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第一章〈逆臣だらけの宮廷〉編
1.9 侍従長ジアックの殺戮(1)
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「別に怒ってませんよ」
「嘘をおっしゃい。陛下は拗ねると子供返りして敬語になるからすぐにわかります」
「むぅ……」
義母ヨランド・ダラゴンが、孫のルイに会いに来た——というのは口実で、私の様子を見に来たらしい。
「王太子が健やかで何よりです」
イングランドとブルゴーニュ公が統治するパリと北フランスでは、いまだに私を「王太子」と呼ぶが、南フランスでは「フランス国王シャルル七世」と呼ばれ、長男のルイが「王太子」だ。
「私はもう子供じゃありません! これでも一児の父なのですから……あっ」
また敬語を使ってしまった。
ばつのわるそうな私を見て、ヨランドはくすくすと笑った。
「私的な時間は、お好きな言葉遣いで結構ですよ」
「デュノワ伯人質の件なら納得しています。他に代案はないし、仕方がない」
リッシュモンはブルターニュ公の実弟で、優れた騎士として知られるが、デュノワは私の従兄で庶子でまだ何の実績もない。客観的に見れば、人質の身分がまったく釣り合っていない。
こちらに有利な条件で取引を成立させたヨランドの手腕は称賛に値する。
私が、不満をあらわにして怒るのは筋違いだ。
「でも、私はまた友人を守れなかった。自分自身を不甲斐ないと思うのはいけませんか」
私の感傷は、王が捨てるべき「私情」だ。
ヨランドは何も言わず、いたわるように私を見上げている。
「失礼いたします。王妃陛下と王太子殿下がお見えです」
侍従長ジアックの先触れがあり、私たちは振り向いた。
話題を変えるなら絶好のタイミングだ。
「お母様、ご無沙汰しています」
妻で王妃のマリー・ダンジューが、長男ルイと子守役の侍女を連れてきた。
「マリー、会いたかったわ」
「ふふ、お母様の本命は、わたくしではなくて王太子でしょう?」
「まぁ、何を言うかと思えば!」
マリー一行に続いて、別の侍女たちが軽食を持ってきた。
大麦麦芽とホップを軽く醗酵させたエールに、すりおろしリンゴをまぜた秋限定のデザートだ。
デュノワ伯ジャンは「無事に到着した」知らせとともに、ブルターニュ産のリンゴをたくさん送ってくれた。人質といっても捕虜ではないから、気軽に往復書簡を送れる。
「愛する我が子に会いたくない母親なんていないわ。マリーにも分かるでしょう?」
「ふふ、そうですね」
ヨランドとマリー母娘は再会を喜んで抱擁し、手を取り合って談笑している。
私は微笑ましい二人を見守りながら、子守役の侍女から息子を受け取った。
「義母上、お待ちかねの王太子ですよ」
ルイは、歳のわりに物怖じしない。落ち着いた子供だった。
「まぁ、すっかり大きくなって……」
「お母様も抱いてみる?」
「もちろん。さあ、王太子殿下、おばあさまに可愛いお顔を見せてちょうだい」
「孫ができて祖母になった」といっても、ヨランド・ダラゴンは四十路を越えたばかりだ。むしろ、君主の年齢としては絶頂期と言える。
しかし、いかに賢夫人といえど、初孫の前ではでれでれの「おばあさま」だ。
「この子は人見知りをしないのね」
「人見知りどころか、最近は動物に興味を持っているようでね」
「ええ。城下で子犬が生まれたら一匹もらいましょうかと、陛下と相談してますの」
私は幼いころから親兄弟と疎遠だった。
母からは命を狙われ、廃嫡されるほど憎まれている。
愛情の薄い生い立ちのせいだろうか、私は自分の血を引くルイが愛おしくてたまらなかった。
油断すると、際限なく甘やかしてしまう。この子が欲しいものは何でも与えたい。
「子犬ね……噛まれないかしら」
「それなら、猟犬より牧羊犬の子にしよう」
「身近に動物がいる環境は、道徳的な子育てに最適なんですって」
マリーが「動物が好きな子だもの。陛下によく似た優しい子よ」と言うので、私はますます照れてしまう。城内と城下を訪ねて、私と息子が似ているかを聞いて回りたいくらいだ。
しかし、義母ヨランドの前で「締まりのない父親」の姿を見せるのは少々恥ずかしい。
「それはいけない。私に似たら暗愚になってしまうからね」
「まぁ、陛下……」
「義母上——おばあさま似がいい。そうすれば、みんなに愛される立派なフランス王になれる!」
将来、ルイが名君になっても暗君になっても、たとえ没落したとしても、私とマリーはこの子を生涯愛するだろう。
両親から無条件に愛されている。
そのことだけでも、この子は私よりも明るい将来を約束されている。
「失礼いたします」
家族団らんを楽しんでいる所へ、突如、大元帥アルテュール・ド・リッシュモンが多数の部下を連れて乱入してきた。
ヨランドはリッシュモンを気に入っているようだが、私は正直苦手なタイプだ。
「……何事だ。急ぎでないなら後にしてもらおう」
「申し訳ありません。すぐに済ませます」
私たちを守るように、護衛が並んで壁を作った。
リッシュモンは「逃げられる恐れがありますゆえ。なにとぞご容赦願います」と言いながら、私たちの前を通り過ぎると、ある男の前で立ち止まった。
「国王付き侍従長ピエール・ド・ジアック。貴公を、王家の財産を横領した反逆罪で逮捕する」
