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番外編・没落王太子とマリー・ダンジューの結婚

第二次ラ・ロシェル海戦(1)地図つき

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 私は生来、流血や戦いが苦手だ。
 その手の記憶はあまり思い出したくし、語るのも憚られる。
 だが、ルネ・ダンジューは昔から騎士道物語が好きだった。
 幼い子供のように瞳をキラキラさせながら、「義兄の武勇伝」を聞きたがった。

「イングランド海軍とハンザ同盟を相手にガレー船40隻を沈めたと聞きました!」
「えぇ、そんな話になってるの……」

 正確には、沈めたのではなく拿捕したのだ。

「シャルル兄様の武勇伝を聞きたいです!」
「いや、武勇伝というほどでは……」
「わたくしもぜひ」
「マリーまで!」

 私は呆れながら「これは楽しいおとぎ話ではないんだよ」と諭したが、マリーは「あら、女性は恋愛ロマンス物語にしか興味がないと思っていらっしゃるの?」と反論した。

「わたくしは知りたいのです。王太子殿下は優しさと引き換えに『弱い』のではなく、『強さ』も兼ね備えているのだと」

 マリーとルネにせがまれて、私はしぶしぶ「第二次ラ・ロシェル海戦」について話し始めた。
 なお、「第一次」は祖父・賢明王ル・サージュシャルル五世時代の戦いだ。


***


 フランドル=ハンザ同盟は、バルト海沿岸にある港湾都市100ヶ所が加盟している商業組織である。その中で、フランドルはブルゴーニュ公が統治する地域だ。

 1419年9月10日、ブルゴーニュ無怖公がモントロー橋上で殺された。
 後継者のブルゴーニュ公フィリップとイングランドが同盟を結び、「殺人犯の王太子」に復讐すると誓った。
 家臣を止められなかったと言う意味では、私にも非はあるだろう。
 しかし、無怖公のこれまでの横暴もまた事実だ。
 また、私が殺人事件を計画し、主導したという話は「絶対に違う」と否定したい。
 事件は政治的に脚色され、王太子の悪評とともに広まった。各方面から敵意を向けられ、醜聞に悩まされ、尊厳を傷つけられたが、だからといって「なすがまま」ではなかった。

 イングランド王ヘンリー五世は、フランス侵攻の足がかりにするべく、数年前からブリテン島南部に大規模な軍事施設を建造していた。完成間近の軍港ポーツマスに、常設のイングランド海軍に加えて「ハンザ同盟のガレー船が集結している」との一報が入った。
 ブルゴーニュ公の領地は内陸に多く、フランドルだけが海に面している。
 ブルゴーニュ公の命令とイングランドの協力で、ハンザ同盟が所有する商業船を武装船に作り替えているのは明白だった。

「報復戦は間近。おそらく海から攻めてくるつもりだろう」

 戦いたくなくとも、降りかかる火の粉は払わなければならない。
 私は近郊の地図を取り寄せると対策を考えた。




 フランス北西部のノルマンディーから北端のカレー港まで、そして南西部のギュイエンヌはイングランドの支配下にある。すでに西海岸の半分以上を奪われている。
 ノルマンディーの南には、ブルターニュ半島が突き出ている。
 半島の西端に「天然の防波堤」ともいえる曲がりくねった海峡があり、海峡の奥にフランス最大の軍港ブレストがある。

「アジャンクールのとき、ブルターニュ公はフランス軍に加勢したらしいけど……」

 歴代ブルターニュ公は、英仏間で半独立を貫き「中立」を表明している。
 条件次第で、味方にも敵にもなり得た。

「だけど、今は……」

 ブルターニュ公の弟、アルテュール・ド・リッシュモン伯がロンドン塔で虜囚の身という負い目がある。こちらに協力する可能性は薄いだろう。中立を保って「動かない」ならまだいい。
 最悪、イングランドにくみする可能性も考えられる。

 現在のところは王太子を支持し、さらに百年戦争で因縁のある「フランス西海岸にある大きな港」はただひとつ。あそこには、賢明王シャルル五世が築いた要塞が健在だ。

「おじいさま、私はどうすればいい……?」

 私は深いため息をつくと、天を仰いだ。
 敵軍の規模や進軍ルートを予想できても、自前の軍隊を持っていなければ戦うことも守ることもできない。

 1419年12月30日。
 ブルゴーニュ無怖公の殺害から三ヶ月後。
 イングランドとブルゴーニュ公フィリップが報復目的で攻めてきた「第二次ラ・ロシェル海戦」が勃発する。






(※)ピンク色がイングランド支配地域、北東部を占める緑色~うす緑色がブルゴーニュ公支配地域、中部~南部一帯(ロワール川以南)の青緑色がシャルル七世の支配地域です。

(※)この時点の王太子(シャルル七世)は16歳。ラ・ロシェル要塞が落ちた場合、フランス西海岸すべてを失うことになります。絶対に負けられない!

(※)地図は、フランス語版Wikipediaのパブリックドメイン画像からの引用です。
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