7番目のシャルル、狂った王国にうまれて【少年期編完結】

しんの(C.Clarté)

文字の大きさ
上 下
130 / 203
第八章〈殺人者シャルル〉編

8.13 ラ・ロシェル視察(3)試射

しおりを挟む
 市長の指示で、塔の守備兵がにわかに慌ただしくなった。

「仮に、艦隊を商船に偽装して敵が近づいてきたとしましょう」

 火砲一式を組み立てている間に、火薬と弾丸が運び込まれた。
 港には、船を沖に出さないように伝令が向かった。

「投石機や火砲を積み込むほどの船は、大きくて重い。重量船が無理やり入江に侵入すれば浅瀬に乗り上げて座礁します。動けなくなったところで……」

 火薬はとても高価なので試運転は一発のみ。
 五方向に射撃できるらしい。

「こいつをズドン! と撃ち落としてやるのです」

 市長ご自慢の火砲は、すさまじい轟音とともに発射された。
 私は思わず耳を塞いだが、目は閉じなかった。
 塔の最上階から撃ち上げた石の弾丸は、大きな放物線を描きながら沖合に落下し、遠くで水柱が上がった。
 もし、船に命中していたら木っ端微塵に吹き飛んでいただろう。

「あれは……」

 視線の先、海の向こうにうっすらと陸が見えた。
 昨夜、ラ・ロシェル周辺の地図を見ながら、港湾の沖に島があったのを思い出した。

レ島イル・ド・レです」

 市長は、「もちろんあの島もフランス領ですよ」と付け加えた。

「もしや、ブルターニュのレー伯とゆかりが深いのでは?」
「シャステル、何か知っているのか」
「現・当主の孫ジルはかのベルトラン・デュ・ゲクランの曾孫でして」

 当主と孫は血縁関係ではなかったが、勇猛な性格を見込まれて養子となった。
 当主みずから厳しく躾け、同時に溺愛されているとも。

「殿下と同じくらいの年ごろだったかと存じます」

 歳が近いと聞いて、私は親近感を持った。
 祖父シャルル五世とゲクラン主従の話は、何度も聞いている。

「いずれは騎士となり、殿下のもとへ馳せ参じるに違いありません」
「ジル・ド・レーか。覚えておこう」

 王太子は、ブルゴーニュ公と対等に交渉できる力を示さなければならない。
 だが、私の実像は力強さとはかけ離れている。
 補強するためには、強い家臣が必要だ。
 私は、シャステルが推す人物に期待したいと思った。

 ヨランドの発案で「王太子の存在感」を広く知らしめているおかげで、アルマニャック派の残党が少しずつ集まってきたが、王国政府を標榜するには武官も文官も人材が足りなすぎる。

 やがて海は静けさを取り戻し、退避していた船がちらほらと出港し始めた。
 しばらくの間、塔の中は煙と火薬のにおいが立ち込めていたが、そのうち気にならなくなった。

「ありがとう市長。きょうはいいものを見せてもらった」
「光栄です」

 視察を終えてヴォクレール城に帰ると、出迎えのマリーが「くさい」と言って顔をしかめた。

「えっ、くさい?」
「なんだか、腐った卵のような匂いがします」
「腐った卵だって?!」

 思わず、着ている服をつまんで匂いを嗅いだ。
 どうやら火薬のにおいが服に染み付いてしまったようだ。
 黒色火薬は、木炭と硝石と硫黄でできているので独特の匂いがする。

「たぶん火薬の匂いだと思う。食事の前に着替えるよ」
「かやく……ですか」
「火砲を撃ったんだ」
「かほう?」

 伝統的な騎士はあまり火砲を使いたがらない。
 騎士の強さは、日々の鍛錬で培われる。
 人力を軽視して火力に頼るのは騎士道にそむくという理屈だ。
 だが、私は「非力な人間でも、あのような道具があれば戦えるかもしれない」と大いに興味を掻き立てられた。

「すごかったよ。眠気が一気に吹き飛んだ!」
「ふふ、わたくしにはよく分からないけど、殿下が元気そうでよかった。朝はずいぶんやつれていたから」

 私は服を着替えると、もう一度くんくんと匂いを嗅いだ。

「まだくさいかなぁ」

 もし髪に匂いが染み付いていたら、服を着替えてもくさいに違いない。
 水浴びをしないと匂いは完全に取れないが、事前準備が必要だ。

 この物語を読んでいる読者諸氏の時代と違い、入浴も射撃も、さまざまな手順を踏まなければ実行できない。

 食事の準備中に、唐突に入浴の準備を割り込ませたら「王太子は下々の労働を顧みない、わがままな人物」だと不興を買うだろう。
 私は火薬臭を消すために香水を少し振りかけた。

「そういえば」

 火砲の試射にかまけて、市長にひとつ聞き忘れていた。
 塔の図面によると、客間の天井には上階へ繋がる「覗き穴」の仕掛けがある。
 つまり、客間でささやいた会話は、上へ筒抜け・丸見えというわけだ。
 客間に案内されると、私は目を凝らして観察したが、繊細な彫刻模様レリーフにまぎれて見分けがつかなかった。

 そして、市長も仕掛けについて何も言わなかった。

 深い意味はなく、単に説明し忘れたのかもしれない。
 誰かが、私たちを監視しながら聞き耳を立てていた可能性も捨てきれないが、いまさら確認するすべはなかった。


***


 余談になるが、後年、私はラ・ロシェルに「ランタンの塔」と呼ばれる三つ目の塔を建造する。
 さらにのち、私の死後に息子ルイ十一世がラ・ロシェル要塞を視察したとき、奇妙な構造にあきれて「頭がおかしい(狂っている)」と塔のどこかにらくがきを残したそうだ。訪問する機会があればぜひ探してみて欲しい。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

鎌倉最後の日

もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

お荷物認定を受けてSSS級PTを追放されました。でも実は俺がいたからSSS級になれていたようです。

幌須 慶治
ファンタジー
S級冒険者PT『疾風の英雄』 電光石火の攻撃で凶悪なモンスターを次々討伐して瞬く間に最上級ランクまで上がった冒険者の夢を体現するPTである。 龍狩りの一閃ゲラートを筆頭に極炎のバーバラ、岩盤砕きガイル、地竜射抜くローラの4人の圧倒的な火力を以って凶悪モンスターを次々と打ち倒していく姿は冒険者どころか庶民の憧れを一身に集めていた。 そんな中で俺、ロイドはただの盾持ち兼荷物運びとして見られている。 盾持ちなのだからと他の4人が動く前に現地で相手の注意を引き、模擬戦の時は2対1での攻撃を受ける。 当然地味な役割なのだから居ても居なくても気にも留められずに居ないものとして扱われる。 今日もそうして地竜を討伐して、俺は1人後処理をしてからギルドに戻る。 ようやく帰り着いた頃には日も沈み酒場で祝杯を挙げる仲間たちに報酬を私に近づいた時にそれは起こる。 ニヤついた目をしたゲラートが言い放つ 「ロイド、お前役にたたなすぎるからクビな!」 全員の目と口が弧を描いたのが見えた。 一応毎日更新目指して、15話位で終わる予定です。 作品紹介に出てる人物、主人公以外重要じゃないのはご愛嬌() 15話で終わる気がしないので終わるまで延長します、脱線多くてごめんなさい 2020/7/26

処理中です...