー五世は再び野心を抱く。 兄王子たちの連続死で、末っ子で第五王子のシャルルは14歳で王太子となり王都パリへ連れ戻された。父王に統治能力がないため、王太子は摂政(国王代理)である。重責を背負いながら宮廷で奮闘していたが、母妃イザボーと愛人ブルゴーニュ公に命を狙われ、パリを脱出した。王太子は、逃亡先のシノン城で星空に問いかける。 ※「7番目のシャルル」シリーズの原型となった習作です。 ※小説家になろうとカクヨムで重複投稿しています。 ※表紙と挿絵画像はPicrew「キミの世界メーカー」で作成したイラストを加工し、イメージとして使わせていただいてます。

嵐大好き☆ALSお母さんの闘病と終活

しんの(C.Clarté)
エッセイ・ノンフィクション
アイドル大好き♡ミーハーお母さんが治療法のない難病ALSに侵された! ファンブログは闘病記になり、母は心残りがあると叫んだ。 「死ぬ前に聖地に行きたい」 モネの生地フランス・ノルマンディー、嵐のロケ地・美瑛町。 車椅子に酸素ボンベをくくりつけて聖地巡礼へ旅立った直後、北海道胆振東部大地震に巻き込まれるアクシデント発生!! 進行する病、近づく死。無茶すぎるALSお母さんの闘病は三年目の冬を迎えていた。 ※NOVELDAYSで重複投稿しています。 https://novel.daysneo.com/works/cf7d818ce5ae218ad362772c4a33c6c6.html

ローマ教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝

しんの(C.Clarté)
歴史・時代
ノーベル文学賞作家アナトール・フランスの著書「ジャンヌ・ダルクの生涯(Vie de Jeanne d'Arc, 1908)」全文翻訳プロジェクトです。原著は1922年にローマ教皇庁の禁書目録に指定されましたが、現在は制度自体が廃止になっています。

暗愚か名君か、ジャンヌ・ダルクではなく勝利王シャルル七世を主人公にした理由

しんの(C.Clarté)
エッセイ・ノンフィクション
勝利王シャルル七世といえば「ジャンヌ・ダルクのおかげで王になった」と「恩人を見捨てた非情な暗愚」という印象がつきまとう、地味なフランス王です。 ですが、その生い立ちは「設定盛りすぎ」としか言いようがない。 これほど波乱の多い生涯を送った実在の人物はいないのでは…と思うほど、魅力的なキャラクターでした。 百年戦争はジャンヌだけじゃない。 知られざるキャラクターとエピソードを掘り起こしたくて……いや、私が読みたいから! ついに自給自足で小説を書き始めました。 ※表紙絵はPaul de Semantによるパブリックドメインの画像を使用しています。

◆アルファポリスの24hポイントって?◆「1時間で消滅する数百ptの謎」や「投稿インセンティブ」「読者数/PV早見表」等の考察・所感エッセイ

カワカツ
エッセイ・ノンフィクション
◆24h.ptから算出する「読者(閲覧・PV)数確認早見表」を追加しました。各カテゴリ100人までの読者数を確認可能です。自作品の読者数把握の参考にご利用下さい。※P.15〜P.20に掲載 (2023.9.8時点確認の各カテゴリptより算出) ◆「結局、アルファポリスの24hポイントって何なの!」ってモヤモヤ感を短いエッセイとして書きなぐっていましたが、途中から『24hポイントの仕組み考察』になってしまいました。 ◆「せっかく増えた数百ptが1時間足らずで消えてしまってる?!」とか、「24h.ptは分かるけど、結局、何人の読者さんが見てくれてるの?」など、気付いた事や疑問などをつらつら上げています。

レジェンド賞最終選考で短評をいただいたのでセルフ公開処刑する

しんの(C.Clarté)
エッセイ・ノンフィクション
拙作「7番目のシャルル 〜狂った王国にうまれて〜」が講談社の第一回レジェンド賞最終選考に残り、惜しくも受賞は逃しましたが短評をいただく運びとなりました。 選考過程の評価になるため批判的なコメントもありますが、とても勉強になりました(皮肉ではなく)。 このページは作者自身の後学のための備忘録です。同時に、小説家志望者の参考になるかもしれません。 ※このエッセイおよび「7番目のシャルル 〜狂った王国にうまれて〜」は小説家になろうで重複投稿しています。 ※表紙絵はPaul de Sémant作による著作権切れのイラストを使用しています。

母の遺言と祖母の手帳 〜ALSお母さんの闘病と終活・後日談〜

しんの(C.Clarté)
エッセイ・ノンフィクション
母の遺品整理をしていたら祖母の手帳を発見。母から「棺に入れて燃やして」と頼まれていたが火葬まで数日猶予があるため、私は謎めいた祖母の手記を読み始める—— ノンフィクションエッセイ「嵐大好き☆ALSお母さんの闘病と終活」の後日談です。前作は画像が200枚に達したため、こちらで改めて。 ▼前作「嵐大好き☆ALSお母さんの闘病と終活」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/394554938/525255259

処理中です...