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番外編・ベリー公夫人のいとも数奇なる遍歴
ベリー公夫人のいとも数奇なる遍歴(1)
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(※)同タイトルで「7番目のシャルル番外編」をお送りする予定でしたが、最近作者のモチベーションが青年期編に向かっているため、あらすじだけざっくりご紹介します。
***
タイトルの「ベリー公夫人」とは、世界でもっとも豪華な装飾写本として知られる「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」の所有者ベリー公ジャンの二番目の妻だった人です。
本名はジャンヌ・ド・オーベルニュ、またはジャンヌ・ド・ブローニュとも。
日本では無名ですが、この人がいなければ、おそらくシャルル七世は生まれてなかったのでは……というくらい重要な人物です。
なお、時祷書のベリー公は、シャルル六世の叔父(シャルル五世の弟)です。
後継者の息子に先立たれたため、死後に「ベリー公」の称号と土地財産は王領に編入され、のちにシャルル七世が王太子になった時にベリー公に叙任されます。
***
ベリー公夫人ジャンヌ・ド・オーベルニュの父オーベルニュ伯ジャンは、裕福な不良貴族でした。
若いころから重度のアルコール中毒で薬物中毒者でもあり、日ごろから財産目当ての悪い友達とつるみ、城に入り浸っているありさま。
ちなみに、二つ名は「無能な家長(le Mauvais Ménagier)」
ジャンヌの母アリエノールは愛想をつかし、幼い一人娘とともに城を出て実家で暮らしていました。
あるとき、オーベルニュ伯はいつものように大量に飲酒し、意識朦朧となった状態で、悪友アルマニャック伯とピエール・ド・ジアックに騙されて「土地を譲る」証書を何枚も書かされました。
数日後、郊外の宿屋で半死半生で見つかりましたが、後の祭りです。
オーベルニュ伯の没落は自業自得ですが、本来ならこの財産は一人娘ジャンヌが相続するもの。ジャンヌの母方叔父の尽力で、オーベルニュの詐欺事件はフランス王シャルル六世の知るところとなります。
首謀者のアルマニャック伯とピエール・ド・ジアックの両名は、オーベルニュ伯から騙し取った土地を、ベリー公ジャンに献上していました。
詐欺で不正に取得した土地だと、ベリー公本人が知っていたかはわかりません。
首謀者二人が勝手にやったことかもしれないし、ベリー公が事件の黒幕かもしれない。
真相が何であろうと、ベリー公はシャルル六世の叔父です。
王族を裁くことも、土地を取り上げることも容易ではありません。
シャルル六世は「王族の権威を傷つけずに、被害者を救済する」ために、妻に先立たれて独身のベリー公とジャンヌ・ド・オーベルニュを結婚させて、スキャンダルの沈静化を図りました。
王族の正妻——しかも王の義理の叔母になれるのですから、ジャンヌの身分からすれば破格の縁談かもしれません。
ですが、このときのジャンヌはまだ11歳の少女で、相手のベリー公はなんと38歳も年上の49歳でした。
現代人の感覚としてはエグすぎる縁談ですが、当時は問題ないと見なされたのです。
なお、詐欺事件の首謀者のひとり「アルマニャック伯」は本編で登場するアルマニャック伯ではなく、一代前の兄のほうです。
***
四年後の1393年1月28日。
王妃イザボー・ド・バヴィエールが主催した仮装舞踏会で、「燃える人の舞踏会」と呼ばれる火災事件が起きます。
本編の第一章で「着ぐるみ炎上事件」というややふざけたタイトルで投稿しましたが、実際の事件は小説よりも悲惨でした。
火元は王弟オルレアン公が持ってきた松明で、仮装していた4人が焼死。
シャルル六世の衣装にも火が燃え移りました。
当時15歳のベリー公夫人ジャンヌ・ド・オーベルニュも仮装舞踏会に出席していました。
とっさにドレスの引裾で燃える王をくるんで火を消し、シャルル六世は一命を取り留めました。
事件のショックで、狂王シャルル六世の精神状態は急速に悪化していきます。
とはいえ、ジャンヌの機転がなければ焼け死んでいたかもしれず、第五王子のシャルル七世(事件の10年後、1403年生まれ)も生まれていなかった——と考えると、ベリー公夫人はなくてはならない重要人物に違いないのです。
(※)ベリー公夫人のいとも数奇なる遍歴・後編に続く。次回は、チョロそうな王太子シャルル登場。
