179 / 202
番外編・没落王太子とマリー・ダンジューの結婚
第二次ラ・ロシェル海戦(1)地図つき
しおりを挟む
私は生来、流血や戦いが苦手だ。
その手の記憶はあまり思い出したくし、語るのも憚られる。
だが、ルネ・ダンジューは昔から騎士道物語が好きだった。
幼い子供のように瞳をキラキラさせながら、「義兄の武勇伝」を聞きたがった。
「イングランド海軍とハンザ同盟を相手にガレー船40隻を沈めたと聞きました!」
「えぇ、そんな話になってるの……」
正確には、沈めたのではなく拿捕したのだ。
「シャルル兄様の武勇伝を聞きたいです!」
「いや、武勇伝というほどでは……」
「わたくしもぜひ」
「マリーまで!」
私は呆れながら「これは楽しいおとぎ話ではないんだよ」と諭したが、マリーは「あら、女性は恋愛物語にしか興味がないと思っていらっしゃるの?」と反論した。
「わたくしは知りたいのです。王太子殿下は優しさと引き換えに『弱い』のではなく、『強さ』も兼ね備えているのだと」
マリーとルネにせがまれて、私はしぶしぶ「第二次ラ・ロシェル海戦」について話し始めた。
なお、「第一次」は祖父・賢明王シャルル五世時代の戦いだ。
***
フランドル=ハンザ同盟は、バルト海沿岸にある港湾都市100ヶ所が加盟している商業組織である。その中で、フランドルはブルゴーニュ公が統治する地域だ。
1419年9月10日、ブルゴーニュ無怖公がモントロー橋上で殺された。
後継者のブルゴーニュ公フィリップとイングランドが同盟を結び、「殺人犯の王太子」に復讐すると誓った。
家臣を止められなかったと言う意味では、私にも非はあるだろう。
しかし、無怖公のこれまでの横暴もまた事実だ。
また、私が殺人事件を計画し、主導したという話は「絶対に違う」と否定したい。
事件は政治的に脚色され、王太子の悪評とともに広まった。各方面から敵意を向けられ、醜聞に悩まされ、尊厳を傷つけられたが、だからといって「なすがまま」ではなかった。
イングランド王ヘンリー五世は、フランス侵攻の足がかりにするべく、数年前からブリテン島南部に大規模な軍事施設を建造していた。完成間近の軍港ポーツマスに、常設のイングランド海軍に加えて「ハンザ同盟のガレー船が集結している」との一報が入った。
ブルゴーニュ公の領地は内陸に多く、フランドルだけが海に面している。
ブルゴーニュ公の命令とイングランドの協力で、ハンザ同盟が所有する商業船を武装船に作り替えているのは明白だった。
「報復戦は間近。おそらく海から攻めてくるつもりだろう」
戦いたくなくとも、降りかかる火の粉は払わなければならない。
私は近郊の地図を取り寄せると対策を考えた。
フランス北西部のノルマンディーから北端のカレー港まで、そして南西部のギュイエンヌはイングランドの支配下にある。すでに西海岸の半分以上を奪われている。
ノルマンディーの南には、ブルターニュ半島が突き出ている。
半島の西端に「天然の防波堤」ともいえる曲がりくねった海峡があり、海峡の奥にフランス最大の軍港ブレストがある。
「アジャンクールのとき、ブルターニュ公はフランス軍に加勢したらしいけど……」
歴代ブルターニュ公は、英仏間で半独立を貫き「中立」を表明している。
条件次第で、味方にも敵にもなり得た。
「だけど、今は……」
ブルターニュ公の弟、アルテュール・ド・リッシュモン伯がロンドン塔で虜囚の身という負い目がある。こちらに協力する可能性は薄いだろう。中立を保って「動かない」ならまだいい。
最悪、イングランドに与する可能性も考えられる。
現在のところは王太子を支持し、さらに百年戦争で因縁のある「フランス西海岸にある大きな港」はただひとつ。あそこには、賢明王シャルル五世が築いた要塞が健在だ。
「おじいさま、私はどうすればいい……?」
私は深いため息をつくと、天を仰いだ。
敵軍の規模や進軍ルートを予想できても、自前の軍隊を持っていなければ戦うことも守ることもできない。
1419年12月30日。
ブルゴーニュ無怖公の殺害から三ヶ月後。
イングランドとブルゴーニュ公フィリップが報復目的で攻めてきた「第二次ラ・ロシェル海戦」が勃発する。
(※)ピンク色がイングランド支配地域、北東部を占める緑色~うす緑色がブルゴーニュ公支配地域、中部~南部一帯(ロワール川以南)の青緑色がシャルル七世の支配地域です。
(※)この時点の王太子(シャルル七世)は16歳。ラ・ロシェル要塞が落ちた場合、フランス西海岸すべてを失うことになります。絶対に負けられない!