リッシュモンが、大元帥の権限で作成した令状を読み上げると、部下たちがジアックを取り囲み、またたく間に取り押さえた。
「嘘をおっしゃい。陛下は拗ねると子供返りして敬語になるからすぐにわかります」
「むぅ……」
義母ヨランド・ダラゴンが、孫のルイに会いに来た——というのは口実で、私の様子を見に来たらしい。
「王太子が健やかで何よりです」
イングランドとブルゴーニュ公が統治するパリと北フランスでは、いまだに私を「王太子」と呼ぶが、南フランスでは「フランス国王シャルル七世」と呼ばれ、長男のルイが「王太子」だ。
「私はもう子供じゃありません! これでも一児の父なのですから……あっ」
また敬語を使ってしまった。
ばつのわるそうな私を見て、ヨランドはくすくすと笑った。
「私的な時間は、お好きな言葉遣いで結構ですよ」
「デュノワ伯人質の件なら納得しています。他に代案はないし、仕方がない」
リッシュモンはブルターニュ公の実弟で、優れた騎士として知られるが、デュノワは私の従兄で庶子でまだ何の実績もない。客観的に見れば、人質の身分がまったく釣り合っていない。
こちらに有利な条件で取引を成立させたヨランドの手腕は称賛に値する。
私が、不満をあらわにして怒るのは筋違いだ。
「でも、私はまた友人を守れなかった。自分自身を不甲斐ないと思うのはいけませんか」
私の感傷は、王が捨てるべき「私情」だ。
ヨランドは何も言わず、いたわるように私を見上げている。
「失礼いたします。王妃陛下と王太子殿下がお見えです」
侍従長ジアックの先触れがあり、私たちは振り向いた。
話題を変えるなら絶好のタイミングだ。
「お母様、ご無沙汰しています」
妻で王妃のマリー・ダンジューが、長男ルイと子守役の侍女を連れてきた。
「マリー、会いたかったわ」
「ふふ、お母様の本命は、わたくしではなくて王太子でしょう?」
「まぁ、何を言うかと思えば!」
マリー一行に続いて、別の侍女たちが軽食を持ってきた。
大麦麦芽とホップを軽く醗酵させたエールに、すりおろしリンゴをまぜた秋限定のデザートだ。
デュノワ伯ジャンは「無事に到着した」知らせとともに、ブルターニュ産のリンゴをたくさん送ってくれた。人質といっても捕虜ではないから、気軽に往復書簡を送れる。
「愛する我が子に会いたくない母親なんていないわ。マリーにも分かるでしょう?」
「ふふ、そうですね」
ヨランドとマリー母娘は再会を喜んで抱擁し、手を取り合って談笑している。
私は微笑ましい二人を見守りながら、子守役の侍女から息子を受け取った。
「義母上、お待ちかねの王太子ですよ」
ルイは、歳のわりに物怖じしない。落ち着いた子供だった。
「まぁ、すっかり大きくなって……」
「お母様も抱いてみる?」
「もちろん。さあ、王太子殿下、おばあさまに可愛いお顔を見せてちょうだい」
「孫ができて祖母になった」といっても、ヨランド・ダラゴンは四十路を越えたばかりだ。むしろ、君主の年齢としては絶頂期と言える。
しかし、いかに賢夫人といえど、初孫の前ではでれでれの「おばあさま」だ。
「この子は人見知りをしないのね」
「人見知りどころか、最近は動物に興味を持っているようでね」
「ええ。城下で子犬が生まれたら一匹もらいましょうかと、陛下と相談してますの」
私は幼いころから親兄弟と疎遠だった。
母からは命を狙われ、廃嫡されるほど憎まれている。
愛情の薄い生い立ちのせいだろうか、私は自分の血を引くルイが愛おしくてたまらなかった。
油断すると、際限なく甘やかしてしまう。この子が欲しいものは何でも与えたい。
「子犬ね……噛まれないかしら」
「それなら、猟犬より牧羊犬の子にしよう」
「身近に動物がいる環境は、道徳的な子育てに最適なんですって」
マリーが「動物が好きな子だもの。陛下によく似た優しい子よ」と言うので、私はますます照れてしまう。城内と城下を訪ねて、私と息子が似ているかを聞いて回りたいくらいだ。
しかし、義母ヨランドの前で「締まりのない父親」の姿を見せるのは少々恥ずかしい。
「それはいけない。私に似たら暗愚になってしまうからね」
「まぁ、陛下……」
「義母上——おばあさま似がいい。そうすれば、みんなに愛される立派なフランス王になれる!」
将来、ルイが名君になっても暗君になっても、たとえ没落したとしても、私とマリーはこの子を生涯愛するだろう。
両親から無条件に愛されている。
そのことだけでも、この子は私よりも明るい将来を約束されている。
「失礼いたします」
家族団らんを楽しんでいる所へ、突如、大元帥アルテュール・ド・リッシュモンが多数の部下を連れて乱入してきた。
ヨランドはリッシュモンを気に入っているようだが、私は正直苦手なタイプだ。
「……何事だ。急ぎでないなら後にしてもらおう」
「申し訳ありません。すぐに済ませます」
私たちを守るように、護衛が並んで壁を作った。
リッシュモンは「逃げられる恐れがありますゆえ。なにとぞご容赦願います」と言いながら、私たちの前を通り過ぎると、ある男の前で立ち止まった。
「国王付き侍従長ピエール・ド・ジアック。貴公を、王家の財産を横領した反逆罪で逮捕する」
リッシュモンが、大元帥の権限で作成した令状を読み上げると、部下たちがジアックを取り囲み、またたく間に取り押さえた。
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