7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

文字の大きさ
上 下
191 / 203
番外編・ベリー公夫人のいとも数奇なる遍歴

怒りの王太子と悪党アルマニャック伯

しおりを挟む
(※)ベリー公夫人のエピソードを書いていたら、久しぶりに「都落ち」以前の初々しい王太子とアルマニャック伯の話をやりたくなったので、短い番外編です。






 その日の私は、めずらしく怒っていた。

「見損なったぞ、アルマニャック伯!」

 事前の「先ぶれ」もすっ飛ばして、宰相アルマニャック伯が執務している書斎に飛び込んだ。
 アルマニャック伯は、手元の書類から視線を上げると、(老眼でこまかい字が見にくいのだろう)細めた目をしばたたかせながら、憤慨する私を見た。

「どうしました? 今日は確か、ベリー公夫人と謁見なさっていたはずでは」
「そうだ! あの気の毒なベリー公夫人から、オーベルニュの詐欺事件について聞いた!」

 アルマニャック伯はすぐに思い当たったようで、「あぁ、あの事件ですか」と一人で納得している。

「ずいぶん冷静だな。否定しないのか?」
「今さら否定も隠蔽もしませんよ。事実ですから」

 アルマニャック伯の悪びれない態度に、私の怒りのボルテージはますます上昇する。

「なんて奴だ……!」
「以前、私は『善人ではない』と申し上げたはずです。下心ある不届きな取り巻き貴族に利用されぬよう、したたかに、賢くおなりなさいと」
「この犯罪者め! 見損なった!」

 アルマニャック伯は、怒っている私をおもしそろそうに眺めている。

「しかしながら、殿下はひとつ勘違いをなさっておいでです」
「……申し開きがあるなら聞く」
「オーベルニュ伯から領地を騙し取ったのは、確かに『アルマニャック伯』ですが、そいつは私の兄、先代アルマニャック伯です」
「せ、先代?」
「ええ、ジャン・ダルマニャックと申します」

 今、目の前にいるアルマニャック伯の本名はベルナール・ダルマニャックだ。

「身内を悪く言うのは憚られますが。弟の私から見ても、兄は伯爵とは名ばかりの大悪党でしたね。兄に比べれば、私なぞ小物です」

 アルマニャック伯は「うむうむ」と頷きながら、昔を懐かしんでいる。
 私は誤解に気づくと、あわててアルマニャック伯に詫びた。

「ごめん、早とちりしたみたいだ。勘違いとはいえ、ひどいことを言ってしまったね……」

 うなだれる私に、後を追ってきたデュノワ伯ジャンが「だから、本人に確かめた方がいいですよと言ったのに」と追い討ちをかける。

「まぁまぁ、それくらいにしましょう。誰にでも勘違いはありますし、後ろめたさを引きずるのは健全ではありませんからね」

 アルマニャック伯に「顔を上げてください」と促された。
 王太子が謙虚すぎると、善意の家臣は恐縮してさらに頭を下げ、下心ある家臣は調子に乗ってますますが高くなる。だから、丁寧すぎる言動は控えるようにと言われている。

「ベリー公夫人が相続するはずだった土地を返してあげたいんだ」

 亡きベリー公の土地財産は、私が王太子になった時に「称号」とともに継承している。
 詐欺事件から28年も経っていて、今さら遅すぎるかもしれないが、ベリー公夫人ジャンヌ・ド・オーベルニュのために私ができることをしてあげたいと思った。

「でも、ジャンが『勝手に決めないで相談したほうがいい』というから」

 私が目配せすると、デュノワ伯ジャンが進み出て、インクが乾きかけた書類をアルマニャック伯に差し出した。
 オーベルニュ伯領だった土地を返還し、ベリー公夫人の好きにして良いと許可する内容をしたためた。あとは、私が文末に署名すれば、この書類は効力を持つようになる。

「これをベリー公夫人に渡したい。いいだろうか」
「殿下は、国王陛下の裁定を不服とし、引っくり返すおつもりですか」
「えっ……」
「殿下がなさろうとしていることは、そういう意味になります」

