上 下
148 / 203
第九章〈正義の目覚め〉編

9.5 リッシュモンとフランス宮廷(1)

しおりを挟む
 1404年、アルテュール・ド・リッシュモンが11歳のときに養父・ブルゴーニュ豪胆公は死去した。

 後継者の新たなブルゴーニュ公ジャン・ド・ブルゴーニュは、亡き父の称号と財産を継承するやいなや、派手な軍勢を従えて意気揚々と王都パリへ入城した。
 狂王シャルル六世は精神を病みがちで、王弟オルレアン公が政務を肩代わりし、王妃イザボー・ド・バヴィエールと深い関係になっていた。

 華やかだが醜聞にまみれた宮廷の裏側で、ブルゴーニュ豪胆公の葬儀の準備が進められていた。

 主人のいない城内では、侍従・家令が多忙をきわめ、リッシュモンも小間使いのように働いた。仕事の合間に時間があると、豪胆公の棺のかたわらに付き添い、養父に追悼の祈りを捧げる姿を目撃されている。

 このころのリッシュモンは、豪胆公の嫡孫フィリップとともに育てられていた。
 幼なじみで主従でもある。これは私とデュノワ伯ジャンの関係に似ているかもしれない。気のおけない友情と、厳格な主従関係。どちらに重きを置くかはそれぞれに個人差がある。

 なんにせよ、リッシュモンはブルゴーニュ公一家に養われている小姓だった。

 豪胆公は、リッシュモンの気丈さとまじめな性格を愛していたが、無怖公とは合わなかったようだ。ほどなくしてブルゴーニュ公一家から遠ざけられ、12歳で戦場に駆り出された。

 豪胆公が引き取った子供は、幼い日の望みを叶えて従騎士となり、みごとに初陣を飾った。

 私ことシャルル七世のデュノワ伯ジャンは騎士道物語に憧れて騎士を目指し、ルネ・ダンジューは物語好きが高じてみずから執筆し始めるが、のちに私のとなるリッシュモンの「願望」は彼らの「夢」とは少し違った。
 より現実的かつ切実な願いから、騎士になろうとした。

 もともとの資質もあったのだろうが、リッシュモンはまじめで一途だ。
 ひと並外れた努力で才能を開花させ、またたく間に成長した。

 ただ強いのではなく、当時は勝者の権利だった「略奪」を嫌った。
 部下を持つようになると彼らにも略奪行為を禁じ、必要な金銭を惜しまず与えた。
 部下のひとりが手癖で略奪を働いたときは、盗品を取り上げると、リッシュモンみずから持ち主に返しにいき、部下の横暴を詫びた。

 上官や同僚の中には、まじめすぎる性格をからかう者もいただろう。
 だが、大抵の人はリッシュモンのアルテュールという名から「アーサー王」を連想した。偉大な先祖の再来だと称賛され、ときにはやっかみも受けた。当時は騎士道物語ブームの全盛期で、アーサー王と円卓の騎士の物語は特に人気があった。
 リッシュモンは先祖の威光にすがる性格ではないが、ブルターニュの印象が高まるならばとあえて否定もしなかった。リッシュモンの名声は、事実と虚構が入り混じりながら広まっていった。



「貴様がブルターニュ公の弟か」

 評判を聞きつけたのか、リッシュモンはブルゴーニュ公に呼び出された。

「名は?」
「アルテュール・ド・リッシュモン伯です」
「アルテュール……、つまりアーサー王か。大層な名を授かったな」
「恐れ入ります」

 ブルゴーニュ公は宮廷で実権を握るために、王弟オルレアン公と王妃イザボーの不倫現場を襲撃したり、王子を誘拐して連れまわしたり、無法スレスレの存在感を示したあげく、恋敵で政敵でもあった王弟を殺害した。
 しかし、シャルル六世も王妃も弟殺しを咎めるどころか、正直に罪を告白したことを褒めて赦免状を与えるありさまで、狂王の赦免と王妃の寵愛を得たブルゴーニュ公は、先代以上の豪胆ぶりから恐れ知らずの「無怖公」と呼ばれるようになっていた。

「我が娘マルグリットが王太子妃になることが決まった。輿入れに同行して王城へ行き、そのまま王太子の配下に就け」

 ここでいう王太子とは、私の兄ルイ・ド・ギュイエンヌ公を指す。
 無怖公の野望はとどまることを知らなかった。王太子を監視下に置き、可能ならば懐柔するために、さまざまな人材を送り込もうとしていた。

「不幸な王太子を慰めて差し上げろ。そうして信頼を勝ち得るのだ」
「お言葉ですが、に送り込まれた私を王太子殿下が信用するでしょうか」

 無怖公はくくっと笑った。
 赦免されたとはいえ、王弟殺しを批判する者は多く、宮廷ではオルレアン公の家臣を中心に反ブルゴーニュ勢力がうまれていた。

「うわさ通りの無遠慮な堅物だ。戦場で甘っちょろいことを抜かしているそうじゃないか。略奪をしたくないとか? なぜだ?」
「騎士道精神に反しますゆえ」
「貴様も騎士道物語にかぶれた理想主義者というわけか。まぁ、いい。その生真面目な性格は王太子に気に入られるだろうからな」

 こうしてリッシュモンは、若きブルゴーニュ派のひとりとしてパリの宮廷へ送り込まれた。
 無怖公の想定通り、王太子はリッシュモンを気に入って正騎士に叙任した。
 想定外だったのは、リッシュモンにとってまことの主人は実兄のブルターニュ公ただひとりで、無怖公の言いなりにならなかったことだろう。

 パリで暴動が起き、無怖公の陰謀がばれて失脚すると、反ブルゴーニュを掲げる「アルマニャック派」が優勢になったが、リッシュモンは宮廷に残った。

 兄のブルターニュ公はフランス王に臣従している。
 弟であるリッシュモンが次期国王たる王太子に仕えるのは自然ななりゆきだった。

 ブルターニュ公兄弟にとって何より大事なのは、故郷と自分たちの「名誉」を守ることだったから、本音ではブルゴーニュ派でもアルマニャック派でもどちらでもいいのだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

従妹と親密な婚約者に、私は厳しく対処します。

みみぢあん
恋愛
ミレイユの婚約者、オルドリッジ子爵家の長男クレマンは、子供の頃から仲の良い妹のような従妹パトリシアを優先する。 婚約者のミレイユよりもクレマンが従妹を優先するため、学園内でクレマンと従妹の浮気疑惑がうわさになる。 ――だが、クレマンが従妹を優先するのは、人には言えない複雑な事情があるからだ。 それを知ったミレイユは婚約破棄するべきか?、婚約を継続するべきか?、悩み続けてミレイユが出した結論は……  ※ざまぁ系のお話ではありません。ご注意を😓 まぎらわしくてすみません。

元婚約者様の勘違い

希猫 ゆうみ
恋愛
ある日突然、婚約者の伯爵令息アーノルドから「浮気者」と罵られた伯爵令嬢カイラ。 そのまま罵詈雑言を浴びせられ婚約破棄されてしまう。 しかしアーノルドは酷い勘違いをしているのだ。 アーノルドが見たというホッブス伯爵とキスしていたのは別人。 カイラの双子の妹で数年前親戚である伯爵家の養子となったハリエットだった。 「知らない方がいらっしゃるなんて驚きよ」 「そんな変な男は忘れましょう」 一件落着かに思えたが元婚約者アーノルドは更なる言掛りをつけてくる。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...