7番目のシャルル、聖女と亡霊の声

しんの(C.Clarté)

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第二章〈モン・サン=ミシェルの戦い〉編

2.8 論功行賞と粛清(1)

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 イングランド摂政ベッドフォード公は、ヴェルヌイユの戦いでアンジュー北部メーヌを奪うと、周辺地域に侵略の手を伸ばした。

 イングランドが支配するノルマンディー、シャルル七世を支持するアンジュー、同盟関係のブルターニュ——3地域の境界で、1424~1426年にかけて何度も戦い、勝ったり負けたりした。

 戦況は一進一退。こう着状態になっていた。
 イングランド軍は、ヴェルヌイユ勝利の勢いを維持できず、攻めあぐねていた。
 モン・サン=ミシェルをはじめとする各地の奮戦のおかげでもあったが、イングランド本国の宮廷で政争が起き、ベッドフォード公がロンドンに帰国したために、事実上の休戦となった。

 リッシュモン大元帥がブルターニュから帰還すると、宮廷中で「王との謁見」が注目された。

 私ことシャルル七世は君主の器ではない。
 アルテュール・ド・リッシュモン伯は、きまじめを通り越して峻厳な性格で、大元帥になって以来、権威の空白を埋めようとしてしばしば宰相のように振る舞った。
 古参のアルマニャック派家臣は「若輩の新参者のくせに」と煙たがり、宮廷でやり込められた家臣は恨みを募らせていた。

「今日の宮廷はずいぶんと人が多いな」

 私は玉座に着くと、大広間にひしめく家臣一同を見渡しながらそうつぶやいた。
 返答はない。家臣たちは澄まし顔で、うやうやしい態度を取り繕っている。
 だが、内心ではリッシュモンが恥をかくのを見たがっているのだ。
 戦後の論功行賞で、王は「敗軍の将」に何を与えるのか。
 他方で、「口先だけの大元帥」がどう振る舞うか。

 玉座の前、一番目立つところにリッシュモンがいる。
 リッシュモンは儀礼に従ってひざまずくと、お決まりの口上を述べた。
 王がどう答えるか、注目の的だ。

「メーヌでは、知己と再会したそうだな」

 謁見に先駆けて、私は諜報員ベルトラン・ド・ボーヴォーから報告を聞いていた。
 リッシュモンがメーヌで敗北したことはとっくに知っていたが、戦いの最中にベッドフォード公が近づき、何か密談をしていたらしい。
 私は知っているぞと鎌をかけてリッシュモンの様子を窺ったが、特に反応は見られない。
 書記官が進み出て、論功行賞を記した公文書を読み上げた。

「こたびの忠勤の褒賞として、アルテュール・ド・リッシュモン大元帥にモンタルジス、ジアン、フォントネー・ル・コントを与える」

 ため息と小声で大広間がざわめいた。
 家臣たちは王の叱責と懲罰を期待し、固唾を飲んで見守っていたが、「信じられない」と言わんばかりに互いに顔を見合わせている。
 当のリッシュモンはひざまずいたまま、微動だにしない。

「不服があるか?」
「理由をお聞かせください」

 リッシュモンだけではない。
 宮廷に集まった家臣一同が知りたがっている。
 メーヌでぶざまに負けた「敗軍の将」になぜ褒美を与えるのかと。

「大元帥が発つ前、ブルターニュ公はイングランドの圧力に屈してフランスとの同盟解消を考えていたと聞く。貴公は『兄弟のよしみ』で同盟維持のために尽力してくれたのだろう?」

 私は淡々と、事前に準備していた「理屈」を説明した。

「実際、ブルターニュ公の支援がなければ戦況は不利だった。大元帥の働きは、じゅうぶん称賛に値すると思う」

 家臣たちが「公開処刑」を望んでいたことは知っている。
 しかし、あいにく私は人前で恥をかかせる行為が好きではない。
 とはいえ、フランス軍の頂点に君臨する大元帥を、軍事以外の働きで——しかも個人の能力とは関係ないことで——評価したのは、リッシュモンの自尊心を傷つけたかもしれない。

「以上。大儀であった」

 私は玉座から立ち上がると、先触れの案内も待たずにすたすたと大広間を後にした。
 宮廷中の注目を浴びながら、ひざまずくリッシュモンの横を通り過ぎるときも一顧だにしなかった。リッシュモンがどんな顔をしていたか、何を思っていたかはわからない。

 今回の敗北で、リッシュモンは思い知っただろう。
 理想を説くのは簡単だが、現実が思い通りになるとは限らないということを。
 これに懲りて、宮廷での強引さが少しは鳴りを潜めるかと期待したが——

 現実が思い通りになるとは限らないということを思い知らされるのは、私の方だった。


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