母の遺言と祖母の手帳 〜ALSお母さんの闘病と終活・後日談〜

母の遺言と祖母の手帳

祖母の手帳（2）母と同じみち

　「祖母の手帳」シリーズの続きです。
　読みやすいように、一部の字（旧字？誤字？当て字？）を直して句読点を入れています。

——貧しくとも後家育ちだと多人（他人）から後ろ指はさされるな。
雄々しく正しい人間に育ってくれよと聞かされた。
おさな心を胸に秘め、我もまた、母と同じ通（みち）行かば、母に負けじと励むなり。

幸福は、物質の宝は少なく欲し、精神の宝は多く欲するところに有る。

つみを悟りて仏となりし人なれば、我も生れながらの仏妻共に一つ。
ざんげの蓮華の法に許されん——



　謎めいた文章のあとに日付と戒名が書かれており、古い戸籍謄本の写しが挟まれていました。
　ふと思いついて、手帳に記された年月日と、戸籍謄本を照らし合わせてみると……ビンゴ！　祖父の命日と一致しました。
　これは、祖父が死んだ日に、祖母が手帳にしたためた決意の言葉だったのです。
 
　貧しくとも後家育ちだと……
　我もまた、母と同じ通（みち）行かば……
 
　文脈から察するに、曾祖母（祖母の母）も夫に先立たれて後家となり、祖母と似たような境遇だったと推測できます。


＊＊＊


　祖父が没した当日。
　正確に打ち明けると、祖父が服毒自殺をした日です。

　祖父はシベリア抑留者の生き残りで、帰国後に母が生まれました。
　伯母（母の姉）たちは終戦前の生まれで、母とは一回り以上も歳が離れています。

　昔、伯母から聞いた話によると、シベリアから帰ってきた祖父は人格が変わっていたそうです。
　もともとは穏やかで繊細な人だったのに、お酒を浴びるように飲んで、手がつけられないほど暴れ回ったあげく自死したと聞いています。
　戦時から抑留中、祖父の身に何があったのかわかりませんが、状況から推測すると重度のPTSDを患っていたのかもしれません。とはいえ、暴力をふるわれる家族はたまったものではないでしょう。

　幼い母の記憶によれば。
　祖父を荼毘に付すとき、祖母は火葬炉の前から片時も離れず、火葬が終わるまで長時間ずっと念仏を唱えていたのだとか。

　このときの祖母の思いはひそかに手帳の中に記され、数十年の時を経て、今こうして孫の私が読んでいることに、不思議な巡り合わせを感じます。


——貧しくとも後家育ちだと多人（他人）から後ろ指はさされるな。
雄々しく正しい人間に育ってくれよと聞かされた。
おさな心を胸に秘め、我もまた、母と同じ通（みち）行かば、母に負けじと励むなり。

幸福は、物質の宝は少なく欲し、精神の宝は多く欲するところに有る。

つみを悟りて仏となりし人なれば、我も生れながらの仏妻共に一つ。
ざんげの蓮華の法に許されん——



　そういえば——
　母が没した日、何か書かずにいられなかった。
　私のこの性分は祖母譲りなのかもしれませんね。