 そんなつもりじゃない。私は青ざめた。
 確かに、父王・シャルル六世は、ベリー公とジャンヌ・ド・オーベルニュを結婚させることで事件解決とした。いま、私がやろうとしていることは「父王の治世に対する不満」ひいては「反逆」と解釈されてもおかしくない。

「違う。父上に逆らうつもりはない!」
「当時のベリー公夫人は11歳。国王陛下の裁定に逆らうことはできないでしょう。気の毒とは思いますが、だからといって28年前のことを蒸し返して、王太子殿下をそそのかす振る舞いは感心しませんな……」

 アルマニャック伯は、眼光鋭く、誰もいないくうを睨んだ。
 下心ある不届きな取り巻き貴族に利用されぬように、という忠告を思い出す。

(わからない。私はベリー公夫人に利用されたのか?)

 だが、詐欺事件は事実だ。
 ベリー公夫人の境遇に同情するのは、いけないことだろうか。
 何かしてあげたいと思う気持ちは、秩序を乱し、父王に反逆する意味になるのだろうか。

「納得していただけたなら、ベリー公夫人にはすみやかにお帰りいただきましょう」

 アルマニャック伯は、私を書斎にとどめたままで、デュノワ伯ジャンに指示した。

「今後は、二度と殿下に会わせないように……」
「恩返しならどうだろうか」
「何ですと?」

 私は考えた。
 詐欺事件の「罪滅ぼし」として土地を返還すれば、父王の裁定に逆らうことになる。
 だが、燃える人の舞踏会事件で、父王の命を救ってくれた人への「恩返し」ならどうだろうか。

「これなら、父上に逆らうことにならないのでは?」

 それに、もしあの事件で父が命を失っていたら、私は生まれていなかった。
 そう考えれば、ベリー公夫人は父王と私の「恩人」で間違いない。

「恩人に礼をするのは理にかなっている。ねぇ、アルマニャック伯もそう思わない?」
「……なるほど、そう来ましたか」

 アルマニャック伯の許可を得て、私はベリー公夫人に「オーベルニュ伯領を好きにして良い」という公文書を発行した。一件落着である。

 人にはそれぞれ「自分独自の正義」がある。
 数多あまたの正義と、王国の秩序を守るには、みんなが納得する「理屈」が重要だと思い知らされる一幕だった。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

EX級アーティファクト化した介護用ガイノイドと行く未来異星世界遺跡探索~君と添い遂げるために~

青空顎門
SF
病で余命宣告を受けた主人公。彼は介護用に購入した最愛のガイノイド(女性型アンドロイド)の腕の中で息絶えた……はずだったが、気づくと彼女と共に見知らぬ場所にいた。そこは遥か未来――時空間転移技術が暴走して崩壊した後の時代、宇宙の遥か彼方の辺境惑星だった。男はファンタジーの如く高度な技術の名残が散見される世界で、今度こそ彼女と添い遂げるために未来の超文明の遺跡を巡っていく。 ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルアップ+様、ノベルバ様にも掲載しております。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

戦神の星・武神の翼 ~ もしも日本に2000馬力エンジンが最初からあったなら

もろこし
歴史・時代
架空戦記ファンが一生に一度は思うこと。 『もし日本に最初から2000馬力エンジンがあったなら……』 よろしい。ならば作りましょう! 史実では中途半端な馬力だった『火星エンジン』を太平洋戦争前に2000馬力エンジンとして登場させます。そのために達成すべき課題を一つ一つ潰していく開発ストーリーをお送りします。 そして火星エンジンと言えば、皆さんもうお分かりですね。はい『一式陸攻』の運命も大きく変わります。 しかも史実より遙かに強力になって、さらに1年早く登場します。それは戦争そのものにも大きな影響を与えていきます。 え?火星エンジンなら『雷電』だろうって?そんなヒコーキ知りませんw お楽しみください。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...