(※)地図は、フランス語版Wikipediaのパブリックドメイン画像からの引用です。
その手の記憶はあまり思い出したくし、語るのも憚られる。
だが、ルネ・ダンジューは昔から騎士道物語が好きだった。
幼い子供のように瞳をキラキラさせながら、「義兄の武勇伝」を聞きたがった。
「イングランド海軍とハンザ同盟を相手にガレー船40隻を沈めたと聞きました!」
「えぇ、そんな話になってるの……」
正確には、沈めたのではなく拿捕したのだ。
「シャルル兄様の武勇伝を聞きたいです!」
「いや、武勇伝というほどでは……」
「わたくしもぜひ」
「マリーまで!」
私は呆れながら「これは楽しいおとぎ話ではないんだよ」と諭したが、マリーは「あら、女性は恋愛物語にしか興味がないと思っていらっしゃるの?」と反論した。
「わたくしは知りたいのです。王太子殿下は優しさと引き換えに『弱い』のではなく、『強さ』も兼ね備えているのだと」
マリーとルネにせがまれて、私はしぶしぶ「第二次ラ・ロシェル海戦」について話し始めた。
なお、「第一次」は祖父・賢明王シャルル五世時代の戦いだ。
***
フランドル=ハンザ同盟は、バルト海沿岸にある港湾都市100ヶ所が加盟している商業組織である。その中で、フランドルはブルゴーニュ公が統治する地域だ。
1419年9月10日、ブルゴーニュ無怖公がモントロー橋上で殺された。
後継者のブルゴーニュ公フィリップとイングランドが同盟を結び、「殺人犯の王太子」に復讐すると誓った。
家臣を止められなかったと言う意味では、私にも非はあるだろう。
しかし、無怖公のこれまでの横暴もまた事実だ。
また、私が殺人事件を計画し、主導したという話は「絶対に違う」と否定したい。
事件は政治的に脚色され、王太子の悪評とともに広まった。各方面から敵意を向けられ、醜聞に悩まされ、尊厳を傷つけられたが、だからといって「なすがまま」ではなかった。
イングランド王ヘンリー五世は、フランス侵攻の足がかりにするべく、数年前からブリテン島南部に大規模な軍事施設を建造していた。完成間近の軍港ポーツマスに、常設のイングランド海軍に加えて「ハンザ同盟のガレー船が集結している」との一報が入った。
ブルゴーニュ公の領地は内陸に多く、フランドルだけが海に面している。
ブルゴーニュ公の命令とイングランドの協力で、ハンザ同盟が所有する商業船を武装船に作り替えているのは明白だった。
「報復戦は間近。おそらく海から攻めてくるつもりだろう」
戦いたくなくとも、降りかかる火の粉は払わなければならない。
私は近郊の地図を取り寄せると対策を考えた。
フランス北西部のノルマンディーから北端のカレー港まで、そして南西部のギュイエンヌはイングランドの支配下にある。すでに西海岸の半分以上を奪われている。
ノルマンディーの南には、ブルターニュ半島が突き出ている。
半島の西端に「天然の防波堤」ともいえる曲がりくねった海峡があり、海峡の奥にフランス最大の軍港ブレストがある。
「アジャンクールのとき、ブルターニュ公はフランス軍に加勢したらしいけど……」
歴代ブルターニュ公は、英仏間で半独立を貫き「中立」を表明している。
条件次第で、味方にも敵にもなり得た。
「だけど、今は……」
ブルターニュ公の弟、アルテュール・ド・リッシュモン伯がロンドン塔で虜囚の身という負い目がある。こちらに協力する可能性は薄いだろう。中立を保って「動かない」ならまだいい。
最悪、イングランドに与する可能性も考えられる。
現在のところは王太子を支持し、さらに百年戦争で因縁のある「フランス西海岸にある大きな港」はただひとつ。あそこには、賢明王シャルル五世が築いた要塞が健在だ。
「おじいさま、私はどうすればいい……?」
私は深いため息をつくと、天を仰いだ。
敵軍の規模や進軍ルートを予想できても、自前の軍隊を持っていなければ戦うことも守ることもできない。
1419年12月30日。
ブルゴーニュ無怖公の殺害から三ヶ月後。
イングランドとブルゴーニュ公フィリップが報復目的で攻めてきた「第二次ラ・ロシェル海戦」が勃発する。
(※)ピンク色がイングランド支配地域、北東部を占める緑色~うす緑色がブルゴーニュ公支配地域、中部~南部一帯(ロワール川以南)の青緑色がシャルル七世の支配地域です。
(※)この時点の王太子(シャルル七世)は16歳。ラ・ロシェル要塞が落ちた場合、フランス西海岸すべてを失うことになります。絶対に負けられない!
(※)地図は、フランス語版Wikipediaのパブリックドメイン画像からの引用です。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