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タイトルの「ベリー公夫人」とは、世界でもっとも豪華な装飾写本として知られる「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」の所有者ベリー公ジャンの二番目の妻だった人です。
本名はジャンヌ・ド・オーベルニュ、またはジャンヌ・ド・ブローニュとも。
日本では無名ですが、この人がいなければ、おそらくシャルル七世は生まれてなかったのでは……というくらい重要な人物です。
なお、時祷書のベリー公は、シャルル六世の叔父(シャルル五世の弟)です。
後継者の息子に先立たれたため、死後に「ベリー公」の称号と土地財産は王領に編入され、のちにシャルル七世が王太子になった時にベリー公に叙任されます。
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ベリー公夫人ジャンヌ・ド・オーベルニュの父オーベルニュ伯ジャンは、裕福な不良貴族でした。
若いころから重度のアルコール中毒で薬物中毒者でもあり、日ごろから財産目当ての悪い友達とつるみ、城に入り浸っているありさま。
ちなみに、二つ名は「無能な家長(le Mauvais Ménagier)」
ジャンヌの母アリエノールは愛想をつかし、幼い一人娘とともに城を出て実家で暮らしていました。
あるとき、オーベルニュ伯はいつものように大量に飲酒し、意識朦朧となった状態で、悪友アルマニャック伯とピエール・ド・ジアックに騙されて「土地を譲る」証書を何枚も書かされました。
数日後、郊外の宿屋で半死半生で見つかりましたが、後の祭りです。
オーベルニュ伯の没落は自業自得ですが、本来ならこの財産は一人娘ジャンヌが相続するもの。ジャンヌの母方叔父の尽力で、オーベルニュの詐欺事件はフランス王シャルル六世の知るところとなります。
首謀者のアルマニャック伯とピエール・ド・ジアックの両名は、オーベルニュ伯から騙し取った土地を、ベリー公ジャンに献上していました。
詐欺で不正に取得した土地だと、ベリー公本人が知っていたかはわかりません。
首謀者二人が勝手にやったことかもしれないし、ベリー公が事件の黒幕かもしれない。
真相が何であろうと、ベリー公はシャルル六世の叔父です。
王族を裁くことも、土地を取り上げることも容易ではありません。
シャルル六世は「王族の権威を傷つけずに、被害者を救済する」ために、妻に先立たれて独身のベリー公とジャンヌ・ド・オーベルニュを結婚させて、スキャンダルの沈静化を図りました。
王族の正妻——しかも王の義理の叔母になれるのですから、ジャンヌの身分からすれば破格の縁談かもしれません。
ですが、このときのジャンヌはまだ11歳の少女で、相手のベリー公はなんと38歳も年上の49歳でした。
現代人の感覚としてはエグすぎる縁談ですが、当時は問題ないと見なされたのです。
なお、詐欺事件の首謀者のひとり「アルマニャック伯」は本編で登場するアルマニャック伯ではなく、一代前の兄のほうです。
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四年後の1393年1月28日。
王妃イザボー・ド・バヴィエールが主催した仮装舞踏会で、「燃える人の舞踏会」と呼ばれる火災事件が起きます。
本編の第一章で「着ぐるみ炎上事件」というややふざけたタイトルで投稿しましたが、実際の事件は小説よりも悲惨でした。
火元は王弟オルレアン公が持ってきた松明で、仮装していた4人が焼死。
シャルル六世の衣装にも火が燃え移りました。
当時15歳のベリー公夫人ジャンヌ・ド・オーベルニュも仮装舞踏会に出席していました。
とっさにドレスの引裾で燃える王をくるんで火を消し、シャルル六世は一命を取り留めました。
事件のショックで、狂王シャルル六世の精神状態は急速に悪化していきます。
とはいえ、ジャンヌの機転がなければ焼け死んでいたかもしれず、第五王子のシャルル七世(事件の10年後、1403年生まれ)も生まれていなかった——と考えると、ベリー公夫人はなくてはならない重要人物に違いないのです。
(※)ベリー公夫人のいとも数奇なる遍歴・後編に続く。次回は、チョロそうな王太子シャルル登場。
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